身近な生活で活躍中 カーボンナノチューブキャパシタ開発プロジェクト

驚異の新素材、単層カーボンナノチューブ
世界初の量産工場が稼働

日本ゼオン株式会社、国立研究開発法人産業技術総合研究所

取材:January, February 2016

プロジェクトの突破口

産総研に送り込まれた
成否を分ける技術をもった人材

 日本ゼオンは産総研との共同研究開発を進めるに当たり、つくばにある産総研の研究所に2人の社員を常駐させることになりました。

 しかし、日本ゼオンにはカーボンナノチューブの研究開発に携わった経験のある社員は1人もいません。また、日本ゼオンにとっては、荒川さんの強い意向で許可したプロジェクトです。荒川さんは自分の直属の部下から人選する以外ありませんでした。

 「産総研にはカーボンナノチューブの専門家がたくさんいます。それに対し、私が送り込んだ部下が常に産総研の指示に従って行動しているようでは、足手まといになるだけ。それは絶対に避けたいと思いました。そこで、産総研に不足している人材を調査したところ、2点あると見えたのです。それは、ガスの熱流体シミュレーションが行える人材と、最適な触媒を開発できる人材です。そこで、熱流体シミュレーションのプロと触媒のプロの2人の部下を産総研に送り込むことにしました」と荒川さんは語ります。

 この読みの背景にあったのが、事業化に至るまでのビジョンです。荒川さんと畠さんは、単層カーボンナノチューブを量産化するには、基板の“大面積化”と、合成装置の“連続運転”の2つがカギを握ると考えていました。

 SG法では、基板の表面に触媒となる鉄の超微粒子をまんべんなく均一に付けた状態で、800°Cという高温の電気炉の中に入れます。そのうえで、電気炉の中にカーボンナノチューブの原料となるエチレンガスと鉄の触媒機能を助ける極微量の水蒸気を流し込みます。

 このとき、電気炉の中のエチレンガスや水蒸気などの濃度を均一にする必要があります。そのためには、電気炉の中のガスの気流を制御することが不可欠です。実現するには、熱流体シミュレーションを扱える人材が必要です。

 また、従来SG法では、基板の表面に鉄の超微粒子を「スパッタリング」と呼ばれる堆積法で付けていました。しかし、スパッタリングでは真空装置が必要なため、生産性が低く、高コストで量産化には向きません。

 そこですでに畠さんが考えていたのが、ウェットコーティングでした。これは溶媒に触媒となる鉄の化合物を溶かし、それを基板の表面に塗布し、さらに乾燥させることで、鉄の超微粒子をコーティングするという方法です。そして、そのためには、大面積の基板に最適な大きさの触媒をまんべんなく均一に形成できる技術に精通した人材が必要だと読んだのです。

 この2つの課題に挑戦できる人材として、荒川さんが選び出したのが、渋谷明慶さんと高井広和さんでした。

 「渋谷くんは流体シミュレーションのプロで、当初、ワイヤグリッド偏光板(WGP)と呼ばれる部材の研究開発で、高い成果を出していました。しかし偏光板よりもカーボンナノチューブの方が、将来性が高いと考え、WGPの研究開発を無理矢理中断させ、産総研に行ってもらうことにしました」と荒川さん。

 一方、高井さんは化学が専門です。当時、従事していた光学フィルムの研究開発では塗布型のものも開発していたので、その経験も生かせるだろうと考えました。

 荒川さんの目論見は見事に的中しました。渋谷さんと高井さんは、プロジェクト開始直後から大きな成果を出し始めたのです。

基板を大面積化、さらに
生産コストを1000分の1に

 まず、量産化するためには、当初4cm角だった基板を大面積化していく必要がありました。そこで渋谷さんは、A4サイズの基板を投入できる電気炉を設計しました。

 当初、SG法では、電気炉の内部をクリーンにするためにヘリウムガスを使っていました。しかし、量産化には低コスト化が不可欠です。そのためには、ヘリウムガスからより安価な窒素ガスに切り替える必要がありました。とはいえ、ヘリウムガスと窒素ガスでは粘度が異なるため、電気炉に入れた際にガスの流れ方がかなり異なってきます。そこで、渋谷さんは熱流体シミュレーションを駆使し、電気炉の内部にガスを均一に流すための最適な条件を割り出しました。

 一方、高井さんは、A4サイズの基板に触媒を付けるため、溶媒の配合や塗布の仕方を検討し、試行錯誤を重ねます。その結果、2人は、A4サイズの基板に単層カーボンナノチューブを結晶成長させることに見事成功しました。

 続いて、連続運転のプロセス設計に取り組みました。

 連続運転では、まず鉄の超微粒子を均一に付けた基板を、電気炉の中にベルトコンベアで挿入します。しかし、鉄の超微粒子は空気中の酸素とすぐに反応してしまいます。そこで、水素ガスを電気炉の中に投入し、鉄を還元します。そのため、電気炉の内部の温度を約800°Cという高温にしています。次に、エチレンガス、水蒸気を投入します。すると、基板上に単層カーボンナノチューブが成長し始めます。最後に、電気炉から出てきた基板上の単層カーボンナノチューブを回収します。加えて、連続運転をするため、単層カーボンナノチューブを回収したあとの基板は触媒をきれいに除去し、再利用します。

 「使うガスは、窒素、エチレン、水蒸気、水素と4種類に及びます。それらの気流を最適に制御するためには、やはり熱流体シミュレーションが不可欠でした」と渋谷さん。

 800°Cの水素ガスは、外に漏れたら爆発してしまいます。連続運転が可能な電気炉を設計するうえで最も配慮したことは、水素ガスを電気炉の中に確実に閉じ込めるということでした。

 「水素が絶対に電気炉から漏れないようにしながら、連続的に基板が電気炉の中に入っていくように設計するのが大変でした」と渋谷さんは振り返ります。

図5 9cm角の単層カーボンナノチューブ

 加えて、電気炉は金属製を採用したことから、800°Cの高温になると金属の中に炭素原子が入り込む「浸炭」と呼ばれる現象が発生し、金属が大きく膨張することが判明しました。そのため、浸炭を考慮した設計を行う必要性も出てきました。

 「製造を依頼した装置メーカーの方とは、約1年かけて、10回以上試行錯誤を繰り返しました。最初は、『こんな装置は作ったことがないので作れない』と言われたものです。しかし畠さんが粘り強くメーカーを説得してくれて、ようやく完成させることができました」(渋谷さん)。こうして2007年、9cm角の基板を使った連続運転が可能な電気炉の完成に成功しました〈図5〉。

 「連続運転が可能であると確認できたことにより、生産コストを従来の約1000分の1にできることもわかりました。プロジェクト期間中にこの装置開発まで達成できたことは、計画変更と加速資金が認められたことも非常に大きかったですね。その結果、自信をもって量産化を推し進めることができました」。畠さんはこう語ります。

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