コスモ石油が開発した新規触媒により精製された
「サルファーフリー」軽油(左)は、未精製の軽油(右)に比べて
見た目にもきれいになっている。

脱硫塔試験機をチェックする「サルファーフリー軽油」の
開発に挑戦した、コスモ石油中央研究所の藤川さん。

直径30cm、高さ2mの脱硫塔試験機

触媒『C-606A』(左)を用いるとクリーンな軽油が製造できる。

日本の物流を支えるトラックやバスの燃料として使われる軽油。排出ガスからの大気汚染物質を減らすため、軽油の不純物を取り除く触媒技術の開発が進んでいます。

大気汚染物質のより一層の低減をめざす

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コスモ石油が開発した新規触媒により精製された
「サルファーフリー」軽油(左)は、未精製の軽油(右)に比べて
見た目にもきれいになっている。

石油は、燃料やプラスチック製品といった様々な形で、私たちの生活を支えています。石油を使用する過程で地球温暖化の原因とされるCO2を排出しますが、環境にとっては、石油に含まれる硫黄成分や窒素成分から生成されるSOxやNOx、粒子状物質なども大きな問題となっています。

軽油を燃料とするトラックやバスのようなディーゼル車の排出ガスには、これらの物質が含まれており、大都市を中心に深刻な大気汚染を引き起こしてきました。軽油はガソリンに比べ燃費が良いという利点から、大気汚染物質の低減はこれまでにも行われてきましたが、21世紀を迎え、より一層の努力が求められるようになりました。

*原油の精製過程で、沸点が低く引火しやすいほうから、ガソリン、灯油、軽油、重油に精製分離されます。軽油は、自動車用など小型高速のディーゼルエンジンの燃料として使用され、ガソリンよりも燃費効率がよく、地球温暖化防止の観点からも注目されています。

地球に優しい軽油を作る

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脱硫塔試験機をチェックする「サルファーフリー軽油」の
開発に挑戦した、コスモ石油中央研究所の藤川さん。

日本は1997年までに、軽油に含まれる硫黄成分の濃度を、500 ppm(ppmは100万分の1)以下にするという規制を設けました。その達成のため国内の石油会社は、業界全体で約2000億円もの設備投資を行いました。ところが間もなく、環境に対する意識の世界的な高まりを受けて2007年までに硫黄濃度10 ppm以下(サルファーフリー軽油)が目標として定められたのです。

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直径30cm、高さ2mの脱硫塔試験機

この間、国も積極的に開発支援を行い、いくつものプロジェクトが進行しました。そうしたプロジェクトを活用し、地球に優しい軽油を作ろうと奮闘した、コスモ石油株式会社の研究開発ストーリーを紹介します。

硫黄成分を50分の1まで減らす

サルファーフリー達成に対処するためコスモ石油は、大幅な設備投資をすることなく、触媒によって硫黄成分を減らす戦略を立てました。

新規触媒開発の中心を担ったのは、コスモ石油株式会社中央研究所水素化精製グループ長の藤川貴志さん。藤川さんは、「軽油中の硫黄濃度を500 ppm以下から10 ppm以下にするには、触媒の性能を従来に比べて3倍に上げる必要がありました」と振り返ります。

研究を開始してすぐの1999年、コスモ石油はNEDOプロジェクト「石油精製汚染物質低減等技術開発」に参加しました。しかし、NEDOプロジェクト開始後およそ1年間は、触媒性能が1.2倍にしかなりませんでした。そこで藤川さんは、先行事例を求めて欧州視察に向かいます。様々な研究者と議論した末、触媒製造段階での補助剤(キレート剤)の添加が有効であると確信し、帰国後、補助剤としてクエン酸を用いて触媒を調製した結果、2倍まで性能が高められることがわかりました。この時点でNEDOプロジェクトの中間評価の目標である50 ppm以下をクリアすることができました。

産学連携が触媒改良の切り札に

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議論する藤川さん

しかし、最終目標は10ppm以下です。この先どのような作戦でいくのか。藤川さんは、「中間評価の後、NEDOから産学連携支援を受けられたのが大きかった」と言います。

藤川さんのグループは、触媒表面の解析について島根大学総合理工学部の岡本康昭教授、製油された軽油の硫黄成分の分析について九州大学産学連携センターの持田 勲特任教授から協力を受けました。

その結果、軽油に含まれる硫黄成分を低減する触媒のメカニズムがわかってきました。硫黄成分を減らす触媒のメカニズムを知ることで、開発グループでは、具体的な改良策を立てることができるようになり、研究開発に突破口が開かれたのです。

触媒の性能を3倍まで高め、目標の硫黄濃度を10 ppm以下にすることができたのが2003年のこと。小規模試験機での試運転を経て、翌2004年5月には、早くも千葉の製油所に導入されました。

break through
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軽油に含まれる種々の硫黄成分の中で、特に除去しにくい硫黄成分は下の図にあるような構造をしています。真ん中の硫黄(S)を抜き取る「脱硫」をしたいのですが、このままでは左右に出っ張っているアルキル基(R)が邪魔をしていて、簡単ではありません。

そこで触媒の出番です。触媒とは、化学反応をスムーズに行うための物質です。反応速度を早めたり、より低温で反応できるようになります。
様々な分析の結果、「異性化ルート」と「水素化ルート」という2種類の脱硫メカニズムがあると推測されました。「異性化ルート」では、邪魔な出っ張りに少しどいてもらおうということです。となりに行ってもらえば、硫黄を抜き取りやすくなります。

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軽油脱硫触媒の電子顕微鏡写真。
(写真の1辺は約25ナノメートル)

もう一つの「水素化ルート」は、硫黄成分の形を変えることで邪魔な出っ張りを遠ざけて硫黄(S)を抜き取りやすくするというものです。
コスモ石油の新触媒では、おもに「水素化ルート」により脱硫反応が起きていると考えています。

メカニズムがわかったことで、どこをどのように改良したらいいかという具体策が立てられるようになりました。コバルト(Co)モリブデン(Mo)の脱硫活性点(硫黄(S)が引き抜かれる場所)を増やして反応効率を上げ、触媒の調製方法に工夫を加えることで、ついに3倍の活性を持つ新触媒『C-606A』を作り出すことができたのです。

従来設備で利用可能な新触媒。
そして、今後の展開

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新触媒が使用されているコスモ石油の脱硫プラント

新たに開発した脱硫触媒『C-606A』は、従来品とコスト的に同等のうえ、新たな脱硫装置の建設など、大規模な設備投資の必要がありません。従来の脱硫塔内部に触媒の粒を敷き詰め、これまでと同様に作業を行うことができます。また、触媒の寿命を4年と見積もっており、長期の連続運転が可能です。総合的に見て、コストをかけることなくサルファーフリー化に成功したことになります。

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触媒『C-606A』(左)を用いるとクリーンな軽油が製造できる。

『C-606A』は、2004年5月の千葉を皮切りに、四日市、堺、坂出と、コスモ石油の4カ所の製油所すべてに導入されました。つまり、国内のコスモ石油のガソリンスタンドにあるのは、すべて環境にやさしいサルファーフリーの軽油なのです。2008年に特許も成立し、コスモ石油の次の狙いは海外展開です。海外展開に当たって、余分な設備投資コストがかからないことは大きな利点となるはずです。

藤川さんはこの成功に留まることなく、次の触媒開発に目を向けています。「軽油の次は重油です。日本は資源のない国ですから、手を出しにくかった重油についても、使いこなしていかなければなりません」と藤川さん。また、軽油についても、『C-606A』の改良を行い、サルファーフリーよりもさらに硫黄分を低減させる触媒の開発を行っています。

これまで幾多の困難を技術の力で乗り越えてきた日本の技術者。藤川さんのあらたな触媒開発が期待されます。(2008年11月取材)

開発者の横顔

「開発は時間の戦い。
しかし、得たものも多かった。」

コスモ石油株式会社

コラム

藤川さん

「とにかく時間がなかった」と今回の触媒開発を振り返る藤川さん。触媒開発は、たくさんの候補の性能を一つひとつ確認して最良のものを選び出す、地道な作業の積み重ねです。しかもその確認には一種につき最低でも90日かかります。NEDOプロジェクトの期間は5年間。試行錯誤をあまり繰り返している余裕はありませんでした。「準備期間なしにいきなり本番を迎えた感覚でした」。それでも成し遂げることができたのは「経営陣の理解があって触媒開発に力を注げたこと。そして、グループメンバーの協力と、コスモ石油の先人たちの積み重ねがあったから」と感謝の言葉を口にします。

藤川さんはまた、「研究をエンジョイできた」とも言います。NEDOプロジェクトのおかげで大学教授と知己を得ることができ、「触媒研究の権威と直に議論ができたのは本当に光栄なことで、企業の研究で不足しがちな"なぜ"を追求する姿勢に感銘を受けました。大学とのネットワークはいまでもつながっていて、貴重な財産となっています」