J-OCTAの操作画面。高分子の構造を表示している。
"球"の色を原子の種類ごとに変えることができるなど、プレゼンテーションでの
使いやすさも考慮されている

画面左は、樹脂のガラス転移温度を示すグラフ。
右は、樹脂を形成する高分子の構造。
分子の入れ換えや、拡大・縮小、回転などの操作を気軽に行うことができる。

J-OCTAの現・開発担当者の小沢拓さん。
「お客さまのニーズは様々。今後、私たちが考えていなかった使い方も
出てくるかもしれません」。

JSOLエンジニアリング本部システムコンサルタント・芝野真次さん

私たちの身のまわりの製品に使われる材料は、分子の組み合わせなどによって機能性を発揮します。高分子材料の特性を様々なスケールで予測できる、シミュレーションソフトウェアが大学や企業で活用されています。

高まる機能性高分子実用化のニーズ

多くの原子によって構成されている分子を「高分子」といいます。日本では、白川英樹さんが「導電性プラスチック」を発見・開発してノーベル賞を受賞するなど、かねてから高分子分野での研究成果を多くあげてきました。しかし、機能性のある高分子が発見・開発されても、製品などへの実用化の点では海外企業が一歩進んでいるのが実情でした。

今後、自動車や飛行機などの乗り物や、家電製品、さらには医療薬などにいたるまで、機能性高分子はさまざまな生活シーンで活躍することでしょう。実用化に向けた高分子材料の開発では、長期にわたり多数の実験が繰り返されてきました。

目指す材料を、短期間かつ少ない労力で開発するためのツールとして、原子スケールから目に見えるマクロスケールまでの広い領域を総合的にシミュレーションし開発に生かす技術が求められていました。

4つのシミュレーションエンジンを
プラットフォームが統合

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OCTAのシステム。
4つのシミュレーションのためのシミュレーションエンジン
(COGNAC、PASTA、SUSHI、MUFFIN)によって得られる
各データの各階層間での授受を、プラットフォーム(GOURMET)
が可能にしている。

プラスチックや薄膜などの高分子材料の特性を、ナノからマクロまでのスケールでシミュレーションすることを可能にしたのが「OCTA」(Open Computational Tool for Advanced material technology)です。

東京大学(当時は名古屋大学)の土井正男教授がプロジェクトリーダーとなり、大学と11企業が開発に参画したNEDO「高機能材料設計プラットフォームの開発」が開始。

OCTAは、扱う分子のスケールごとに4段階のシミュレーションエンジンとよばれる機能があります。0.1nmから数10nmレベルでの材料の硬さなど、材料の力学的特性や熱特性が分かる「COGNAC」(コニャック)や、10nmから100nmレベルでの相分離構造などを予測できる「SUSHI」(スシ)など、各スケールで必要とする予測性能が備わっています。これらのシミュレーションエンジンをつなげるプラットフォーム「GOURMET」(グルメ)もあります。

このOCTAの商用版として進化を遂げた高分子物性解析ソフトウェアが「J-OCTA」です。プロジェクトでプラットフォームの開発などに参画したJSOL(当時の社名は「日本総合研究所」)が開発・販売しました。マウスで分子の構造を気軽に変えられるなど、とくに視覚面での使いやすさが向上しました。

J-OCTAを用いての成果も出ています。例えば、樹脂材料は、ある温度より下がると材料の物性が急に硬くなりガラスの特徴が発揮されます。分子構造のある一部分を変えると、その樹脂のガラス転移温度がどのくらいになるか、気軽に分子を入れ換えながら予測することができます。
また、樹脂の状態から、その材料が光をどのように屈折させるかといった予測が行われ、自動車のヘッドライトやCDの記録を読み取るレンズなどのものづくりに役立てられています。

手にとるように高分子を画面上で操作

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J-OCTAの操作画面。
高分子の構造を表示している。"球"の色を原子の種類ごとに
変えることができるなど、プレゼンテーションでの使いやすさも
考慮されている。

JSOLは、OCTAとJ-OCTAのシミュレーションエンジンの一つである分散構造シミュレータ「MUFFIN」の開発にも参加しました。 二つの材料が「海」と「島」の状態のように混ざりあっている材料に力を加えると、それぞれの部分がどのように変形するかといったことを、予測することができます。

MUFFINでは、複雑な微分方程式を、近似的に解くための計算手法である有限要素法が使われています。この方法は、材料の内部構造を四面体などの要素で分割して表現し、各要素の挙動を扱う計算技術です。

また、0.1μmから1mmといった比較的大きなスケールを対象とするMUFFINと、SUSHIなどのより小さなスケールのシミュレーションエンジンとを連携させるのが「GOURMET」および「J-OCTAプラットフォーム」です。

例えば「SUSHI」(動的平均場シミュレータ)というシミュレーションエンジンの計算結果から相分離構造を有すると予測される材料について、今度は「MUFFIN」で力を加えた場合にどう変化するかを見てみる、といったエンジンどうしのスムーズな連携が可能です。

J-OCTAは、コンピュータの画面に描かれている分子構造の図などを直接的に見ながら操作できるGUI(グラフィカル・ユーザー・インタフェイス)の機能が優れています。コンピュータ画面の前で、ミクロの視点で実際の材料を手で扱うような感覚をもつことができます。

break through
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画面左は、樹脂のガラス転移温度を示すグラフ。
右は、樹脂を形成する高分子の構造。
分子の入れ換えや、拡大・縮小、回転などの操作を
気軽に行うことができる。

これまで、研究開発者が分子構造の絵を描いたり統計的処理を行ったりするには、シミュレーションソフトとは別のデータ変換ソフトを使わなければなりませんでした。そうした機能と機能をつなぐ役割が、このJ-OCTAでは「プラットフォーム」として装備されているため、利便性が大幅に向上されています。

さらに、OCTAの開発ではUDF(ユーザー定義プラットフォーム)の導入にも力を入れました。ユーザーが、扱うデータの単位などを定義したり、データの数値や文字列を記述したりすることができます。

これを行うことにより、例えば普段「ナノメートル」のスケールの分子構造を研究している開発者のデータと、「マイクロメートル」のスケールを主に扱う開発者のデータとの共有なども、ストレスなくできるようになりました。

もし、将来新しい単位が登場したときも、使用者があらたに定義づけをするだけでコンピュータがその単位を解釈することになります。スケールや単位を超えて計算できる利便性を取り入れたことが、ブレークスルーの一つとなりました。もちろんこの技術は商用のJ-OCTAでも導入されています。

知見を蓄積する"第二段階"へ

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J-OCTAの現・開発担当者の小沢拓さん。
「お客さまのニーズは様々。今後、私たちが考えていなかった使い方も出てくるかもしれません」。

OCTAは主に、国の研究機関や大学の研究者など、シミュレーションを専門的に使い込むような方々に使われています。OCTA開発後は、この分野の国内の研究用シミュレーターの定番の一つとなりました。

また、商用のJ-OCTAは、おもに企業向けに気軽に使うことができるよう操作性などが向上しています。化学メーカーをはじめ、自動車メーカーやタイヤメーカーなどの研究開発者が、材料開発の効率化をはかるために使っています。

また、メーカー内でコンピュータを用いたシミュレーションを専門的に受注する部門の担当者なども活用しています。現在では数十社がJ-OCTAを導入しています。

JSOLエンジニアリング本部の小沢拓さんは、J-OCTAの今後の展開についてこう述べます。「不便なくお使いいただけるための第一段階から、現在は、ユーザーの知見を蓄積し、共有できる部分はユーザーどうしで共有していく第二段階に入りました。今後は個別のテーマに対するソリューションを提供するようなことも検討していきたいですね」。(2009年2月取材)

開発者の横顔

「共同開発で研究者コミュニティが
生まれた」

株式会社JSOL

コラム

芝野さん

OCTA、J-OCTAの開発に関わったJSOLエンジニアリング本部システムコンサルタント・芝野真次さんは、「私どもの会社は、衝撃解析や電磁場解析用の製品でも日本でトップシェアを維持してきました。新たな予測や計測のフィールドとして、もう一段階スケールの小さい領域として、高分子材料のうち最も大きなスケールを扱うシミュレーションに着目し、このプロジェクトに参画しました」と振り返ります。

「プロジェクト期間中、リーダーの土井先生から『よいプラットフォームを作れば、ユーザーが使ってくれるものになる』と、プラットフォーム担当の私どもにはっぱをかけていただきました。週1回の共同開発者ミーティングで、かならず何か新しいソフトを提出することが課せられ、大変でした。また、毎年のようにプラットフォームに改善が加わったため苦労もありました」

「しかし、各企業や大学と共同開発をしたことにより、研究者たちのコミュニティが形成されることになりました。これからもOCTAやJ-OCTAを育てていくことで、コミュニティの価値が無限大に広がっていけばいいですね」