NEDO Web Magazine

省エネルギー

革新的次世代低公害車総合技術開発

世界最高水準の燃費と環境性能を持つクリーンディーゼルエンジン

マツダ株式会社

取材:July 2013

INTRODUCTION 概要



燃費20%改善、NOx後処理装置不要

燃焼エネルギーを効率よく動力に変換できるディーゼルエンジンは、燃費性能においてはガソリンエンジンより優れています。現在わが国では、排出ガスや省エネルギー、CO2排出量削減といった自動車の環境面の性能からハイブリッド車に人気が集まっていますが、ヨーロッパではその燃費性能からディーゼルエンジン車の人気が極めて高く、自動車の2台に1台はディーゼルエンジン車といわれるほどです。一方で、ディーゼルエンジンは、NOx(窒素酸化物)やPM(ススなどの粒子状物質)など大気汚染物質の排出量が多くなるため、排出ガスを浄化しガソリンエンジン並みの環境性能を達成するには、多量の貴金属を必要とする触媒や、尿素SCRなどによる大がかりな排ガス処理装置が不可欠でした。

そうしたなかNEDOでは、地球温暖化防止、大気汚染物質の排出削減の観点から、ディーゼルエンジンの環境性能向上を目指して、2004年度から5年間、NEDO「革新的次世代低公害車総合技術開発」プロジェクトを実施しました。わが国の自動車メーカーのなかでも特にディーゼルエンジンの可能性に着目してきたマツダ株式会社は、同プロジェクトに参画して、ディーゼルエンジンの高い熱効率を維持した新燃焼技術の開発と革新的触媒技術の開発に取り組みました。 その成果として、マツダは世界最高の燃費水準とNOx後処理装置が不要になるほどクリーンな排出ガスのディーゼルエンジン「SKYACTIV-D」を2012年に商品化。同エンジンはマツダ車の「アテンザ」や「CX-5」に搭載されていて、2013年6月までに50,000台(国内)の販売台数を超えるなど、温室効果ガス削減に向けたディーゼルエンジン車の普及・拡大に大きく貢献しています。

BIGINNING 開発への道


世界最高水準の燃費と環境性能を実現した「SKYACTIV-D」

ガソリンが燃料のガソリンエンジンは、比較的簡便な触媒装置で排出ガスを浄化することが可能です。一方、軽油を燃料とするディーゼルエンジンは、ガソリンエンジンより燃費性能が高いことが知られていますが、従来のディーゼルエンジンは、NOx(窒素酸化物)やPM(ススなどの粒子状物質)など汚染物質の排出量が多く、排出ガスを浄化しガソリンエンジン並みの環境性能を達成するには、高価で大がかりな後処理装置が不可欠でした(表1)。

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表1 一般的なディーゼルエンジンとガソリンエンジンの長短所比較

これに対してマツダは、ディーゼルエンジンの強みである燃焼効率をさらに高めつつ、後処理装置なしで国際的な排出ガス規制をクリアできる新世代クリーンディーゼルエンジン「SKYACTIV-D」の開発に成功し、省エネルギー化と大気汚染物質排出削減の両立を達成しました。

さらに「SKYACTIV-D」では、燃費や環境性能向上ばかりだけでなく、自動車本来のドライビングの楽しみや歓びをユーザーが体感できるように、スムーズでリニアな加速性能も同時に実現しています。

従来、ディーゼルエンジンは低速でのトルクや低回転域での走行を得意としていました。「SKYACTIV-D」も2,200ccの排気量で、ガソリン車なら4,000ccクラスに匹敵するトルク(420Nm)を低回転域(2,000rpm)で発生します。

そして、そのままアクセルを踏み込んで回転数を上げていくと、これまでのディーゼルエンジン車では考えられないようなスムーズな加速性能が発揮されます。従来のディーゼルエンジンでは出力が上がらなくなる高回転域(5,000rpm)まで、ガソリンエンジン同様のスムーズさでエンジンは回転し、出力も落ちません。

発進停止を繰り返すため低回転でのトルクが必要な市街地走行。一方、高回転、高出力の加速性能が必要な高速道路。「SKYACTIV-D」はいずれの条件でも性能に余裕があり、ユーザーは、従来のディーゼルエンジン車にはないドライビング感覚を体感できます。

低圧縮比と独自のターボ技術で次世代クリーンディーゼルエンジンを実現

「SKYACTIV-D」では、従来のディーゼルエンジン車以上の燃費向上と、排出ガス中のNOx、PM軽減を両立させるため、シリンダー内の圧縮比を世界で初めて「14.0」まで下げ、爆発圧力が低くても、高圧縮比エンジンと同じパワーを発生させることを可能にしました。

ディーゼルエンジンはシリンダー内に空気を吸い込み、ピストンで圧縮して高温にしたところに燃料(軽油)を噴射、自然着火させて動く仕組みのため、「高圧縮比」であることが常識でした。しかし、圧縮比が高いことが不均一な燃焼につながり、汚染物質の発生原因ともなっていました(図1)。

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図1 ディーゼルとガソリンエンジンの仕組み(資料提供:マツダ株式会社)

マツダは、この「ディーゼル=高圧縮比」という常識を見直し、低圧縮比で爆発圧力が低くなることを利用してピストンやクランクシャフトなどの回転系部品を軽量化、低剛性化しました。その結果、機械抵抗が減って燃費が向上すると共に、低回転域から高回転域までスムーズにエンジンが回るようになりました。

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(左写真)従来型ピストン(左)とSKYACTIV-Dのピストン(右)では、高さがかなり小さくなっている、重量も100gも軽量化した。(右写真)クランクシャフトも、SKYACTIV-D(右)では従来型(左)より3kg軽量化。その分機械抵抗が減り、 騒音減や燃費向上などにつながった

低圧縮比での燃焼は、燃料を噴射してから着火までの時間が長くなり、燃料と空気の混合が進みます。高圧縮比では燃料と空気が均等に混ざる前に着火してしまうため、シリンダー内に局所的な酸欠状態が発生、不完全燃焼が起きて汚染物質を増やしていました。

低圧縮比で十分に燃料と空気が混ざり合うようにすると、シリンダー内で均質に低温で発火燃焼させることができるため、NOxやススの発生を大幅に減らすことができます(図2)。

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図2 低圧縮比にすることで燃料と空気が十分に混ざり合ってから燃焼するようになり、燃焼効率が高くなるだけでなく、NOxやススの排出削減にもつながる

加えて、燃焼室(シリンダー内でピストンが上死点でまで動いたときにピストンヘッドの上にできる空間)を卵形(エッグシェイプ)燃焼室にして燃料と空気の混合を促す仕組みを考案、より均一な状態での燃焼が可能になり、燃費を向上させただけでなく、汚染物質の発生を抑制することにも成功しました(図3)。

※上死点=クランクを使う機械(エンジンだけでなく自転車などでも)で、回転力が働かない点を「死点」と言います。その最も高い位置が上死点、低い位置が「下死点」となります。自転車のペダルでは、一方の脚のペダルが上死点に達すると、逆の脚のペダルは下死点に有り、漕ぎ続けることができます。

そして、リニアで伸びのある走りを可能にしたのは、大小二つのターボを組み合わせた「2ステージターボシステム」です。「大ターボ」と「小ターボ」を三つのバルブで最適に制御し、低回転域での高トルクと高レスポンス、高回転域での高出力というように、回転数に応じて使い分けています(図4)。

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図3 エッグシェイプ燃焼室のコンセプト図

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図4 大小二つのターボを、三つのバルブで最適に制御する「2ステージターボシステム」

「低圧縮比」や「2ステージターボ」といったキーテクノロジーは、低燃費やリニアな走行性能を実現しただけでなく、ディーゼルエンジンのクリーン化も促進しました。その結果、ディーゼルエンジンの排出ガス浄化には不可欠とされてきたNOx後処理装置(触媒等)なしでも環境規制値以下までNOxやPMの排出量を低減させることが可能なほど、クリーンな排出ガスのディーゼルエンジンを世界で初めて実用化しました(図5)。

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広島県府中町の本社ショールームに展示中の「SKYACTIV-D」搭載車「アテンザ」

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図5 低圧縮比燃焼技術により高価なNOx後処理装置なしでも最新の排ガス規制※2に適合。それにより低コスト化も実現
※2 国内ポスト新長期規制,欧州EU6規制のこと

「ディーゼルエンジン車の排出ガスは汚い」というイメージを払拭したい

日本では「ディーゼルの排気は汚い」「ディーゼル車は走らない」という印象が根強く、CO2排出量が少ないにも関わらず、急成長中のハイブリッド車などに比べて販売台数を伸ばすことができない状況にありました。

また、国土交通省が「ポスト新長期規制」(2008年)でトラックや自動車から排出されるNOxやPMに関して世界最高水準の厳しい規制を設定したことや、2015年度の燃費目標値設定(乗用車は16.8km/l)など、環境、燃費性能ともに高水準の規制が次々に設けられ、ディーゼルエンジン車にとっては逆風が続いていました。

マツダ株式会社技術研究所副所長の高見明秀さんは、「確かに従来のディーゼルエンジンにはNOxやPMが多いという問題がありました。また、高回転域についてはガソリンエンジンほどの性能が出しにくいという短所もありました。しかし、トルクが大きく、燃費の良いディーゼルエンジンは、ガソリンエンジンに比べて1km走行あたりのCO2排出量が約30%も低く、燃料である軽油を精製する際に排出するCO2もガソリン精製時の約半分で済みます。ディーゼルエンジンはこうしてみると、実はかなり環境に優しい側面を持っているのです」と語ります。

そこで、マツダは、このディーゼルエンジンのポテンシャルを商品化するため、2004年からNEDO「革新的次世代低公害車総合技術開発プロジェクト」に参画し、広島大学との共同研究などを行いながら、低燃費で排出ガスのきれいな次世代クリーンディーゼルエンジンの技術開発に取り組みました。

「SKYACTIV-D」の基礎研究から量産技術開発の準備までを、NEDOの支援を受けて実施、画期的なクリーンディーゼルエンジンの商品化に成功しました。

理想の内燃機関を追求し、“燃焼”を見直す

では、マツダはどのようにして、従来のイメージを覆すようなクリーンディーゼルエンジンの実用化を成し遂げたのでしょうか。NEDOプロジェクトのスタート時に責任者を務めていたパワートレイン開発本部パワートレイン技術開発部主幹の寺澤保幸さんは当時の様子をこう語ります。

「プロジェクトスタート時には、2015年燃費基準に対して20%削減という高い目標を掲げました。ただでさえ厳しい燃費基準をさらに20%も削減するなど本当にできるのか大いに不安でしたが、ディーゼルエンジンが持つポテンシャルからすれば不可能ではないはずと考えました。そこで、内燃機関の燃焼効率改善を徹底的に追求することに決めて、プロジェクトに取り組みはじめました」

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低燃費化と排出ガスのクリーン化を両立、さらにガソリンエンジンに負けない回転数の伸びまで発揮する「SKYACTIV-D」(写真提供:マツダ株式会社)

そこで、マツダの技術開発チームでは、エンジンの基本の基本に立ち戻って、内燃機関のエネルギーフローを今一度見直すことから始めました。そうして見てみると、燃料の熱量のうち、エネルギーとして取り出しているのはおよそ30%に過ぎず、その他の70%は失われてしまっていることがはっきりとしました。できるだけ理想の燃焼状態に新型エンジンを近づけることができれば、燃費と環境性能の改善両立は十分に可能だとの考えに至りました(図6、7)。

この時点ではまだ、「SKYACTIV-D」のキーテクノロジーである“低圧縮比”というアイデアには至っていませんでしたが、研究開発の早い段階から、「燃料と空気をしっかり混ぜて十分に燃焼する(予混合燃焼)」というポイントには着目していました。

従来のディーゼル燃焼では、高温・高圧にしたピストン内に燃料を噴霧して自己着火させるため、燃料と空気の混ざり具合にムラがあり、燃え残った燃料がススとなって排出されます。また、燃焼ムラは燃費の悪化にもつながってしまいます。

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図6 内燃機関のエネルギーフロー

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図7 中央の図が最終的な開発目標である「究極の内燃機関」が達成すべき項目。それに対して、ガソリンエンジン(左側)とディーゼルエンジン(右側)の達成度合いを「遠い(赤) → 近い(濃い緑)」順に色分けしたもの。両エンジンとも従来型(両端)では、「究極の内燃機関」から達成が遠い(赤い)項目が多く、技術開発による改善の余地があることがわかる

理想の燃焼領域を探り出す

では、どのような条件ならばNOxやPMを排出しない燃焼になるのでしょうか。マツダは、従来型エンジンを使ってディーゼルの燃焼メカニズムを細密に解析し、NOxもススも発生させず、不完全燃焼も起こさない「理想的燃焼領域」を明らかにしました。

この領域はNOxの発生を抑制するギリギリの高温領域。それでいて、従来よりも空気の割合が高いため、燃焼後半まで残った酸素が、燃焼室内に燃え残ったススを再度燃やして焼き尽くすことができます。これ以下の温度になると今度は不完全燃焼が始まるので、ギリギリの低温領域でもあります。この領域で確実に混合気を燃やすことができれば、触媒によるNOxの後処理も必要なくなることが予測できました(図8)。

こうして燃焼メカニズムを解明したことで「予混合燃焼」と「理想的燃焼領域での燃焼」という開発コンセプトが明らかになり、クリーンディーゼルエンジンの開発フェーズは一歩前進しました。シミュレーション、燃焼の設計、それらに基づいた試験用単筒エンジンでの機能検証を繰り返し、“理想の燃焼”を実現するための技術開発を進めました。

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図8 理想の燃焼領域を表したグラフ。燃焼温度(横軸・ケルビン)が高いとNOxが発生する。逆に燃料の割合(縦軸)が多すぎると、スス(Soot)が発生する。かといって、燃料も温度も足りなければ不完全燃焼を起こしてしまう

NEDOプロジェクトで燃焼を可視化する計測システムを確立

燃焼メカニズムの解明に大きく貢献したのは、広島大学との共同研究で生まれた計測システムとシミュレーション技術でした。従来のマツダの方法では空気の流れを計測することはできても、噴霧した燃料が空気と混ざり合って燃焼室内部に広がって着火する様子までを捉えることは困難でした。

そこで、広島大学大学院工学研究科機械システム工学専攻で流体工学を専門とする西田恵哉教授が中心となり、ピストン内の状態を再現した「高温高圧容器」(図9)と噴射された燃料の混ざり具合や濃淡をレーザー計測する「LAS計測システム」を開発しました。また、燃焼室内での噴霧混合気形成の挙動を2Dで捉える実験装置(図10)により、噴射後の燃料の様子を可視化することも可能になりました。

パワートレイン開発本部走行・環境性能開発部主幹の片岡一司さんは、「広島大学との交流は以前からありましたが、基礎研究においてここまで深く関わったことはありませんでした。とくに社内で行うことが難しい高度な計測について、計測技術を得意とする広島大学の西田教授に協力していただけたことは大変大きかったといえます。そのときの計測データが高精度な燃焼シミュレーションを可能とし、SKYACTIV-Dとして目指すべき方向性を明らかにしたのです」と語ります。

空気と燃料がよく混ざる燃焼室のデザインを決定する段階でも、通常であれば何十種類もの燃焼室を試作する必要がありますが、優れたシミュレーションソフトのお陰で2回の試作だけで、「エッグシェイプ燃焼室」と名付けた新しい燃焼室の形状を作り上げることができました(図12)。

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(左)図9 高温高圧容器(エンジン筒内状態を再現可能)(右)図10 容器実験用 2Dピストン燃焼室(右CG)

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図11 透明なピストンを用いて シリンダー下方向から燃焼を可視化(研究用エンジン)

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図12 CAEシミュレーションを用いて燃焼室内を可視化し、強い縦渦流れで燃料が混ざりやすくする「エッグシェイプ燃焼室」を設計

BREAKTHROUGH プロジェクトの突破口


“理想の燃焼”実現に向けて「低圧縮比」へとたどり着く

広島大学との基礎研究により明らかになった「理想の燃焼領域」で「燃料と空気をよく混ぜてから燃やす」ため、実は最初に着目したのは「圧縮比」ではなく「吸気温度」でした。できる限り低温で燃料を燃焼できればNOx排出を抑えることもできます。それだけでなく、吸気温度が下がれば燃料と空気が十分に混ざり合う時間を稼ぐことにもつながります。

かつて他の国内自動車メーカーでも、燃料と空気の混合ムラができないようにするため、極低温に加えて酸素を希薄にすることで、燃料と空気を混ぜ合わせる時間を稼ぐ方法を採用したことがありました。しかし、この方法では着火まで時間を要し、ベストなタイミングで着火させることができませんでした。

マツダでも、燃焼後半に酸素が残っている状態で燃料を再度燃焼できるように、吸気温度を通常の70℃から40℃程度まで下げる方法を検討していました。40℃ならば、燃焼効率のもっとも高いタイミングで燃えるように着火タイミングを制御することが可能です。

一方で、吸気温度を40℃まで下げて着火させるとなると、ディーゼルエンジンには不可欠なEGR(排ガス再循環装置)の量産が難しく、ピストン以外のパーツにまで影響が出てしまうことが判明しました。また、コスト面からも実現は無理でした。

そこで、吸気温度を下げる代わりにたどり着いた考えが、圧縮比を下げるというアイデアでした。従来のディーゼルエンジンでは、汚染物質の発生を抑制するために、ピストンが上死点よりやや下の位置で、温度と圧力が低くなってから燃料を噴射して燃焼を始める仕組みになっています。そのためピストンの可動幅が短くなり、燃焼効率も下がります。

圧縮比を下げた場合は、上死点での圧縮温度と圧力が低くなります。そのため、上死点付近で燃料を噴射しても着火までの時間が長くなるため、燃料と空気の混合が進んでいきます。また、ピストンを上死点から下死点まで動かすことができるため従来型より仕事量が増やすことができます(図13)。

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図13 低圧縮比化すると上死点付近での噴射と燃焼が可能になり、実質の仕事量(膨張比)は高圧縮比ディーゼルエンジンよりも大きくなるため出力が落ちることはない

さらに、低圧縮比化によって従来のディーゼルエンジンよりシリンダー内の燃焼圧力が下がるため、大幅な軽量化が可能になります。SKYACTIV-Dでは、シリンダーブロックをアルミ化して従来比25kgの軽量化を達成しています。

また、クランクシャフトなど可動部のダウンサイズも可能になり、機械抵抗(回転時の摩擦)が大幅に減少してガソリンエンジン並みとなり、「重くて、高回転には向かない」というディーゼルエンジンの定説を一新することができました。

「よく混ざる」「ベストな着火タイミング」を可能にする技術

低圧縮比のクリーンディーゼルエンジンを実用化するには、燃料と空気の均一な混合を維持することと、低圧縮比でも確実に着火するように、燃料噴射のタイミングと量を緻密に制御することが欠かせません。これまでに挙げたような多くの長所がありながら、低圧縮比のディーゼルエンジンが実現化できなかったのは、この二つが大きな壁となっていたからでした。

空気と燃料をしっかり混ぜ合わせて燃焼させるためには、インジェクターから噴射された燃料が、その運動エネルギーを保持したまま空気と混合して均一な状態となるようにしなければなりません。

SKYACTIV-Dのピストンの頭部は円の中心部が盛り上がり、周りがえぐり取られたような独特の形状をしています。ピストンが上昇するとこのへこみに向けて燃料が噴射され、燃焼、爆発が起きて動力が作り出されます。ピストンを縦に割ってみると、へこみ部分がタマゴのような形状をしていることから「エッグシェイプ燃焼室」と名付けられました。

パワートレイン開発本部でエンジンユニットを担当する志茂大輔さんは、「実は、エッグシェイプ燃焼室の以前には燃料を噴射するノズルの穴を一か所あたり二つにして、燃料を吹き出すことで燃料を拡散させようとしていました。しかし、思うように混ざらず、量産コストの面でも難しかったので断念しました。その後、シミュレーション解析を繰り返しては繰り返し、到達したのがエッグシェイプでした」と説明します(図14)。

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タマゴ型状の燃焼室となるSKYACTIV-Dのピストン頭部

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図14 エッグシェイプ燃焼室。燃料を噴霧する燃焼室をエッグシェイプ(タマゴ型)にすることで、空気が曲面伝いに流れる動きが生まれ、燃料とよく混ざり合ってクリーンな燃焼が実現する

ディーゼルエンジンでガソリンエンジンのプラグの働きを兼ねるのが燃料噴射インジェクターです。低圧縮比の低い温度でも着火を確実にするには、高性能のインジェクターが必要になります。

SKYACTIV-Dのために新開発された高性能インジェクターの先端部には小さい穴がたくさん開いていて、噴射口の開閉には「ピエゾ素子」という電圧によって伸びたり縮んだりする物質が採用されています。そうした工夫で、1/500秒に4回という素早い間隔での燃料噴射が可能になります。

この高性能インジェクターにより、燃料噴射タイミングの緻密な制御が可能となり、低速から高速まで、どんな走行条件や走行状態でもベストなタイミングで着火させることができるようになりました。(図15)。

さらに、SKYACTIV-Dには、始動時などエンジンが冷え切った状態でも着火を助けることのできる「可変バルブリフト機構」が装備されています。これは、シリンダーの排気側のバルブが、一度燃焼して高温になった排出ガスを再びシリンダー内に逆流させて燃焼室の温度低下を抑制するものです。これによって、外気温が低い季節や地域でも安定してエンジンを始動させることができます(図16)。

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図15 精密な燃料噴射制御が行えるピエゾ駆動インジェクター

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燃料が噴射されるエンジンヘッド部分

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図16 可変バルブリフト機構

量産までのラストスパート

それぞれの要素技術が確立し、単筒エンジンでの試験では「理想の燃焼」を実現できるまでになりましたが、量産となるとまた別の苦労があります。

「実際の自動車にエンジンを積んで走らせてしまうと、そこで起こっている燃焼を計測することはもうできません。その状態で、理想とする燃費と環境性能を達成できるのか、最後まで調整、調整を重ねる日々でした」(志茂さん)

とくに、排気ガスを燃焼に利用するEGRのコントロールは難航、販売までの1〜2年間はこの部分の開発に時間を費やしたと志茂さんは言います。

数々の革新的な技術から誕生したSKYACTIV-Dは、燃費と環境性能を向上させるだけでなく、ドライバーの走る楽しみも増しました。さらに、全体のコストダウンまで達成しています。

技術研究所の副所長を務める高見明秀さんはプロジェクト全体を振り返り、「これらの成果は、基礎研究の段階で燃焼メカニズムをきちんと明らかにし、高精度なシミュレーションツールを作ることができたことによるものです。開発の過程で技術や手法は変化していきましたが、“理想の燃焼”という明確なゴールに向かって、強力なツールを武器に研究開発を進めた結果が、SKYACTIV-Dなのです」。

FOR THE FUTURE 開発のいま、そして未来


クリーンディーゼルエンジン車普及に大きく貢献

「SKYACTIV-D」搭載車は、マツダのフラッグシップカーである「アテンザ」と、国産SUVでNO.1の人気を誇る「CX-5」の2車種。手頃な価格でハイブリッド車並の燃費とスムーズな走りを得られることから共に販売は好調で、2012年2月発売の「CX-5」の累計販売台数は同年12月までで35,438台と2012年のSUV国内販売台数第1位を獲得。そのうち、「SKYACTIV-D」搭載車は約8割の26,835台。また、2012年11月に発売された「アテンザ」も受注の約7割以上が「SKYACTIV-D」搭載車となっていて、日本にも低燃費、高性能なディーゼル車を求める人が少なくなかったことが次第に明らかになってきています。

経済産業省による「次世代自動車戦略2010」では、次世代クリーンディーゼル車の普及目標(シェア)を2020年で5%、2030年で5~10%と設定しています。2011年の段階では0.4%程度に過ぎませんでしたが、2012年になって1.4%と大きく上昇しました。そのうちの1.0%が「SKYACTIV-D」搭載車でした。

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SKYACTIV-Dを搭載した「CX-5」(左)と「アテンザ」(右・ステーションワゴンタイプ)。厳しい基準をクリアした「クリーンディーゼル車」として認定されている(写真提供:マツダ株式会社)

NEDOプロジェクトを通じて育った人材はエンジンに並ぶ大事な成果

NEDOプロジェクトスタート当時は、ディーゼルエンジンにとって一番厳しい時期だったと技術者たちは口を揃えて言います。

「社内でも、これ以上ディーゼルエンジンを続ける必要があるのかとの声が出ていたほどです。自動車メーカーの生命線であるエンジンの研究開発にナショナルプロジェクトの支援が必要だったほど追い込まれていたとも言えます。しかしながら、NEDOプロジェクトを利用しての基礎からの研究開発だったからこそ、次世代クリーンディーゼルという高い目標に向かって進めることができたとも言えます」(片岡さん)
※同プロジェクトにエンジンそのもの新規研究開発で参画したのはマツダのみ。
他社は触媒装置の改良をメインテーマにしていた。

また、「プロジェクトを通じて優れた若手技術者たちが育成されたことの意義も大きい」と寺澤さんは言います。そうした技術者の一人である志茂さんは自分自身の成長をプロジェクトを通して実感できたと言います。

「このプロジェクトに参加していた5年間は、通常業務の数倍の経験と勉強をさせてもらいました。春夏の学会発表でも大いに鍛えられましたが、NEDOの報告会では常に『マツダにとっての革新とは?』を問われ、自分なりに目指す方向をいつも見極めるように努力していました。ですから、斯界の代表的な先生たちが居並ぶ中で取り組みを認められると、『自分たちは間違っていない』と自信を深めていくことができました」(志茂さん)

高見さんはさらに続けて語ります。「今回開発したシミュレーション技術や成長した若手技術者たちの存在は、これ限りではなく、次世代の研究開発にもつながるものです。そのような未来の基盤が築けたことに深く感謝しています。また、なぜマツダがクリーンディーゼルエンジンの開発と量産で他社に先駆けることができたかと問われれば、プロジェクトによって育った人材こそが、他社との最大の違いと答えるかもしれません」

さらに排ガス規制の厳しい北米もターゲットに

SKYACTIV-Dには搭載されませんでしたが、今回のNEDOプロジェクトでマツダはエンジンだけでなく、NOx浄化性能を高めたナノ触媒の研究開発も同時に行ってきました。ナノ触媒の研究は、さらに環境規制が厳しくなったとき(遠からずさらに厳しくなることは明らか)への布石ともなっています。その時期を待たず、「エンジンそのものでさらなる低燃費、環境性能向上、また、小型車への搭載を実現していきたい」と片岡さんは言います。

理想の内燃機関という課題に対して、今回で全てが解決したわけではありません。内燃機関のなかでも特にロスの大きい断熱の問題など研究開発の余地は残っています(図6参照)。まだまだ、利用できないままの熱を動力に変えることができれば、エンジン(内燃機関)自動車の未来も、また大きく変わっていくことでしょう。

片岡さんは力を込めてこう宣言します。「当面の目標としては、日本よりさらにNOx排出規制が厳しく、ディーゼルエンジン自動車の少ない北米で、触媒無しのクリーンディーゼルエンジン車を売り出すことです。長らく絶対に無理だと言われてきたことですが、SKYACTIV-Dの成果を考えれば、実現の日も間近だと考えています」(2013年7月取材)

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さらなるクリーン化を目指して改良実験中のSKYACTIV-D

開発者の横顔


“理想の燃焼”は実現できる!

若い人たちの成長を感じた5年間でした

かつてはロータリーエンジンの開発にも関わったという寺澤さん。今回のNEDOプロジェクトの立ち上げ時の責任者で、その後、量産ユニットでNEDO技術を活用するための骨格を作っていった立役者でもあります。

SKYACTIV-Dの全てに関わった感想をこう話します。「私としても基礎から量産まで全体に関わったのは初めて。このプロジェクトでは若い人たちの成長が感じられたことが、とくに良かったと思っています。量産の際には、“よく走るエンジン”にこだわり、低圧縮比であることを、走りのスムーズさや静かさといった点でも活かすことができました」

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マツダ株式会社
寺澤さん

触媒の出番がないくらい良いエンジンになりました

生産技術部門を経て、技術研究所で材料の研究に携わってきた高見さんは、寺澤さんの後任としてNEDOプロジェクトの責任者を任されました。このプロジェクトと並行して進行していたNEDOプロジェクト「革新的触媒技術シングルナノサイズNOx触媒」でも責任者を務めています。

SKYACTIV-DはNOx後処理装置無しで規制基準をクリアしましたことが何より喜ばしいと言います。「これまでは、もっともコンパクトな酸化触媒やスス燃焼触媒を開発してきましたが、今回は私の出番がないくらいいいエンジンだということです(笑)。ディーゼルは燃焼分野がメイン。結果としていいエンジンになればいいのです」

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マツダ株式会社
高見さん

触媒無しでも、アメリカの環境基準をクリアしたい

技術研究所勤務を経てNEDOプロジェクトに参加した片岡さんは、現在、SKYACTIV-Dの展開市場の拡大を検討しています。夢は、「触媒なしで米国基準(カリフォルニア州規制値)をクリアすることと、カタログデータではない実用30km/Lの燃費の実現」と話します。

かつてはガソリンエンジン開発(混合気分布のレーザー解析)に関わったこともありますが、ディーゼルにはガソリンとは違うやりがいを感じているといいます。「ディーゼルは燃焼が全てをコントロールするので、ガソリンのようにパーツごとに分業での開発ができません。だからこそ上流から下流まで全部に関われる面白さがある。このプロジェクトでも少人数でチームワークよく進められたのが良かったと思っています」

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マツダ株式会社
片岡さん

ディーゼルエンジンの全てを左右する燃焼が面白い

大学時代は燃焼の研究に打ち込み、入社後もディーゼルエンジンの燃焼開発一筋の志茂さん。「ディーゼルエンジンの開発をしたい」とマツダに入社しただけあって、燃焼への思いは人一倍熱いものがあります。

NEDOプロジェクトを通じて、その思いはさらに強くなりました。「ディーゼルエンジンでは、燃費も排気も騒音も操作性も全てが燃焼次第です。燃焼はもっとも大切なところで、難しい反面やりがいもあります。今回のプロジェクトではさらなるディーゼルの可能性を知ることができましたし、まだ改善の余地があることもわかり、ますますこの仕事が面白くなりました」

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マツダ株式会社
志茂さん

なるほど基礎知識


クリーンディーゼルエンジンのクリーン度

燃費が良く、CO2排出量が少なく地球環境にやさしく、燃料代も安いディーゼルエンジン車。ヨーロッパでは自動車の半数がディーゼル車ですが、日本では「排気ガスが汚い」「エンジン音がうるさい」「ガソリンエンジン車ほど走らない」などといった、否定的なイメージが根強く、バスやトラック以外には普及が進んでいません。

しかも、日本では1980年代後半からディーゼルエンジン車への排ガス規制が強化され、規制に対応するための開発コストを危惧した国産メーカーの多くがディーゼルエンジン車の新規開発には消極的になってしまいました。

ヨーロッパでは高く評価されているように、ディーゼルエンジンは、CO2排出量が少ないという点では大変クリーンなエンジンです。しかし一方で、排ガス中には、NOxやPMなど、大気汚染の原因となる有害物質がガソリンエンジンより多く含まれていました。その排出量を低減もしくはカットするためには、フィルターや触媒などを使った大がかりな後処理装置システムで、排出ガスを浄化する方法が一般的でした。

そうした処理により、排出ガス規制(ポスト新長期規制)をクリアしたディーゼルエンジンは「クリーンディーゼル」を名乗ることができます。また、国による補助金や減税、自治体による補助金など、クリーンディーゼル車購入には、様々な優遇制度も設けられています。

というのも、最近になってわが国でも、ディーゼルエンジンのポテンシャル(燃費、環境性能、燃料費の安さ等)を見直す気運が高まってきているからです。経済産業省の「次世代自動車戦略2010」(表)では、2020年、2030年にかけてクリーンディーゼル車を増やしていく計画が盛り込まれています。

クリーンディーゼル車はガソリン車に比べて30%もCO2排出量が少ないことが注目されており、「今すぐできる地球温暖化防止策」の一つとして、クリーンディーゼル車の普及が期待されているのです。

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表 自動車別普及目標(経済産業省「次世代自動車戦略2010」より)

NEDOの役割

「革新的次世代低公害車総合技術開発」

このプロジェクトがはじまったのは?

プロジェクトが始まる2004年当時、地球温暖化問題や大気汚染問題等の環境問題に対する関心が高まりつつあり、自動車に起因する環境問題への対応が急務とされ、これまで以上に低公害車の開発・普及の必要性が高まっていました。また、2010年頃までには、世界で最も厳しいポスト新長期規制に適合することも要求されており、各自動車メーカーの努力だけでは解決困難な課題であり、その遂行には広範な研究開発分野や産官学の連携が必要とされていました。そこでNEDOは、2004年度より「革新的次世代低公害車総合技術開発」プロジェクトを開始。国内の自動車メーカーを始め、産学官連携体制の基5年間の国家プロジェクトを推進しました。

プロジェクトのねらいは?

ディーゼルエンジンは、ガソリンエンジンに比べて高い熱効率が得られる反面、排ガス中のNOx(窒素酸化物)やPM(ススなどの粒子状物質)が多く含まれることから、環境特性の改善や省エネルギー化が求められていました。そこで、本プロジェクトでは、特に、ディーゼルエンジンに特化した排出ガス後処理、燃料利用技術を中心に開発を進め、ディーゼルエンジンの高い熱効率を維持した上で、画期的に排ガスをクリーン化する技術の開発を実施しました。具体的には、新しいディーゼル燃焼方式エンジンの開発、クリーン燃料の導入、排出ガスを画期的に浄化する新しい排出ガス浄化システムの開発等を実施しました。

NEDOの役割は?

世界で最も厳しい排出ガス規制レベルへの対応、かつ開発した技術の新たな評価方法や大気環境効果予測なども必要であり、基礎研究から実用化までの産官学での連携体制構築をNEDOでは支援しました。また、外部有識者による中間評価や定期的な技術委員会の開催により、進捗度の把握、方針の見直しなどを実施しました。特に、中央省庁での審議会や新たな基準に沿った目標値の柔軟な変更や、ディーゼル車の環境面における懸念を払拭し、今後の普及、推進に向けた広報活動や成果報告会の開催などを実施することで、プロジェクト終了後のスムーズな実用化の後押しを行いました。

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