NEDO Web Magazine

バイオ・医療

基盤技術研究促進事業/
高精度四次元放射線治療装置システムに関する開発研究

動くがんへの追尾照射を可能とした次世代型四次元放射線治療装置を開発

三菱重工業株式会社
京都大学
公益財団法人 先端医療振興財団

取材:January、February 2015

INTRODUCTION 概要


放射線照射精度誤差±0.1mm。高精度で安心・安全ながん治療を実現

現在、日本人の死亡原因のトップは「がん」であり、3人に1人はがんで亡くなっています。そのような背景の下、NEDOは、がんの早期診断・早期治療を実現する最新の医療機器開発を通じて、がん患者数の減少、がん患者の早期社会復帰、QOL(Quality of Life)の向上に貢献してきました。

がんの治療法としては、外科手術、化学療法、放射線治療の3種類がありますが、中でも、放射線治療は体への負担が小さく、根治の率も高いため、その技術進展が期待されています。放射線治療の最大の課題は、がん細胞に照射する際に正常細胞も傷つけてしまうことでした。

三菱重工業株式会社は、NEDOの「基盤技術研究促進事業/高精度四次元放射線治療装置システムに関する開発研究」を、2003年から4年間、京都大学医学部附属病院の放射線治療科や先端医療センターと連携して実施して基盤技術を確立し、引き続き、「次世代戦略技術実用化開発助成事業/Adaptive四次元放射線治療に向けた患部挙動解析及びフィードバック技術の開発研究」を2年間実施して実用化のための技術課題を解決しました。その成果が、世界で初となる動くがんへの追尾照射を可能とした次世代型四次元放射線治療装置「Vero4DRT」に結実しました。

当初、社内ベンチャーの一環として立ち上がり、医療機器事業にはゼロからのスタートだった三菱重工業ですが、得意とする大型装置のシステムインテグレーションや世界的な競争力を持つ加速管などの技術に、画像診断などの産学連携で得たノウハウを融合させ、治療用X線(以下、治療ビーム)の照射照準精度軸誤差を±0.1mm以内に収めた、革新的で安心・安全な高精度放射線治療装置を実現させたのです。

「Vero4DRT」は、縦・横・奥行きなどさまざまな角度からがんに放射線を当てることで死滅させる三次元治療の追求をコンセプトに掲げるだけでなく、それと並行して「時間軸」をプラスすることで、呼吸運動などによって移動するがんも治療できる四次元型高精度放射線治療装置を目指しました。その結果、既存の装置から大きく飛躍した、今までの放射線治療装置にはない新しい機能が数多く搭載されています。

現在(2015年2月末時点)は、日本国内のみならず欧米やアジアなどの病院に延べ24台導入されており、肺がん・肝臓がん・膵臓がんの追尾照射に成功するなど多くの臨床実績を残しています。今、根治を可能にした体に負担の少ない革新的な放射線治療装置として注目を浴びています。

BIGINNING 開発への道


動くがんのみの照射を可能にした放射線装置の開発を目指す

現在、日本人の死因の3分の1は「がん」と言われており、今後もがんによる死亡率は増加する傾向にあります(図1)。

そのような背景の下、NEDOは、がんの早期診断・早期治療を実現する最新の医療機器開発を通じて、がん患者数の減少、がん患者の早期社会復帰、QOL(Quality of Life)の向上に取り組んできました。

がんの治療法としては、外科手術、化学療法、放射線治療の3種類がありますが、中でも、放射線治療は体への負担が小さく、根治の率も高いため、その技術進展が期待されています。特に高齢者にとっては治療の苦痛軽減や社会復帰に大きく貢献することが期待されています(図2)。

一方で、放射線治療では、がん以外の正常な細胞に照射された場合、正常な細胞にもダメージを与えてしまうという課題があります。そのため、放射線治療をがん治療に積極的に活用していくためには、「正常細胞を避けながら、がん細胞だけに正確に照射する技術」が必要とされていました。

そこで三菱重工業は、NEDOプロジェクトの産学連携の下、呼吸や体内の臓器の影響によって動くがん細胞をリアルタイムで追尾し、患部に正確に放射線を照射する動体追尾機能を付与した放射線治療装置の開発に取り組み、2011年「次世代型高精度放射線治療装置『Vero4DRT』」の動体追尾機能の開発に成功しました。

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図1 国内の主な死因別と死亡率の年次推移「平成25年人口動態統計月報年計」
(厚生労働省: http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai13/index.html をもとに作成)

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図2 年齢別がん罹患率(全国推計値 2010年)(出典:独立行政法人国立がん研究センターがん対策情報センター)

装置設計のゼロからの見直しにより、治療精度向上と高速化を実現

動体追尾を実現した「Vero4DRT」には、従来の放射線治療装置にはない新たな機能が数多く搭載されています。

その代表例が、装置本体を円形とした「高剛性Oリング型ガントリー」です。リング状にすることで安定感が増し、従来機の課題とされていた照射ヘッドの重みによって発生する照射位置のズレを抑えることができるため、治療精度を向上することができました。また、装置本体が回転・スウィングすることで、患者の乗った台(カウチ)を動かすことなく、さまざまな角度からデリケートな臓器を避け放射線を照射することができるとともに、既存装置のようにカウチを動かした後に照射位置を再度チェックする手間が省略でき、治療の高速化にもつながりました。

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Oリング型ガントリーが回転・スウィングすることで患者が動くことなく治療することが可能になった

Oリング型ガントリーには、同一平面上に放射線治療ビームを照射するヘッド、がん細胞の動きをリアルタイムで検知するための2対のX線撮像装置、照射された放射線治療ビームをキャッチして読み取り、正確にがん細胞へ放射線が当たっているかを画像で確認することのできる画像撮像機能(EPID: Electronic Portal Imaging Device)という3つの撮像機器と治療ビームの照射器が搭載されています(図3)。これにより、治療を行いながらリアルタイムで腫瘍の動きを検出し、それに合わせて自動制御で照射ヘッドの角度を調整してがんを追尾する治療法を実現しています。

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図3 Oリング型ガントリーに搭載されている装置(提供:三菱重工業株式会社)

また、放射線治療の中でも特に重要なパーツである照射ヘッドには、治療ビームを生みだすためのCバンド小型加速管や、治療ビームの出口部分を腫瘍の形状に合わせるための装置であるマルチリーフコリメータ(MLC)が搭載されており、この照射ヘッドに水平方向と垂直方向に回転するジンバル機構という首振り機能を持たせることで、動くがん細胞を追尾しつつ、その形状に合わせた治療ビームを確実に当てることができるようになりました(図4)。

医療装置全体の設計をゼロから見直し、ソフト・ハードの両面からさまざまな工夫を施したことで開発・実用化することができた「Vero4DRT」ですが、ここに至るまでの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。

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図4 常に正確に照準を合わせる照射ヘッドの仕組み(提供:三菱重工業株式会社)

企業の未来を見据え未知の分野に挑戦した三菱重工業

三菱重工業が放射線治療装置の開発に着手したのは2001年のことです。2000年に社内ベンチャーの一環として「フロンティア21」というマーケティングプロジェクトが立ち上がり、若手社員30人が5チームに分かれ、3ヵ月間にわたり新規事業の検討を行いました。当時、若手社員の一員として「フロンティア21」に参加し、新規事業として放射線治療装置の開発を提案した三菱重工業株式会社機械・設備システムドメイン 事業戦略総括部 事業開発推進部医療システム課業務チーム主席チーム統括の金子周史さんは、開発が決まった経緯を次のように振り返ります。

「放射線治療は、もともと末期患者の痛みを緩和するために用いられるイメージがありました。しかし、実際は時代の経過とともにコンピューターや画像処理技術が進歩していく中で、放射線治療装置が技術革新によって治療の花形となり、市場が拡大していくことが予測されるようになりました。そうした市場の変化に加え、三菱重工業が得意とする大型装置の組立や制御、中でも強みである加速器などの基礎工学技術を持ち合わせていたことを総合的に加味した結果、医療機器事業に参入しようとの結論に至り、社内承認を経て、新規事業として正式に着手することになりました」

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組立中のVero4DRT

とはいうものの、三菱重工業には医療機器開発の経験やノウハウが無かったため、まずは放射線治療の臨床パートナーを探すことからスタートしました。そして、当時、医療産業都市構想が進んでいた神戸にある先端医療センターの小久保雅樹部長を訪れることになります。その当時の様子を、小久保部長は次のように話します。
「先端医療センターが新たに発足することになったとき、放射線治療装置を開発したいというメーカー数社からコンタクトがありました。しかし、放射線治療装置について一歩踏み込んだ話をしたところ、付いてこられないメーカーがほとんどだった中、三菱重工業だけはしっかりと勉強してきていることが感じられたため、開発に協力することにしました」

また、小久保部長の出身大学である京都大学は放射線治療において最先端の研究を行っていることから、放射線治療の権威である京都大学大学院 医学研究科の平岡真寛教授を紹介していただき、医療現場における放射線装置への機能的なニーズとアカデミックな知見を反映させることができるようになりました。

こうして新たなパートナーを得た三菱重工業は、先端医療センター・京都大学と連携し、京都大学の平岡教授からは放射線治療装置に必要な機能に関する学術的な助言をもらい、それを三菱重工業が製品として具現化、その製品を先端医療センターで試験・評価をフィードバックするという三位一体の役割分担での開発が進められることになりました。

同時期にNEDOでは、国民経済に大きな便益がありながらも、民間企業単独ではリスクが高く取り組むことが困難な基盤研究技術に対して、戦略的・積極的に支援・促進することにより、その技術の向上と成果普及を図るための制度「基盤技術研究促進事業」を開始しました。本制度に応募された本事業「高精度四次元放射線治療装置システムに関する開発研究」は、ハイリスクな基盤技術であり、その成果は治療効果の向上だけでなく、新規市場の創出へも貢献すると判断され、NEDOの支援を受けることになります。この制度によって、金銭面での支援だけでなく、産学連携の体制がより強固なものとなりました。

本事業で得られた基盤技術の成果は、引き続きNEDOプロジェクト「次世代戦略技術実用化開発助成事業/Adaptive四次元放射線治療に向けた患部挙動解析及びフィードバック技術の開発研究」の中で実用化に向けた技術開発へと継続されます。これらの基盤技術から実用化までの支援体制が、高精度放射線治療装置の早期実用化につながったのです。

BREAKTHROUGH プロジェクトの突破口


がんを「見える化」し、リアルタイムで追尾するための画像認識技術を開発

動体追尾を実現するためには、動くがんの位置をリアルタイムで正確に把握することが欠かせません。中心メンバーの一人として開発に携わっていた三菱重工業株式会社機械・設備システムドメイン 事業戦略総括部事業開発推進部医療システム課 開発チーム主席技師の髙橋邦夫さんは、生体工学の難しさを次のように話します。

「画像処理とは、撮影した複数の画像から同じ形状のものをコンピューター上で探す作業ですが、形の変化するがん細胞は、画像ごとで同じ細胞として認識されません。どうすれば、動くがん細胞を正確に追いかけ続けられるのか、一番頭を悩ませました」

画像はがん細胞を見る「目」の役割を果たすため、間違ったところを追いかけてしまうと健康な細胞に照射してしまうことになります。これを解決するために、2対のX線撮像機や、胸の上下動を検知する赤外線マーカーなどの画像認識技術の開発に取り組みました。

照射ヘッドの左右2箇所に存在するX線撮像機は、正面と側面から同時に体内の様子を撮影することができるため、精度の高い立体図としてがん細胞の位置を写し出すことができます。それに加え、胸の上に設置した赤外線反射マーカーの上下動を赤外線カメラで撮影することで、呼吸によるがん細胞の動きを予測することに成功。

呼吸信号と腫瘍位置を紐づけたモデルをつくり、X線撮像機の画像と統合することで、リアルタイムでがん細胞を追尾することを可能としました。この呼吸とがん細胞の動きの相関を取り入れる方法は、京都大学と先端医療センターとの議論の中で生まれた発想であり、精度の高い動体追尾を追求していく上で重要なポイントでした。

また動体追尾には、精度だけでなく、スピードも重要です。そこで、複数の画像を事前にコンピューターに登録し、がん細胞の動きの軌跡や位置情報を画像に紐づけてパターン化することで、瞬時に正しく処理できる技術を開発しまた。

「こうしたシステムは、高度で複雑な仕組みを用いれば実現することは可能ですが、タイムラグが生じてしまうため、リアルタイムな動体追尾では取り入れることができません。しかし、がんの動きをパターン化させたこの画像処理技術によって、がん細胞の位置の把握とリアルタイムでの追尾を両立させることができました」と髙橋さんは、話します。

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搭載されているX線撮像装置

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赤外線マーカー探知機

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胸の上に設置された赤外線マーカー(赤丸内)の上下の動きを探知することで呼吸信号を読み取る(提供:三菱重工業株式会社)

動体追尾を実現するため、重機械メーカーの視点でゼロから見直す

画像で捉えたがん細胞へ正確に放射線を照射するには、瞬時に放射線を打つ照射ヘッドを動かす必要があります。そのため、放射線を生み出す加速管をコンパクト化することも課題でした。そこで、三菱重工業が既に独自開発していたCバンド小型加速管を医療用にアレンジして採用。従来の放射線治療装置に用いられていた加速管は、長さ約1m、重さ100kgほどのものが一般的でしたが、今回採用されたCバンド小型加速管は、長さ30cm、重さ10kgと既存の加速管よりもサイズ・重量ともに大幅にコンパクト化することに成功しました。

稼動し続けることで安定する一般的な加速管と比較し、医療用に改良されたこの小型加速管は、運用条件が異なることから放射線のエネルギーを安定させることには苦労しましたが、いくつもの試行錯誤を繰り返す中で最適化され、最終的には大幅に小型化しつつも、既存の放射線治療装置に搭載されている治療ビームと同等の性能を実現することができました。

また、がんの形に合わせて放射線を照射する面積や形(照射野)を変更するためのMLCは、緻密な動作精度だけでなく、故障せずに治療を円滑に進めるための強い耐久性が求められました。

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Vero4DRTに搭載されているCバンド小型加速管

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耐久性確保のためタングステンでつくられたMLC(提供:三菱重工業株式会社)

そこで、軽量化と強い耐久性の両立に向けて、産学連携によって得られる多くの情報や知見を集め、随時テストを繰り返しながら実機に近いものをつくりあげていきました。軽量化を図るにあたっては機能の簡素化や使用する素材の見直しを行い、耐久性についても、動きによる負荷を軽減するための材質を追求するなど、何度も試作を積み重ねて実験しました。

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MLCを構成する鋼を1枚ごとに独立して制御(右)することで、照射口(左)で放射線の形を調整している

これらを搭載するOリング型ガントリーについて、金子さんは、「重機械メーカーだけあって重いものを動かすことに長けていることから、『患者を動かさずに済むのならそれにこしたことはない』というドクターの意見を参考に、患者を装置に合わせて動かすという発想をやめ、患者に合わせて装置が動いて治療するという思想としました。そのため、重量のあるOリング型ガントリーが、患者を中心にして安定して回転する世界初の構造を採用した上、患者の状態に合わせてがんのある位置に照射方向を素早く制御する機構も搭載しています。その実現のため、全体の重量のバランスを事前に計算し、各パーツの重量目標を設定して開発しました。しかし、一つのパーツが重量をクリアできなければ他のパーツの重さも見直す必要が出てくることから、何度も全体の重量配分を調整しながら開発していきました。こうしてできあがったのが、精密機器である加速器を世界で一番振り回す放射線治療装置です」と、笑顔で話します。

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Oリング型ガントリーに照射ヘッドとX線撮像装置が一体化しており、ガントリーの回転に合わせて動く構造になっている

要素技術を集めた一号機を試作するも、結果的にプロトタイプに・・・

ある程度要素技術ができあがった段階で、それを一つに集めた一号機を先端医療センターに持ち込みました。しかし「これは放射線治療装置とは言えない」と不合格の烙印を押されてしまいます。

課題の一つに、安全に気を使いすぎた設計が挙げられました。そうした安全重視の仕様になった経緯について髙橋さんは、こう話してくれました。
「システムを開発するにあたり、患部を誤認しないことや患者に危害を加えないことに一番気を使いました。また、放射線の照射についても、少しでも異常があれば確実に止まるようにし、機械自体も暴走しないよう、安全には非常に気を使ったシステムを設計しました。三菱重工業が手がける機械の多くは、基本的には人が近づけないようなものばかりですが、この装置は人の近くで作動する機械のため、安全性を特に意識しました。こうした安全への慎重さは、重機械メーカーである三菱重工業の企業文化だと思います」

「ただ、万が一のことを考えて安全確保の基準をかなり厳しい設計にした結果、すぐ止まって使い勝手が悪くて治療にならないと言われてしまいました。そこで、平岡教授と意見交換しながら、医療現場で求められる安全の基準を満たしながら、作業性も確保できるよう大幅に仕様を見直しました」

こうしたシステムの改良と並行し、患者に放射線を当てるシミュレーションを行う治療計画のソフトウェア開発も手がけました。

従来は、放射線治療を行うにあたって事前にCTでがんの位置を撮像し、それを元に、体内に入った放射線がどのように振舞い、どういう動きをするかについてすべてコンピューター上で検証し、がんにあたる放射線量を測定するとともに、危険な臓器があるところを避けるためのシミュレーションをした三次元の治療計画を立てていました。

しかし、従来ソフトは静止したCT画像を使用することから、動体追尾には適応できないため、新たに四次元の治療計画を立てられるソフトを開発しなければなりませんでした。このソフトの開発により、がんが動いたときに、その周辺の組織にどのように放射線が当たるか把握し、その動きの影響を治療計画に反映することが可能となりました。

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Vero4DRTで使用されている治療計画ソフト「iPlan」。このソフトと新たに開発した四次元線量計算ソフトを併用することで、ズレの少ない治療計画を実現している(提供:京都大学医学部付属病院放射線治療科)

医工連携の難しさを乗り越えて実用化された「Vero4DRT」

医療機器分野に新規参入した三菱重工業にとって、分野における言語や感覚の違いは大きく、当初は上手くコミュニケーションが取れていなかったと平岡教授は話します。

「医学と工学という他分野の住人同士ということで、当初はこうした機能を備えたものがほしいと伝えても言葉が通じずに、なかなか効率良く開発することができませんでした。そのため、とりあえずできあがった技術を確認して、そこでアドバイスをしてはフィードバックするという作業を繰り返していきました。しかし、工学・医学の両方に明るい京都大学の大学院生を三菱重工業に嘱託社員として派遣して、通訳のような存在になったことで、その後はスムーズに開発することができるようになりました」

また、髙橋さんも医工連携の難しさについて、次のように振り返ります。
「平岡教授や小久保部長とは、かなりの数のディスカッションを重ねてきましたが、実際に一号機ができあがった際には、お互いが思い描いていたものと乖離していたため、分野を越えた意思疎通の難しさを実感しました。そこで、京都大学の学生さんに週一回集まってもらい、過去の事例や論文などの情報を提供してもらうなど、コミュニケーションを図るようにしました。その中で、三菱重工業のものづくりに必要な情報が何か、ということを次第に分かってもらえるようになり、やっと意思の疎通ができるようなったと感じました」

こうした産学連携を実践できたのには、NEDOプロジェクトの存在が大きかったと髙橋さんは引き続き話します。
「完成した一号機が不合格の烙印を押されてしまい、実用化のために改善していく次期プロジェクトにおいても、再度京都大学と協力することが不可欠でした。しかし、民間企業が単独ですべて資金を出し、長期にわたって大学に協力を依頼するには限界があります。NEDOの支援のもと産学連携が強固になったことで、引き続きこの体制を維持することができ、結果としてこのような革新的な技術開発の期間を大幅に短縮することができました」

臨床データが徐々に出始めたことを皮切りに日本国内外で導入されはじめる

こうしてソフト・ハードの両面からさまざまな要素技術の開発を行い、「Vero4DRT」は2008年に薬事承認を得て実用化されました。現在、日本国内では京都大学や先端医療センターでの導入事例をはじめ、さまざまな大学病院などに設置され、実際に治療がスタートしています。今後も臨床を重ねてデータを蓄積していくとともに精度をあげる研究を続けていく予定です。また日本国内のみならず、アメリカやヨーロッパにおいて販売承認を受けており、実際にアメリカ・ベルギー・ドイツのほか、韓国などの大学病院に延べ24台導入(2015年2月時点)され、多くの臨床実績を残しています。

こうした最先端の医療機器が医療施設に導入されるまでの流れについて、平岡教授は次のように説明します。
「医療機器は産業機器と異なり、最先端機器であるほど導入に慎重になります。そのため、『Vero4DRT』のような革新的な機器は、臨床データが徐々に蓄積され、既存の装置よりも優れていることが判明するまでは、積極的に導入されることは滅多にありません。しかし、現在『Vero4DRT』の実績についての論文の発表が出始めたことで、その存在が認知されてきています。今後はこうした動体追尾を可能にした装置が、世界の放射線治療の中心を担っていくと思います」

FOR THE FUTURE 開発のいま、そして未来


これからの「Vero4DRT」の可能性

動体追尾を可能とし、首振り機能を備えたことで、動いていないがんに対して今までにない角度から放射線を当てる新しい治療方法や、首振りによって照射野そのものを広げるなど、有意義な活用方法についてさまざまな検討が行われています。今後は引き続き京都大学や先端医療センターと協力しつつ臨床を積み重ねていく予定です。

「Vero4DRT」の提案者である金子さんは最後にこう話しました。
「『Vero4DRT』は、まだ駆け出しの状態です。しかし、世界的にがん患者が増加傾向にあることを考えたとき、身体への負担が少なく、それでいて動体追尾を備えた高精度で安心・安全に治療できるこの装置は、多くの人のがん治療に貢献できると確信しています。そのためにも今後は、さらなる機能開発と並行して普及していくためのコストダウンも推し進め、一人でも多くの人に役立てていただければと考えています」(2015年1月・2月 取材)

開発者の横顔


医工連携があったからこそ実現できた高精度放射線治療装置

逆境をバネに成長を続ける

製鉄機械設計部の制御装置課にいた金子さん。30歳のときにフロンティア21が実施され、そこで医療機器分野への提案をしたことが、放射線治療装置開発のスタートとなりました

「30才という若い時代に新事業を検討する機会を与えられたことは大変幸運でした。5人のメンバーと3カ月間それまでの業務から離れ、それこそ朝から晩まで喧々諤々と議論しながら、『社会を支える三菱重工業だからこそ、社会を支える人を支える医療事業を実現できる』とメンバー誰もが確信し、提案を練りました。社内技術調査の過程で多くの方々よりいただいた声援に勇気づけられ、全くの新事業である『医療』を領域とした思い切った提案をすることができました。
その後、社内だけでなく、同じ目標を共有する臨床パートナー(京都大学・先端医療センターの方々)にも出会えて、ようやくここまでたどり着きました。まだまだ開発したいことはたくさんあり実際は相当苦労すると思いますが、当初目指した『人を支える事業』で社会貢献をするためにも、まだまだ頑張りたいと思います」

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金子さん

多くの苦労が実を結んだ放射線治療装置

画像認識システムやソフトウェア開発を担当し、このプロジェクトの中心となって取り組んできた髙橋さん。動体追尾を搭載した高精度放射線装置への思いを次のように話しました。

「この高精度放射線治療装置は、開発するのが本当に大変で、これだけ苦労することを知っていたならば、恐らく開発に着手することはなかっただろうと思います。ただ、それは三菱重工業という技術力のある企業だからこそ、未知の領域である医療機器分野への第一歩を踏み出すことができたのだと思います。また特に印象に残っていることとして、製品化のつもりでつくり上げた一号機がけんもほろろに突き返されたことが思い出されます。当時は非常にショックを受けましたが、それがあったからこそより完成度の高い製品へと品質を上げることができたため、今ではとてもありがたく感じています」

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髙橋さん

大学院時代に一人で行った温熱療法が私の原点

20年以上にわたって医療機器の開発に携わってきた平岡教授。その始まりは、がんを電磁波で温める温熱療法の研究でした。この学生時代の研究が、後に医療機器開発への道を志すきっかけとなりました。

「これまで、がんの温熱療法装置など、多くの医療機器の開発に携わってきました。しかし、今の日本の医療産業機械は輸入品が多く、少し残念に感じています。そんな中でも、このように地に足の着いた医療機器が少しずつ出始めてきていることは大事だと思いますので、そうした流れを断ち切らぬよう、これからも医療機器の開発に着手していきたいと思います」

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平岡さん

『治療は患者のためにある』。その言葉に感銘を受けました

元々は原子核物理学で加速器の研究者であった小久保さんは、大学卒業と同時に京都大学医学部に再入学した異色の経歴の持ち主です。そのときの恩師が平岡教授であったことから、その縁で先端医療センターにて放射線の研究をすることになりました。

「元々放射線治療に興味があり、スイスのポールシェラー研究所に陽子線治療の研究のために留学していました。そのとき、わざわざスイスにまで平岡教授が来られて、先端医療センターで放射線治療の研究をしてほしいと依頼されました。放射線治療を研究する身としては、直接患者さんを治すことが大切なのではないかと考えていたため、この高精度放射線治療装置の開発に携わることができたのは嬉しく思います」

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小久保さん

なるほど基礎知識


放射線治療の現状

これまでの放射線治療では、一定方向から均一な放射線を照射するため、周囲の正常な細胞に照射された場合、正常な細胞にもダメージを与えてしまうという課題がありました。しかし、さまざまな角度から照射する定位放射線治療(Stereotactic Irradiation:STI)が開発されたことで、正常な臓器への影響を抑え、がん細胞に集中的に照射することが可能になりました。

さらに近年では、多方向からの照射技術に加え、コンピューター制御により照射する放射線の強さを自在に変える革新的な技術が開発され、正常な細胞と複雑に近接するがん細胞へもピンポイントで放射線を照射することが可能となりました。この強度変調放射線治療(Intensity Modulated Radiation Therapy:IMRT)により、頭頸がんや前立腺がんなど重要な臓器に近接するがんを、合併症を軽減しながら根治させる治療が実現しました(図5)。

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図5 強度変調放射線の治療イメージ(出典:京都大学医学部付属病院放射線治療科ホームページ)

本事業で開発された『Vero4DRT』はIMRTをさらに進化させ、多方向照射と強弱の制御に加え、がん細胞の動きにも対応することが可能となりました。これは生存率が低く、治療がいまだに難しいと言われている膵臓がんなどへも有効です。膵臓がんは、重要な臓器に取り囲まれていることに加え、呼吸の影響で常に動いており、放射線治療が難しいとされてきました。しかしこの技術により、正確な位置へ十分な強度の照射が可能となり、従来難しかった膵臓がんの根治の可能性が高まったのです。

NEDOの役割

「基盤技術研究促進事業/高精度四次元放射線治療装置システムに関する開発研究」

このプロジェクトがはじまったのは?

NEDOは、民間企業における基盤技術の向上やその成果普及を図ることを目的として、2001年から、基盤技術研究促進事業を実施しました。この事業は、国民経済には大きな便益が有りながら、企業単独ではリスクが高く、その成果が開花するまでには相当規模の投資と期間を要する技術開発を支援するものです。本プロジェクトは、ライフサイエンス分野の公募に対して応募され、選定されたものです。

プロジェクトのねらいは?

放射線治療装置を開発している国内メーカーが存在しなかった当時、世界初となる機能を携えた放射線治療装置を開発し、高い治療効果を実現するだけでなく、共通基盤となる診断・治療機器の普及や、当該分野の産業育成、新規市場の創出への貢献も期待されました。

NEDOの役割は?

成果が開花するまでには相当規模の投資と期間を要する技術開発に支援するとともに、企業単独ではリスクが高いことから、産学官の連携による実施を推奨しました。これにより、ハイリスクな基盤技術の早期実現が促進されました。また本事業で得られた基盤技術の成果は、引き続きNEDOプロジェクト「次世代戦略技術実用化開発助成事業/Adaptive四次元放射線治療に向けた患部挙動解析及びフィードバック技術の開発研究」(2006年度-2007年度)の中で実用化に向けた技術開発へと継続されます。これらの基盤技術から実用化までの支援体制が、高精度放射線治療装置の早期実用化につながったのです。

関連プロジェクト


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