排出ガスからNOxを削減する尿素SCRシステムを搭載した大型ディーゼル車
「Quon」。

ガソリンスタンドに軽油給油機と並んで設置された尿素水
(製品名AdBlue)供給機(右)

還元装置の内部。
接触面積を増やし反応効率を上げるため網目構造になっている。
網目構造の表面でNOxが除去される。

左の部分が酸化工程、右の部分がSCR還元工程

日本では大気汚染の原因と考えられやすいディーゼル車ですが、実は燃費が良いという利点では、地球環境にやさしい自動車でもあります。排出ガスを浄化する仕組みさえあれば、ディーゼル車はエコカーへと変わります。

ディーゼル車をめぐる排出ガスの規制

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燃費の良さやパワーが大事な大型トラックや大型バスには、ディーゼルエンジンが利用されます。

一方、大型バスが縦横無尽に走り、全国津々浦々から物流トラックが集まる東京は、ディーゼル車による大気汚染問題に悩まされてきました。都独自の基準を制定し、基準を満たさないディーゼル車の都内走行禁止を条例で定めています。

国でも、こうした動きを受けて、ディーゼル車の排出ガス規制を段階的に厳しくしてきました。この動きは現在でも続いており、2009年10月からは、「ポスト新長期規制」による規制が施行される予定です。

厳しい規制値をクリアする製品を世に送り出すことが、ディーゼル車メーカーには求められるようになりました。

粒子状物質とNOxの排出削減は
トレードオフの関係

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排出ガスからNOxを削減する尿素SCRシステムを搭載した
大型ディーゼル車「Quon」。

排出ガス規制をクリアするための技術課題は、2種類の大気汚染物質を同時に減らすことです。一つは人の気道や肺に悪影響を与えると言われている粒子状物質(PM:Particulate Matter)、もう一つは、酸性雨の原因となる窒素酸化物(NOx)です。

しかし、「PMとNOxの排出削減はトレードオフの関係なんです。あちらを立てればこちらが立たず。だから我々は苦労するんです」と日産ディーゼル工業PT商品開発アドバンスエンジニアリング担当主管の赤川久さんは言います。

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ディーゼル車用の尿素SCRシステムを世に送り出した赤川久さん

ディーゼルエンジンではPMを減らす運転条件に設定するとNOxが増え、NOxを減らす運転条件に設定するとPMが増えてしまうのです。

こうした一筋縄ではいかない条件をクリアし、次々に厳しくなる規制値にも応えるため、赤川さんらは、新たな排出ガス浄化装置の開発に取り組み、新長期規制が制定される1年も前にその規制値をクリアする、大型ディーゼル車「Quon」を市場に送り出すことに成功しました。

尿素を使った触媒の実用化へ挑戦

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ガソリンスタンドに軽油給油機と並んで設置された尿素水
(製品名AdBlue)供給機(右)

「ディーゼルエンジンはPMを減らす条件で運転し、排出ガスからNOxを取り除く」これが、日産ディーゼル工業のとった戦略でした。

PMを減らすために燃料を高温で燃焼させると燃費も向上します。そして、浄化装置でNOxから酸素を取り除く「還元反応」が起きるようにすると、窒素ガス(N2)として排出することができます。PMとNOxのトレードオフの関係を克服した上で、環境対策を施したため燃費が良くなるなど、ユーザー負担にも配慮することが出来ました。

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油タンクのとなりにあるAdBlueタンク。
軽油の給油口と間違えないように、口の色や大きさを変えてある。

日産ディーゼル工業が採用した「還元反応」は、尿素SCR(Selective Catalytic Reduction:選択的触媒還元)というシステムです。尿素SCRを用いれば、「還元反応」を効率よく進めることができることは、すでに知られていましたが、尿素SCRシステムを用いたディーゼル車の開発には二つの大きな問題が立ちはだかっていました。

第一に、ディーゼル車に使われるエンジンは、発進するとき、坂道を登るとき、急停車するとき、と常に運転条件が変化します。運転条件の変化に伴って、排出ガス成分も時々刻々と変化します。しかも、どのような排出ガス成分であろうと、エンジンからマフラーまでのごくわずかな時間で「還元反応」を確実に行なわなくてはなりません。

第二に、尿素SCRシステムを用いるには尿素水が必要で、燃料を車に給油するように、尿素水も車に積む必要があったのです。尿素SCRシステムを用いたエンジンを開発するということは、日本全国を走るディーゼル車に尿素水を供給できるインフラ整備をも行うことを意味したのです。(写真参照)

多大な投資や社会理解が必要で、営業部門からの反発も予想されましたが、むしろ、「他社製品との差別化が図れるのなら、ぜひ取り組んでほしい。インフラ整備には営業も協力する」と同社の営業部門は、積極的に、尿素SCRシステムの採用に協力を申し出ました。こうして日産ディーゼル工業は、尿素SCRシステムを用いたディーゼル車の開発を決断したのです。

尿素SCRで排出ガスがきれいになるのは

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還元装置の内部。
接触面積を増やし反応効率を上げるため網目構造になっている。
網目構造の表面でNOxが除去される。

尿素SCRシステムでは、エンジンから排出されるNOxをどのようにして窒素ガス(N2)に変えているのでしょうか。

エンジンからのNOx排出量を、運転条件から随時算出し、排出量にあわせて必要最低限の尿素水を供給します。ここで、尿素水はアンモニアへと化学変化します。アンモニアとNOxが網目状の支持体に塗られた触媒に触れながらマフラーへと移動する間に還元反応が完結し、窒素ガスと水になるのです。

SCR還元工程の前後には、効率よく還元反応を進めるための酸化工程、システムの信頼性を担保するための後処理工程が配されています。

化学反応式
CO(NH2)2+H2O→2NH3+CO2
NO+NO2+2NH3→2N2+3H2O

break through
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排出ガス後処理システムの模式図には、NOxを還元する工程の前に還元とは逆の作用をする「酸化」工程が組まれています。なぜ、わざわざ逆の作用をする工程を追加したのでしょうか。一見、矛盾する前工程が、実は尿素SCRシステムによるNOx削減効率を高めるカギを握っているのです。

尿素SCRシステムがもっとも効率よく還元反応を進められるのは、排出ガス中の一酸化窒素(NO)と二酸化窒素(NO2)の割合が1対1のときであることが知られていました。ところが、エンジンから排出されるガスには、NOの方が多いのです。

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左の部分が酸化工程、右の部分がSCR還元工程

そこで、還元反応に入る前に一酸化窒素を二酸化窒素に変化させる酸化工程を加え、還元工程の反応効率を上げたのです。この発想の転換が、世界一厳しい日本の排出ガス規制をクリアすることを可能にしました。

後処理工程では、反応に使いきれなかった微量のアンモニア(NH3)を酸化して窒素ガス(N2)に変えます。万が一システムが故障しても大量のアンモニア(NH3)を大気中に排出ガスとしてばら撒かないようにする役割も担っています。このようにして高品質・高信頼性を実現しているのです。

スムーズな製品評価に成功したのは
NEDOプロジェクトならでは

開発した新しいシステムを自動車に組み込むためには、安全性などを客観的に評価することも大きな課題の一つでした。日産ディーゼル工業にとって幸いだったのは、NEDOプロジェクト「高効率クリーンエネルギー自動車の研究開発」に日本自動車研究所、いすゞ自動車、日野自動車、三菱ふそうトラック・バスと協同で参加していたことでした。

研究段階から、健康影響評価などを参加各社や日本自動車研究所と協議して行うことができたからです。しかも、どのような試験項目にすべきかを検討する委員会が、研究段階から立ち上がりました。

開発初期から積み重ねられた的確な試験項目は、国土交通省、経済産業省、環境省による製品の認可段階でも有効に機能しました。短い開発期間で製品を市場に送り出すことができたのは、これらの評価が効率よく進められたことも要因の一つでした。

また、NEDOプロジェクトでの評価を契機として、使用する尿素水の品質確保のための国内規格も制定されました。

尿素SCRシステムをすべての大型ディーゼル車に

尿素SCRシステムは、すでに日産ディーゼル工業製の大型ディーゼル車には標準システムとして搭載されています。2009年10月から始まるポスト新長期規制という、より厳しい排出ガス規制も尿素SCRシステムを用いた技術で達成できる見通しが立っています。

将来的には、さらに規制値が厳しくなることが予想されます。現在は、尿素SCRシステムではなく、PMを取り除くシステムで規制値をクリアしている大型ディーゼル車も他社から発売されています。将来的には両システムを併用することが推測され、大型ディーゼル車にとって尿素SCRシステムは必要不可欠なものになっていくだろうと赤川さんは予想しています。(2008年11月取材)

開発者の横顔

「次々課題が登場。
駄々っ子をなだめるような技術開発」

日産ディーゼル工業株式会社

コラム

平田さん

赤川さんとともに尿素SCRシステムの開発に携わった、PT商品開発アドバンスエンジニアリング部門の平田公信さん。

新しい技術だけに、平田さん得意の排出ガス処理技術以外にも次々と課題をこなさなければなりませんでした。「日本中のディーゼル車に供給するだけの尿素は確保できるのか」「尿素水は部品を腐食しないか」「尿素水を入れるタンクの材質は…」。

その多くの問題に平田さんが解決に当たりました。平田さんによると「尿素SCRシステムは『かわいいわが子』というよりは『駄々っ子』」なのだそうです。