NEDO Web Magazine

バイオ・医療

糖鎖機能活用技術開発

世界初、糖鎖の変化を測定して肝臓の線維化進行度を判定

シスメックス株式会社
産業技術総合研究所

取材:February 2015

INTRODUCTION 概要


血液中の肝線維化糖鎖マーカーを所用時間17分で測定
迅速かつ高精度な測定技術を開発し、2015年1月より保険適用へ

日本における慢性肝炎の原因の多くは、B型肝炎ウイルスとC型肝炎ウイルスの感染によるものとされています。感染者は、国内で約300万人、その3分の2近くが自覚症状のないキャリアだといわれています。肝炎ウイルスの感染で慢性肝炎になると、肝臓内で慢性的な細胞破壊が起こり、20〜25年かけて肝臓が線維化(以下、肝線維化)して肝硬変に進展し、最終的に肝臓がんへ進行するなど、重篤な病気につながる可能性があります。このような慢性肝炎の進行やその治療効果の判定は、肝線維化の程度を調べることで把握できます。

現在、肝線維化検査の主流は、針を差し込んで肝臓組織を採取して肝線維化状態を判定する生体組織検査ですが、入院が必要となるなど患者への負担が大きくなっています。そこで期待されるのが、血液検査等の簡便で精度の高い肝線維化検査法であり、そのニーズに応える技術が、シスメックス株式会社(以下、シスメックス社)の肝線維化糖鎖マーカー「HISCL M2BPGi(ヒスクル エムツービーピージーアイ)」試薬です。糖鎖マーカーとは糖鎖を利用したバイオマーカーのことです。

NEDOは、1991年に開始した「複合糖質生産利用技術」以来、糖鎖に関して世界最先端の研究開発プロジェクトを実施してきました。それらの研究開発プロジェクトの主力を担ってきた国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下、産総研)は、肝線維化の進行度に関わる新たな糖鎖マーカーを見い出しました。この成果を活かすため、産総研は臨床検査装置・検査試薬メーカーのシスメックス社と共同で肝線維化糖鎖マーカーの実用化に着手。世界初となる、血液検査で安定的に高精度な測定ができる肝線維化糖鎖マーカー「HISCL M2BPGi」試薬を開発しました。この試薬は、2013年12月に医薬品製造販売承認を受けて2014年3月から販売が開始され、2015年1月には保険適用となり、今後の普及が期待されています。

BIGINNING 開発への道


病気の進行度を構造変化した糖鎖で測る

日本国内に約300万人もいるといわれる肝炎ウイルス感染者。特に、B型肝炎ウイルスとC型肝炎ウイルスが原因となっているウイルス性の慢性肝炎では、肝炎から肝硬変、肝臓がんへと進行する可能性があるとされています。ウイルス性の慢性肝炎は、ウイルスによる長期間の肝細胞の崩壊によって、肝臓が線維化状態になっていくという特徴があります。そのため、慢性肝炎の進行や治療効果の判定には、肝線維化状態の把握が重要となります。
これまでの肝線維化の検査は、組織を採取して行う生体組織検査が主流でした。しかし、生体組織検査では肝臓の一部の組織しか採取できないため部位によるサンプリングエラーや検査を行う施設間での差異などが問題となっていました。これらを補うために、血小板数や血中酵素などのバイオマーカーや画像診断結果などが併用されていましたが、決定的な臨床性能は確立されていませんでした。また、生体組織検査では体外から針などを差し込んで組織を採取するため、患者への負担も大きく、簡便で精度の高い肝線維化検査法の必要性が高まっていました。

肝線維化のように、体内の細胞が壊れていくときには、細胞内の分子にも、何らかの変化が起きていると考えられます。この変化を測ることができれば、病気の進行状態がわかります。そこで着目されたのが「糖鎖」です。
生体内にあるタンパク質の多くは、糖が鎖のように連なった糖鎖で飾られています。タンパク質の中には、糖鎖と一体化することではじめて機能を発揮するものもあります。この糖鎖は、一部の病気においてその構造が質的に変化することが明らかになっています。つまり、質的に変化した糖鎖の量を測ることができれば、その病気の進行度がチェックできるのです。
病気と糖鎖変化の研究は、がん、免疫、感染症、再生医療などで画期的な早期診断法の確立につながると考えられています。これについては、タンパク質を使ったバイオマーカー開発の次のターゲットとして、現在世界中で開発競争が行われています。

NEDOは、「複合糖質生産利用技術」を1991年度から10年間、「機能性糖鎖複合材料創製技術開発」を1999年度から5年間実施しました。さらに糖鎖研究の基礎を強固にして将来の一層の成長を期するため、2000年度(補正)〜2003年度まで「糖鎖合成関連遺伝子ライブラリーの構築」、2002年度(補正)〜2005年度まで「糖鎖構造解析技術開発」、2006年度から2010年度まで「糖鎖機能活用技術開発」を実施しました。これらのプロジェクトの主力を担った産総研は、糖鎖合成・糖鎖構造解析・糖鎖機能解明の技術基盤開発を行うとともに、糖鎖の特定構造に反応するレクチン(糖鎖に結合するタンパク質)を用いた糖鎖解析技術を開発したことで、産業化に結びつくバイオマーカー開発の基盤技術を確立しました。さらに、肝線維化の進行に伴う微細な糖鎖構造の変化を見い出しています〈図1〉。

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図1 疾患の進行に伴って糖鎖構造の変化する糖タンパク質のモデル図(提供:産業技術総合研究所)

実用化を踏まえてM2BPタンパク質を選択

糖鎖の構造変化をとらえることによって肝線維化を測るといっても、具体的にはどのような方法がとられているのでしょうか。
血液中には、体内のいろいろな細胞から分泌された様々なタンパク質が含まれており、それぞれ特定の構造をした糖鎖が結合しています。細胞が病気によって壊されたとき、ある種の病気では、分泌するタンパク質は変わらないものの、そこに結合している糖鎖に構造変化が起こることがあります。この変化をとらえようというわけです。具体的には、構造変化した糖鎖に選択的に結合するタンパク質(レクチン)を用い、糖鎖構造変化という質的変化を量として測定しています。
一つの細胞が分泌するタンパク質にもいくつかの種類があり、そのタンパク質に結合している糖鎖もさまざまです。病気の進行度を検査する場合、どのタンパク質を使い、そのタンパク質上のどの糖鎖構造の変化に対して、どのレクチンを使うか、その組み合わせは非常に多くなります。できるだけ検査に即した対象を選ぶことが、大きな技術といえるのです。

今回、製品化された「HISCL M2BPGi」試薬では、肝細胞から分泌されるM2BPというタンパク質が使われています。M2BPは、肝細胞をはじめとして多くの細胞から分泌されており、糖鎖の修飾を多く受けるという特徴を持っています。一つのM2BPには7本の糖鎖が付いていますが、通常は血液中で10〜16個のM2BPが重合し、ドーナツ状の多量体を作っています〈図2〉。ドーナツ状なので球体よりも表面積が大きく、多量体表面の糖鎖の量は70〜120本になります。肝臓由来のM2BPは、肝線維化の進行に伴いタンパク質は変化せずに糖鎖構造が変化します。この変化した糖鎖部分に特異的に結合するレクチンを用いて測定することで、迅速で高感度に異常を検出できることになります。M2BPを使う理由としては、血液中で多量体となるため糖鎖の数が多く、レクチンとの結合が強くなるためです。

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図2 M2BP単量体と多量体(提供:産業技術総合研究所、シスメックス株式会社)

産総研が、肝線維化糖鎖マーカーの基本的な技術開発をしている段階での分析時間は18時間でした。糖鎖−レクチンの結合は緩やかで弱いため、それだけの時間が必要だったのです。しかし、18時間では実用化レベルとはいえません。そこで産総研は、臨床検査装置・試薬メーカーであるシスメックス社と協力して、患者さんが来院している間程度の短時間で測定可能な、いわば実用化できる肝線維化糖鎖マーカーの開発を行いました。そこで選択されたのが、糖鎖の数が多く、レクチンとの結合が強い特徴をもつM2BPであり、これを使用することによって、シスメックスの全自動免疫測定装置「HISCL」シリーズでの短時間測定が可能な「HISCL M2BPGi」試薬が完成しました。

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HISCL M2BPGi試薬はR1、R2、R3の3液構成で、R1試薬とR3試薬は一体型の容器で提供される。(左:一体型容器、右:R2試薬容器)(提供:シスメックス株式会社)

17分という短時間で精度の高い測定が可能

シスメックス社は、「糖鎖機能活用技術開発」(2006〜2010年度)に、2009年8月から参加しています。参加した経緯についてシスメックス株式会社ICHビジネスユニット免疫・生化学プロダクトエンジニアリング本部長の高浜洋一さんは次のように語っています。
「当社は、これまでにもウイルス性肝炎の感染症マーカーを数多く開発・販売しているため、肝臓疾患に関するバイオマーカーには関心がありました。2009年の初めごろに、NEDOプロジェクトの存在を知り、プロジェクトリーダーである産総研糖鎖医工学研究センターの成松久センター長(当時)から肝臓関係のバイオマーカーの開発を実施していることをお聞きし、NEDOプロジェクトの公募に応募しました。結果、実用化の担当企業として途中からではありましたがプロジェクトに参加させていただきました。我々への要請は短時間での測定を可能にすること。当社の試薬はすべて当社の装置である『HISCL』に乗せており、ここでの測定時間はすべて17分です。肝線維化糖鎖マーカーも17分での測定を可能にしようと、かなりの試行錯誤を行いました」。

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免疫血清検査に使用される全自動免疫測定装置HISCL-5000。感染症や腫瘍マーカーなどのさまざまな試薬の測定を約17分という短時間で行うことができる。(提供: シスメックス株式会社)

シスメックス社では、自社の全自動免疫測定装置「HISCL」や各種の試薬の開発の経験から、装置開発・試薬開発において蓄積した技術を持っていました。しかし、レクチンを使った測定系は初めてで、戸惑うことも多かったといいます。糖鎖−レクチンの結合は緩やかで弱いという欠点がありますが、装置の中で全自動測定を行うためには、装置内でかなり過酷な条件を課す必要があります。試薬自体を修正するのか、それとも装置内のフローを変えるのか。産総研とも熱心な議論が交わされ、最終的には装置と試薬の両方の開発スタッフを持つ強みを活かし、17分での測定を可能にしました。

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HISCL-5000にセットされた試薬。R1~R3試薬を同時に24セット架設できる。

「HISCL M2BPGi」試薬が完成したあとは、臨床での実証が待っています。この実証は、産総研に「HISCL」を設置し、産総研が中心となって行いました。実際の血液サンプルを使って、精度よく検査結果が出るかを確かめなければなりませんが、ここで苦労したのがしっかりした検体の確保です。その血液がどのような状態(肝線維化のレベル)にあるのかがはっきりとわかるものを数多く集めなければ、検査結果を検証できません。これについては、肝炎研究で著名な溝上雅史先生(現国立国際医療研究センター肝炎・免疫研究センター長)や厚生労働省の肝炎研究班の協力のもとに約6000検体を集め、検証を行いました。その結果、生体組織診断の結果と良い相関関係を示し、慢性肝炎の初期(F0)から肝硬変(F4)まで至る肝炎の各ステージ間でも連続的に肝線維化状態を示すことができました〈図3〉。臨床的に非常に良い結果を得ることができ、医師や大学の先生からも高い評価を得ています。

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図3 肝臓の線維化ステージと測定結果(C.O.I)との関係(提供:シスメックス株式会社)

このように実用化された肝線維化糖鎖マーカーですが、シスメックス社では「HISCL M2BPGi」試薬の製品化に必要となる開発を並行して行っています。例えば、試薬は装置に投入するために液体状で保持しなければならず、また、保存有効期間の12ヶ月間は品質が安定していなければなりません。ロットごとのばらつきのない安定した製品をスムーズに生産するための生産技術なども必要になってきます。また、「誰が測っても正しい結果が得られる」ものでなくてはならないのはもちろんのこと、少し知識のある人であれば「誰でも使える」ものでなくてはなりません。このような製品化に向けた開発を行った結果、「HISCL M2BPGi」試薬は製品として世に出ました。

糖鎖によるバイオマーカーの大きな可能性

2013年12月に医薬品製造販売承認を取得して製品化された「HISCL M2BPGi」試薬は、2014年3月から販売が開始され、2015年1月に保険適用となりました。
「HISCL M2BPGi」試薬はこの保険適用により、年間数億円の市場規模となると予想されています。シスメックス社では、並行して、国内関連学会を中心として50カ所以上での自社セミナー・講演活動を行い、また、検査装置を搭載した「HISCLカー」による全国各地の現場での実演を行うことで、臨床医、検査技術者への普及活動を実施し、医療機関、検査センターを中心に国内市場での導入を進めていこうと考えています。

今後の展開について高浜さんは次のように語っています。
「当社は、海外190カ国以上に輸出しており、売上の約80%が海外市場というグローバル企業です。画期的な肝線維化糖鎖マーカーは、国内での高い評価をベースに、今後、海外へも販路を広げて、肝疾患が多い中国をはじめアジア諸国、米国、欧州にも導入していきたいと考えています。海外展開を考えた場合、NEDOプロジェクトのような国家プロジェクトに参加して開発を行ったことは、大きなアピールポイントになりますので、プロジェクトに参加させていただいたメリットは非常に大きいと感じています」。

糖鎖の機能活用技術開発から肝線維化糖鎖マーカーという製品が生まれたことで、今後は糖鎖機能活用の技術開発に拍車がかかって来ると思われます。今後の新たな糖鎖マーカーの可能性について、成松さんは次のように語っています。
「糖鎖によるバイオマーカーは、慢性の変性疾患のほとんどに利用できると思います。ただ、血液を使うのが最適かどうかはわかりません。基本的な考え方は、構造変化した糖鎖分子が最も濃縮された体液を使うということです。唾液の場合もあるでしょうし、尿の場合もあるでしょう。どれが最適かを研究していけば、糖鎖によるバイオマーカーの可能性は大いに広がっていくと思います。すでに、胆管がんに対して胆汁内の糖鎖マーカーを測定して診断する技術開発を行い、論文発表を行っています。糖鎖研究に関して、NEDOは先見の明があり、日本はこれまで最も進んでいましたが、ここにきてアジアやアメリカに追いつかれつつあります。各国ともに大きな予算を掛けて技術開発を行ってきています。これまでの技術優位性を生かし、さらに糖鎖研究を進めていきたいと考えています」。(2015年2月 取材)

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すでに全国を3周以上しているというHISCLカー。全自動免疫測定装置HISCLを荷台に設置し、全国各地の医療機関等に出向いて実際に測定を行うことで、検査担当者に実体験してもらっている。(提供:シスメックス株式会社)

開発者の横顔


最先端の糖鎖研究の成果を実用化に結びつける

糖鎖研究の第一線を走り続ける

成松さんは、産総研のスタートする以前の工業技術院時代から約15年間、糖鎖研究の草創期から研究開発に携わってきました。構造が複雑でその合成系も複雑な糖鎖は、当時は手掛ける者のない未開の荒野。その、「誰もやらないところ」に魅力を見い出して、常に糖鎖研究の第一線を走り続けてきました。

「糖鎖研究に関しては、まず解析技術ありきということで、そこからスタートしました。まだ海外でも研究が進んでいない分野でしたので、日本発信の研究成果を世界に示すことができるというところに大いにやりがいを感じました。我々がこれまでに推進してきた4つのNEDO糖鎖関連プロジェクトで積み重ねてきた研究開発が、肝線維化糖鎖マーカーのような成果を生み出したのだと思います。慢性肝炎は、アジアに非常に多い病気です。この成果が、少しでもアジア各国の慢性肝炎に苦しむ人のためになればうれしいですね」。

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産業技術総合研究所創薬基盤研究部門
糖鎖技術研究グループ・招聘研究員
成松久さん

糖鎖研究の成果の実用化を推進

糖鎖研究を実用化段階に進めるために、産総研の久野さんは、医工連携推のキープレーヤーとして、研究成果の発信と実用化のための橋渡しを推進してきました。

「糖鎖に関する技術開発は、医薬関係の方にとっても判りづらく応用が難しいところがあるようで、我々の提案に対して多くのメーカーが消極的な対応でした。しかし、今回の肝線維化糖鎖マーカーの場合、シスメックス社は検査用装置・試薬開発に長い技術蓄積があることから、直ぐに対応し、かなり早い段階で実用化に目処を立ててくれました。今後も、実用化を念頭に置いた研究開発を進め、糖鎖利用の応用範囲を広げていきたいと考えています」。

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産業技術総合研究所創薬基盤研究部門
糖鎖技術研究グループ・上級主任研究員
久野敦さん

日本発の画期的な製品を世界へ・・・

シスメックス社は、世界190カ国以上に販路を広げる臨床検査装置・試薬メーカーで、高浜さんは免疫・生化学系製品の開発責任者です。同社では以前からウイルス性肝炎の感染症マーカーなどの試薬の販売を行っており、肝臓に関するバイオマーカーの開発に積極的に取り組んできました。

「NEDOプロジェクトの公募を知った際、肝臓関係の事業で新しい展開を考えていた当社では、喜んで応募させていただきました。レクチン系の試薬は扱うのが初めてでしたので開発に苦労した部分もありましたが、世界初の肝線維化糖鎖マーカーを実用化・製品化できました。この製品は、2015年1月に保険適用となり、今後日本だけでなくアジアをはじめとした海外へも販路が広がっていくものと期待しています。また製品化の実現に関しては、成松先生のリーダーシップに加え溝上先生をはじめとした臨床医の先生方のご協力があったからこそ早期実現できたと思っております」。

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シスメックス株式会社ICHビジネスユニット
免疫・生化学プロダクトエンジニアリング本部長
高浜洋一さん

なるほど基礎知識


慢性肝炎に関する基礎知識

肝炎は、その字の通り肝臓に炎症が起こる疾病で、これによって肝細胞が壊されていきます。肝炎発症の原因は、ウイルス感染、過度のアルコール等の摂取、自己免疫性等があります。肝炎ウイルスには多数の型がありますが、日本ではB型肝炎ウイルス・C型肝炎ウイルスによる感染が多く、肝炎患者の多くを占めます。また、肝炎ウイルス感染者の約3分の2が自覚症状のないキャリアであるとされています。

慢性肝炎とは、肝炎に罹患後6カ月以上その状態が続いた場合のことをいいます。急性肝炎で黄疸や倦怠感などの症状が出る場合と違い、慢性肝炎の場合はあまり顕著な症状が出ません。日本における慢性肝炎の原因の多くは、B型およびC型肝炎ウイルスの感染によるものとされており、B型肝炎ウイルス感染者の10〜20%、C型肝炎ウイルス感染者の60〜70%が慢性肝炎に移行するといわれています。
慢性肝炎は、放置すると一部は肝線維化が進んで肝硬変へと移行していく可能性があります。肝硬変になると、肝臓がんになる確率が大きくなります。病気の進行は肝線維化の度合いによって、線維化なしのF0から肝硬変のF4までの5段階に分けられています〈図4〉。

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図4「C型肝炎の自然経過」(提供:シスメックス株式会社)

NEDOの役割

「1990年代初めからスタートした糖鎖研究に関するNEDOプロジェクト」

このプロジェクトがはじまったのは?

NEDOは、経済産業省の政策の下、少子高齢化問題の課題解決やQOL(生活の質)向上のため、医療や診断技術等のライフサイエンス分野の技術開発を進めてきました。その中で、生体内のタンパク質と結合し重要な機能を果たす「糖鎖」にいち早く着目し、創薬・診断技術の向上やシーズ探索を目的として、1990年代初めから「糖鎖」に関するプロジェクトに着手しました。

プロジェクトのねらいは?

NEDOは1991年に、生体内の基本構造物質でありタンパク質や脂質のみでは実現できない物質認識等の主要な機能を有する複合糖質(糖鎖とタンパク質等が結合した物質)を生産利用するための基盤技術開発を目的として「複合糖質生産利用技術」を開始し、10年間実施しました。それを進めて、高度な機能を持った複雑な糖鎖を効率的に合成する技術を開発し、糖鎖の分子密度、配向性等を制御した機能性複合材料を創製する基盤技術の開発を目的に、「機能性糖鎖複合材料創製技術開発」を1999年度から5年間実施しました。

さらに糖鎖研究の基礎を強固にして将来の一層の成長を期するため、糖鎖の合成に必要なヒト糖鎖合成関連遺伝子を網羅的にクローニングするとともに機能解析を行ってデータベースを構築する「糖鎖合成関連遺伝子ライブラリーの構築」を2000年度に着手し、2003年度まで実施しました。このプロジェクトの推進のため、産総研に糖鎖医工学研究センター(現・糖鎖創薬技術研究センター)が設立され、数多くの糖鎖関連遺伝子をライブラリー化しました。この3年間に世界中で報告された新規糖鎖関連遺伝子の3分の2は、このプロジェクトで発見・開発されたものです。

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研究室に設置された質量分析装置とその鋭感部。質量分析装置を活用した糖鎖構造解析によって、いくつもの画期的な技術が生み出されている。

2002年度に着手し2005年度まで実施した「糖鎖構造解析技術開発」では、糖鎖構造解析の基盤技術を開発しました。なかでも質量分析装置による糖鎖構造解析でユニークな技術を開発し、それを進化させた世界一の感度を誇る糖鎖構造プロファイリング技術は、解析装置として輸出されています。

それまでの糖鎖研究開発プロジェクトの集大成として2006年度〜2010年度に実施した「糖鎖機能活用技術開発」は、生体サンプルから実際に機能を担う糖鎖や糖タンパク質の機能を解析し、産業応用へつなげるため、それまでのプロジェクトで構築した技術やリソースを活用、機能解析を進めるとともに、特異的糖鎖認識プローブの製法等の開発により、糖鎖機能の活用を加速し、また、ヒト型糖鎖の大量合成法を開発し、産業上有用な新規糖鎖材料開発を行いました。

NEDOの役割は?

「HISCL M2BPGi」は、世界最先端の研究開発を実施し、産業の基盤を構築して、産学官の連携によって実用化・事業化を促進していくという、NEDOプロジェクトの特徴が発揮された例です。これを実用化できたのは、1990年代初めから世界に先駆けて糖鎖研究をスタートし、これまでに日本が蓄積してきた糖鎖技術の基盤があったからこそです。

関連プロジェクト


    • 「複合糖質生産利用技術」(1991年度~2000年度)
    • 「機能性糖鎖複合材料創製技術開発」(1999年度~2003年度)
    • 「糖鎖合成関連遺伝子ライブラリーの構築」(2000年度(補正)〜2003年度)
    • 「糖鎖構造解析技術開発」(2002年度(補正)〜2005年度)
    • 「糖鎖機能活用技術開発」(2006年度〜2010年度)

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