身近な生活で活躍中 カーボンナノチューブキャパシタ開発プロジェクト

驚異の新素材、単層カーボンナノチューブ
世界初の量産工場が稼働

日本ゼオン株式会社、国立研究開発法人産業技術総合研究所

取材:January, February 2016

開発への道

極めて優れた新素材
量産化が課題

図1 単層カーボンナノチューブの分子構造(提供:産総研)

 カーボンナノチューブは日本で初めて発見された新素材です。1991年に飯島澄男さんが構造を解明しました。カーボンナノチューブはその名の通り、炭素原子同士が蜂の巣状に結合し、チューブ(筒)状になった構造をしています。直径は数ナノメートル(ナノは10億分の1)で、複数層のものを「多層カーボンナノチューブ」、1層のものを「単層カーボンナノチューブ」と呼んでいます〈図1〉。

 なかでも単層カーボンナノチューブは、多層カーボンナノチューブに比べて、極めて高い性能を示しており、軽量でありながら、強度は鋼の20倍、熱伝導性は銅の10倍、電気伝導性は銅の1000倍と、極めて優れた素材としての注目を集めています。

 この素材の活用に向け、世界各国で、その生産技術の研究開発が進められていましたが、なかなか量産化には至りませんでした。

図2 NEDOの「カーボンナノチューブキャパシタ開発プロジェクト」で開発されたスーパーキャパシタ

 このようななか実施されたのが、2006〜2010年度のNEDO「カーボンナノチューブキャパシタ開発プロジェクト」です。キャパシタとは電気を放出したり蓄えたりする、電子機器には欠かせない部品。カーボンナノチューブは高性能なキャパシタ開発を可能にします。さらに低炭素社会の実現に向け、複合部材製品の創出をはじめ、新材料として高いエネルギー利用効率・省エネルギー効果が期待されることから、国の大きな期待もかかっています。

 このNEDOプロジェクトの下、日本ゼオンと産総研が共同で、単層カーボンナノチューブの生産技術の確立に取り組みました。

約1000倍の生産効率、99.98%の高純度という
画期的な合成法

 ここで確立に取り組んだ単層カーボンナノチューブの生産技術は、2002〜2005年度に実施されたNEDOの「ナノカーボン応用製品創製プロジェクト」の成果が基になっています。その成果とは、産総研の畠賢治さんが2004年に開発した、単層カーボンナノチューブの画期的な合成法「スーパーグロース法(SG法)」という基盤技術です〈図3〉。

図3 スーパーグロース法のイメージ(提供:日本ゼオン)

 SG法は「化学気相成長(CVD)法」と呼ばれる合成法の一種で、最大の特徴は、単層カーボンナノチューブの生産効率と純度の高さにあります。従来の単層カーボンナノチューブの合成法に比べて、約1000倍の生産効率、99.98%の高純度で合成されます。そのため高速に大量合成することが可能で、1000分の1以下の生産コストを実現しているのです。こうした技術は他に例がなく、世界中の研究者が強い関心を寄せています。

 「ナノカーボン応用製品創製プロジェクト」への畠さんの参画の経緯を、産総研の湯村守雄さんはこう説明します。
「私は当時、産総研でカーボンナノチューブの合成法を研究しており、カーボンナノチューブの発見者である飯島澄男さんを産総研に招へいしました。飯島さんをプロジェクトリーダーとして、このNEDOプロジェクトが始まりました。その矢先、アメリカで、CVD法によりカーボンナノチューブを合成する技術を学んできた畠さんが帰国したというので、NEDOプロジェクトのメンバーの一員として参画するようにお願いしたのです」

 畠さんは留学先のハーバード大学で、カーボンナノチューブの合成法の一種であるCVD法を勉強していました。「しかしCVD法は合成収率が非常に低く、実用化には程遠いレベルでした。そこで、NEDOプロジェクトで、CVD法の合成収率の向上に取り組むことにしたのです」と畠さん。

 収率とは、ある化学プロセスにおいて理論上得られるはずの物質量に対する実際に得られた物質量の割合のことです。一般にこれが高いほど、そのプロセスが優秀で実用化に向くことを意味します。

 「触媒を失活すると考えられていた、触媒を覆う炭素の殻を除去するために、ごく微量の水分を合成雰囲気に添加しました。その結果は予想を超える驚くべきものでした。これまでの製法に⽐べて、合成収率は約1000倍に達したのです。収率が2倍になれば、大成功と思っていたので、ここまで効果があるとは想像もしていませんでした」と畠さんは振り返ります。

図4 量産化を目指し日本ゼオンを訪れたときのことを語る湯村さん(左)と畠さん(右)

 2004年2月に畠さんは、この製法をSG法と名付け、同年8月にフラーレン・ナノチューブ・グラフェン学会で発表。さらに同年11月にはサイエンス誌に掲載され、国内外で大きな反響を呼びました。

 これが、SG法を用いた生産技術を確立し、量産化を目指す2006〜2010年度の「カーボンナノチューブキャパシタ開発プロジェクト」のベースとなりました。

間を引き裂かれた恋人と
ようやく再会した思い

 量産化を目指すには、企業との連携が欠かせません。そこで、湯村さんがパートナーとして白羽の矢を立てたのが、日本ゼオンでした。日本ゼオンにとって、カーボンナノチューブはこれまでまったく扱ったことがない材料です。それにもかかわらず、湯村さんはなぜ、日本ゼオンを選んだのでしょうか。

 湯村さんはこう振り返ります。
「1998年、私は、NEDO『炭素系高機能材料技術の研究開発』のカーボンナノチューブの担当リーダーを務めていました。日本として、何とか生産技術を確立したいと考え、過去の研究論文や出願特許を調査していました。そのとき、荒川公平さんという人が非常に先駆的な研究をされていることを知り、お話を聞きたいと考えていました」

 荒川さんは、1983年に「気相流動法」と呼ばれる多層カーボンナノチューブの連続製法を発明し、多くの特許を取得していました。「発明当時、カーボンナノチューブがもつポテンシャルの高さに魅了されたのを、今でも鮮明に覚えています」と荒川さんは語ります。

 しかし、用途開発について荒川さんは当時いた会社と方針が合わずに転職、カーボンナノチューブとは別の分野の研究をすることになりました。その後、荒川さんは再度転職し、日本ゼオンで液晶ディスプレー用の光学フィルムの開発に携わることになります。しかし荒川さんにはカーボンナノチューブに強い未練があり、ずっと忘れることができなかったと言います。

 「2005年5月に日本ゼオンで湯村さんにお会いし、カーボンナノチューブにかかわるNEDOプロジェクトへの参画のお誘いをいただいたときは、昔、引き裂かれた恋人との再会を果たした思いがしました」と荒川さん。

 そして、「今度こそカーボンナノチューブを量産化し、応用製品を世に送り出したい」と、荒川さんは20年以上前に抱いていた熱い思いを呼び覚ましたのです。

立ちはだかる壁
あるニュースから会社が量産化に二の足

 カーボンナノチューブの生産技術の開発は、日本ゼオンにとってはまったくの新規事業です。しかし、日本ゼオンの社長は産総研の技術を信頼し、NEDOプロジェクトへの参画を快諾してくれました。

 ところが、安堵したのも束の間。「アスベストショック」が荒川さんを襲います。これは、機械メーカーの兵庫県尼崎市にある旧工場で、周辺住民の多くに中皮腫などの健康被害が発生した事件です。2005年6月には、その原因としてアスベストの有害性が大きくクローズアップされることとなりました。それにともない、同じ繊維状の無機物ということから、カーボンナノチューブの身体への影響が危惧されるようになってしまいます。

 「社長からは、『当社として、カーボンナノチューブの量産化に関与することはできないだろう』と告げられました。しかし、私も湯村さんもどうしてもあきらめることができませんでした」と荒川さん。

 そこで、畠さんが研究開発を進めていた産総研のクリーンルームの空調機に装備されているヘパフィルターと呼ばれるエアフィルターに、カーボンナノチューブが含まれていないかどうかを調査するため、畠さんの研究チームは、電子顕微鏡を使って丹念に調べ上げました。その結果、ヘパフィルターには1本のカーボンナノチューブも含まれていないことを確認したのです。

 その調査結果を基に、荒川さんは役員会議でNEDOプロジェクトへの参画を強く要望。納得した社長から「量産化は別にして、研究開発であればやってもよし」という方針を引き出したことで、2006年夏、「カーボンナノチューブキャパシタ開発プロジェクト」に参画することができました。

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