身近な生活で活躍中 カーボンナノチューブキャパシタ開発プロジェクト

驚異の新素材、単層カーボンナノチューブ
世界初の量産工場が稼働

日本ゼオン株式会社、国立研究開発法人産業技術総合研究所

取材:January, February 2016

開発のいま、そして未来

量産化技術確立のため
さらに人材を投入

図6 ついに50cm角までの大面積化に成功した単層カーボンナノチューブ

 2009年に日本ゼオンと産総研は、つくばイノベーションアリーナナノテクノロジー(TIA-nano)事業の1つとして経済産業省の補助を受け、つくばの産総研で量産実証プラントの開発に着手しました。

 並行して2010年5月には、複数の企業を中心に、単層カーボンナノチューブなどのナノ炭素材料の実用化を目指して「技術研究組合単層CNT融合新材料研究開発機構(TASC)」が発足。日本ゼオンと産総研はその組合員としてオープンイノベーションによる単層カーボンナノチューブの実用化のための基盤技術の開発を進めました。

 そのために2009年に新たに加わったのが、現在、日本ゼオン総合開発センターCNT研究所で所長を務める上島貢さんと、チームリーダーを務める廣田光仁さんです。上島さんは、量産実証プラント全体のマネジメントを担当、一方、廣田さんは高井さんとともに、基板のさらなる大面積化に取り組みました。量産実証プラントでは、50cm角という大きさの基板を用いることになったのです〈図6〉。

 しかし、大面積化すると単層カーボンナノチューブの品質がどうしても低下してしまいます。

 ウェットコーティングでは、溶媒が乾燥していく過程で、鉄のイオンが徐々に凝集していき、微粒子を形成しています。しかし凝集した微粒子が大きすぎると、単層カーボンナノチューブにならず、多層カーボンナノチューブになってしまいます。そのため、純度が高く、高品質の単層カーボンナノチューブを作るには、粒径の揃った鉄の超微粒子を基板の表面に均一に形成することが重要です。基板の面積が大きくなればなるほど、その難易度は高まります。

 加えて、事業化のためには、従来使っていたシリコンの基板を、より安価な金属基板に切り替える必要もありました。基板が変われば、溶媒の配合や塗布の仕方も変わってきます。そのため、高井さんは試行錯誤を重ねながら、完成度を高めていきました。一方、廣田さんは、基板の再利用のための技術開発に取り組みました。

図7 従来の合成法との比較
従来のプロセスでは基板にシリコン、触媒形成方法としてスパッタリングが用いられた。それに比べニッケル合金基板、ウェットコーティングはコストが小さく、さらに回収後の基板は再利用することにした(提供:日本ゼオン)

実証プラントの成果を手に
いよいよ量産工場の建設へ

 さらに、日本ゼオンと産総研は、2011年に完成した量産実証プラントで製造したカーボンナノチューブをサンプルとして企業に提供する一方、NEDO「低炭素社会を実現するナノ炭素材料実用化プロジェクト」で応用材料の開発を進めることにも取り組みました。

 そのなかで、上島さんは、応用材料の研究機関や企業と産総研との間に入り、研究機関や企業の要望を産総研に伝える役割を担ったほか、プロジェクトで試作した複合材料の評価技術の開発を担当しました。

 「例えば、単層カーボンナノチューブを1%混ぜるだけで、鉄よりも熱伝導性が高いゴムが得られたり、0.01%混ぜるだけで、非常に高い電気伝導性を示すゴムが得られたりしました。アルミニウムに混ぜたときには、通常のアルミニウムの約3倍の熱伝導性を確認することができました。このように、たくさんの成果が次々に上がってくるようになったのです」と荒川さんは語ります。

図8 当プロジェクトの成果
左)実証プラントで大量合成できるようになったスーパーグロース法単層カーボンナノチューブ
右)アルミとカーボンナノチューブの複合材。高い熱伝導率、高い放熱特性をもつ(提供:産総研)

図9 日本ゼオンの徳山工場
高い塔は合成ゴムなどに用いるブタジエンを抽出する施設(提供:日本ゼオン)

 そうなると、技術研究組合に参画している企業からは、「日本ゼオンさん、量産化して供給してくれるのでしょうね」と念を押されるようになっていきました。こうした声に応え、2014年、荒川さんは日本ゼオンの取締役会議で、量産工場の設置を提案しました。それが認められ、日本ゼオンは、山口県にある同社の徳山工場の敷地内に量産工場を建設することになりました。

 徳山工場は隣接する別の会社から、エチレンガスと水素ガスをパイプラインで導入できるという恵まれた立地条件にあります。輸送コストが低く抑えられることも、生産コストの低減に貢献しています〈図10〉。

図10 港から通じる高圧ガスのパイプライン
輸送コストが低減できる(提供:日本ゼオン)

 量産工場の建設に当たり、最も苦労したのが安全性の議論でした。

 「『ナノ粒子特性評価手法の研究開発』プロジェクトから、安全性に関しては細心の注意を払ってきました。安全性については、産総研のフェローで環境リスク学を専門とする中西準子さんが、『カーボンナノチューブが、1m3当たり0.03mg以下の濃度であれば、人体に影響はない』ということを早い段階から示してくれたことが非常に大きかった。そのおかげで、自信をもって量産工場の建設に着手することができました。これもNEDOプロジェクトならではのメリットです」と荒川さんは語ります。

図11 安全な生産のための手引き
引き続き2010年から始まったNEDOプロジェクトで作成された「安全性データおよびTASC自主安全管理の紹介」など(提供:産総研)

 2010年から現在に至る「低炭素社会を実現するナノ炭素材料実用化プロジェクト」でも、引き続き安全管理技術の確立に取り組み、「安全性試験手順書」や「作業環境計測手引き」、具体的なナノ材料に適用した安全性管理に関する事例集「ケーススタディ報告書」を公開しています〈図11〉。これらの報告書は、工場立地にかかわる自治体の環境審議会に参考資料として提出され、認可に貢献しました。

図12 徳山新工場の前でNEDOプロジェクトを振り返る荒川さん

 そして、2015年11月、日本ゼオンは世界で初めてSG法で得られる高品位な単層カーボンナノチューブの量産工場を完成させました。ついに量産化を開始したのです。

 「量産工場では、工場内の気圧を外の気圧に比べて少し低く抑えているほか、生産ライン全体をクリーンルームにし、クリーンルーム内の塵の全量を1m3当たり0.03mg以下に保つことで、基準値を十分に満たすことに努めています。これは中西先生の基準です。
また、近隣住民の皆様にご説明するためのセミナーも開催し、単層カーボンナノチューブに関する安全性の考え方について、説明のみならず質疑等も通じて精一杯お話しさせていただきました。こうして、地域の皆様にもご理解いただいたうえで、工場の竣工と稼働を進めることができたと考えています。また、時代の最先端をいく新材料の生産拠点が徳山にできたということで、応援の声もいただくことができました」と荒川さん。

 NEDOプロジェクトを振り返り、SG法の生みの親である畠さんも最後にこう語ってくれました。「目指すのは近い将来、私たちが開発したこの単層カーボンナノチューブが非常に身近なものになっていること。よく周囲に言うのが、私の母も単層カーボンナノチューブ製品を普通に使っているような世界です。その思いは荒川さんも一緒です。思いが一緒だったことが、NEDOプロジェクトにおける一番の成功要因ではないかと考えています。といっても単層カーボンナノチューブの事業としては、ようやくスタート地点に立った段階です。今後は単層カーボンナノチューブの普及と市場の創造に向け、さらに研究開発に尽力していきます」

開発者の横顔

カーボンナノチューブのポテンシャルの高さに魅せられた

日本ゼオン株式会社 特別経営技監/
ゼオンナノテクノロジー株式会社
代表取締役社長
荒川公平さん

 1983年、「気相流動法」と呼ばれる多層カーボンナノチューブの連続製法を発明した荒川さん。そのとき、カーボンナノチューブのポテンシャルの高さに魅了されたものの、会社と方針が合わず、以来カーボンナノチューブとは無縁の研究者生活を送っていました。しかし、NEDOプロジェクトへの参画を機に、長年の夢を果たすことになります。現在は単層カーボンナノチューブなどを扱うゼオンナノテクノロジー株式会社の代表取締役社長を務めます。
 「いくら素晴らしい研究ができたとしても、企業としては、実用化が果たせなければ意味がありません。その点、産総研の畠さんとは最初から思いが一緒でしたので、量産工場の竣工までたどり着くことができたと思っています。また、NEDOの方々が高く評価し、適切なタイミングで資金を援助してくださったことも非常に大きい。とはいえ、量産工場の稼働開始はマラソンで言えばスタート地点に立ったばかり。今後は、事業を1日も早く軌道に乗せると同時に、カーボンナノチューブを通して豊かで幸せな社会の実現を目指していきたいですね」

カーボンナノチューブの研究開発歴25年のベテラン

国立研究開発法人産業技術総合研究所
ナノチューブ実用化研究センター 首席研究員/
技術研究組合単層CNT融合新材料研究開発機構 CNT事業本部長
湯村守雄さん

 1990年頃からカーボンナノチューブの研究開発に携わっていた湯村さん。1991年に世界で初めてカーボンナノチューブを発見した飯島澄男さんを産総研に招へいし、さらに日本ゼオンの荒川さんをNEDOプロジェクトに参画させたキーパーソン。2010年度からの「低炭素社会を実現するナノ炭素材料実用化プロジェクト」のプロジェクトリーダーです。
 「単層カーボンナノチューブが日本で発見されてから25年間。NEDOプロジェクトが開始してから19年間。ようやく、カーボンナノチューブの量産化と実用化が見えてきました。一連のNEDOプロジェクトがなければ、目標の達成は難しかったでしょう。とはいえ、研究開発の手を緩めたら、とたんに世界に追いつかれてしまいますので、油断は大敵です。日本ゼオンの量産工場が軌道に乗ったら、私は次世代にバトンタッチしようと思っていますが、NEDOプロジェクトを通して、充実した研究生活を送ることができたことに感謝しています」

スーパーグロース法(SG法)の開発者

国立研究開発法人産業技術総合研究所
ナノチューブ実用化研究センター センター長
畠賢治さん

 物理工学が専門の畠さん。留学先のハーバード大学で、CVD法によるカーボンナノチューブの合成法を勉強したのをきっかけに、SG法の開発を思いつきました。
 「3回にわたるNEDOプロジェクトでは、思う存分に研究をさせていただきました。そのおかげで、単層カーボンナノチューブの量産工場の稼働にまで発展させることができたと思っています。2004年にSG法を編み出したときは、まだ5mm角の非常に小さな基板でした。そのとき、当初計画よりも進捗が順調と認められ、世界の強豪から一層リードするために、NEDOが柔軟な計画変更と加速資金追加のマネジメントをしたことが、非常に大きかったですね。1日も早く、我々が開発した単層カーボンナノチューブが身近な存在になっている社会を実現させたいですね」

熱流体シミュレーションで装置の大型化に貢献

日本ゼオン株式会社
総合開発センターCNT研究所
渋谷明慶さん

 コンピューターによる熱流体シミュレーションを通して、装置の大型化に寄与してきた渋谷さん。NEDOプロジェクトに参画する前は実際の装置開発をしたことがなく、非常に貴重な経験になったといいます。
 「コンピューター・シミュレーションが専門だったため、NEDOプロジェクトで装置の開発に携われたことは、本当に貴重な経験になりました。技術者としての幅を広げることができ、抜擢してくれた荒川さんと、技術を惜しみなく私に伝授してくれた産総研の方々に大変感謝しています。今後はその恩返しとして、SG法を超えるカーボンナノチューブの合成法を開発して、カーボンナノチューブの普及に貢献したいと思っています」

触媒の形成技術で基板の大面積化を実現

日本ゼオン株式会社
総合開発センターCNT研究所
高井広和さん

 基板に触媒をまんべんなく均一に付けるという触媒形成技術で、基板の大面積化に大きな貢献を果たした高井さん。単層カーボンナノチューブの品質を左右する重要なプロセスを担当しました。
 「NEDOプロジェクトでは、約9年間にわたり、朝から晩まで産総研で研究開発に没頭し、本当に充実した日々を送ることができました。30代の時期に、産総研の方々と活発な議論を交わしながら、技術を磨いていけたことは、私の一生の財産です。最初は本当に小さな基板から始まりました。これが徐々に面積を大きくしていく過程は、そのたびに感慨深いものがありました。これも、NEDOプロジェクトならではの醍醐味でしょう。今後も、NEDOプロジェクトでの経験を生かし、社会に役立つ製品の研究開発にまい進していきたいと思います」

量産化に向けて、評価技術の開発や安全性の保証を担当

日本ゼオン株式会社
総合開発センターCNT研究所 所長
上島貢さん

 廣田さんとともに2009年からNEDOプロジェクトに参画し、量産化に向けて、マネジメントを担当した上島さん。研究機関や企業の要望を産総研に伝えたり、できた複合材料の評価技術を開発したりしました。
 「実を言うと、事業化に向けては、まず日本ゼオンの役員や社員にカーボンナノチューブの安全性を理解していただくことが最も大変な仕事でした。2010年からの『低炭素社会を実現するナノ炭素材料実用化プロジェクト』で安全管理の手引きを作成してくれたため、これが社内外の説得に役立ちました。これに合わせて新しい成果も出てきたため、社内の反応も大きく変わり始め、応援モードになっていきました。今後は、是非とも単層カーボンナノチューブの量産工場を軌道に乗せたいと思っています」

量産化に向けて基板の再利用化に尽力

日本ゼオン株式会社
総合開発センター CNT研究所 チームリーダー
廣田光仁さん

 量産実証プラントの開発に当たり、高井さんのサポートとして2009年に上島さんとともにNEDOプロジェクトに参画した廣田さん。大面積化した基板を再利用するため、基板の回収・洗浄装置などの開発を担当しました。
 「日本ゼオンでは、コンピューター・シミュレーションを行っていました。NEDOプロジェクトでは、実証プラントの設計、開発に携わることができ、貴重な経験となりました。最も印象に残っているのが、2011年3月11日の東日本大震災です。私はそのときは産総研にはいなかったのですが、つくばでもさまざまな被害が報告されていました。私は、まっさきに量産実証プラントのことが気になり、問い合わせたところ、まったく問題ないとの回答。図らずも、安全設計が立証された形となりました。今後も、量産工場の安全操業に向け、尽力していきたいと思います」

なるほど基礎知識

応用製品と将来社会

 NEDOでは、単層カーボンナノチューブ等のナノ炭素材料について、多くの企業での実用化研究を加速させるために、「ナノ炭素材料応用製品技術ロードマップ」を作成しました。ナノ炭素材料が将来どのような応用製品で利用されるのか、また、利用されるためにはどのような仕様のナノ炭素材料を開発する必要があるのかを示しています。

図13 2030年の社会におけるナノ炭素材料の波及イメージ(屋外編)

図14 2030年の社会におけるナノ炭素材料の波及イメージ図(屋内編)

NEDOの役割|この成果を生み出した、NEDOプロジェクトについて

「カーボンナノチューブキャパシタ開発プロジェクト」(NEDO内担当部署:材料・ナノテクノロジー部)

 NEDOは1998年から2016年まで、19年間にわたって単層CNT等のナノ炭素材料実用化のためのプロジェクトを実施。新素材の基礎から応用までを複合的に進めるために、世界の情勢や研究開発動向を踏まえ、産学官の多様なプレイヤーの連携を支援するプロジェクトマネジメントを推進しました。

1)柔軟なプロジェクト遂行
 世界をリードするため、当初計画を前倒した予算執行や加速予算追加、新テーマ立案を実施しました。例えば、安全管理技術開発へのニーズの高まりに対応するため、実施内容を拡充。また、CNTの他にも有望とされる新素材「グラフェン」の研究開発を新たに追加し、加速器センサーの製品化にも成功しました。

2)戦略的な知財ルールでサンプル提供と実用化を促進
 産学官の連携拠点でつくり出したサンプルをプロジェクト外部企業に提供するに当たり、プロジェクト外部企業各社の実用化を後押しし、かつ、産学官連携の研究活動も妨げないようなサンプル提供の知財ルールを設計しました。その結果、100件を超えるサンプル提供が行われ、多数の製品化に向けた研究開発の支援につながり、量産化の実現を後押ししました。

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