健康・安心社会を実現 課題解決型福祉用具実用化開発支援事業、イノベーション推進事業/課題解決型実用化開発助成事業(福祉用具)

農作業や介護労働の疲労を軽減する
スマートスーツを開発

株式会社スマートサポート/北海道大学

取材:January, February 2016

開発への道

農作業をサポートできる
補助装具の開発をこころざす

図1 一部に外部動力を用いるプロトタイプ0号(提供:田中孝之准教授)

 近年、農作業の機械化はめざましく、かつて農家が体を酷使して行っていた労働の多くが農業機械にゆだねられるようになっています。しかし、農作業のなかには機械化がむずかしく、いまなお人の手でなければできない作業も少なくありません。

 スイカ、ハクサイといった重量野菜の栽培では、中腰の姿勢を保った作業が続き、そのため多くの農家が慢性的な腰痛に悩まされているといわれています。もしも腰痛が悪化して農作業ができなくなれば、収入の道が絶たれてしまいます。

 同社代表取締役の鈴木善人さんは当時の状況についてこう説明してくれました。 「もともと私は農業コンサルタントで、北海道各地の農家を訪ねては農作業の問題点を聞き、その解決策を提案していました。2004年に浦臼町のメロン農家からは、慢性的に腰を痛めていると相談されたのですが、腰痛治療は専門外だったので、作業用ロボットを研究していた北海道大学大学院情報科学研究科の田中孝之先生に相談することにしたのです」

 田中孝之准教授はロボット工学の研究者で、電気通信大学の助教授時代から運搬を支援する補助装具の開発を進めていました。田中准教授の研究内容を知っていた鈴木さんは、重量野菜の農家の窮状を説明し、2005年6月に田中准教授とともに浦臼町のメロン農家を再訪しました。作業の機械化が困難であることに加えて、長時間の農作業により腰に大きな負担がかかっていることを確かめ、腰の動きをサポートするスーツの開発に取り組むことになったのです。

 田中准教授はまず、DIYショップで購入してきたアメゴムや研究室にあったテスト基板などを利用して、プロトタイプ0号を製作しました。

 「中腰姿勢は腰に負担がかかるため、起き上がるときの背筋の動きをゴムの張力でサポートするようにしました。硬いゴムを使えば、ゴムの張力だけで起き上がりを支援できますが、常に張力がかかっていると腰をかがめるときに大きな負荷になります。そのため、スーツに搭載したセンサーで腰の曲げを感知させ、ウインチに似た装置を駆動、かがむときに負荷にならないようにしました。プロトタイプ0号は、ゴムの張力で農作業をアシストするパッシブな要素と、モーターでゴムの張力を調節するというアクティブな要素を加えた、セミアクティブな補助装具にしたのです」と田中准教授。

 2006年5月には、プロトタイプ0号をメロン農家に使用してもらいました。

 その結果、中腰姿勢のときに腰に加わる負担を軽減できるという反応が得られ、補助装具としての機能を十二分に果たせることが明らかになったのです。この実証試験の結果を受けて、鈴木さんの農業コンサルタント会社は2006年に特許を出願(特許成立は2009年)し北海道大学発のベンチャー企業として、補助装具を実用化するための会社、株式会社スマートサポートを2008年10月に設立しました。

 しかしプロトタイプ0号の実用化には、大きな課題がありました。

作業を補助する装具に
スーパーパワーは必要ない!

 製品として実用化する以上、腰への負担を軽減する機能が備わっているのはもちろんのこと、安全性も十分に確保されていなければなりません。プロトタイプ0号はモーターを使って背中に張ったゴムを巻き取り、送り出すことで中腰姿勢での農作業をサポートします。しかし、もしもモーターが暴走すれば、大きな事故につながりかねません。野外での使用を想定し、耐水性、耐塵性とともに、バッテリからの漏電対策も必要です。

 モーターを使って実用化するには、安全性を高めるために実施すべきことがあまりに膨大にありました。この現実に直面した鈴木さんは、田中准教授に「モーターをはずしましょうか?」ともちかけたのです。

 当時を振り返り、田中准教授はこう語ります。
「ロボット研究者として、モーターをはずすことに抵抗がなかったといえば、うそになります。正直、躊躇しました。しかし、モーターを搭載している限り、実用化が困難なことは明白でした。農作業を支援する技術の必要性を強く感じていましたから、早く実用化するにはモーターをはずすしかない、という結論にいたりました。補助装具には、“増力化”よりも“軽労化”が必要なのです」

 農作業の負担軽減では中腰姿勢での軽い労働の支援こそが必要なのであり、何十kgもの物を持ち上げる力は必要ありません。田中准教授がこう続けます。
「外部動力を利用すれば、装着した人が自身の体力を使うことなく動きをサポートすることもできるでしょう。しかし、必要以上のサポートは、筋力の低下をまねくことにもなります。アシスト技術は単に作業を楽にするだけでなく、身体機能を維持するような適切なアシストが求められるのです。そこで『3Sアシスト』の概念を提唱しました」

図2 3Sアシストのコンセプト

 3Sアシストとは、
「Secure(安全なアシスト)」
「Sustainable(身体機能を維持するアシスト)」
「Subliminal(感覚を鈍らせない、さりげないアシスト)」
を意味します。これらは「軽労化」のコンセプトへと昇華し、モーターを搭載しないスマートスーツの開発へとつながりました。

 鈴木さんは農作業をサポートできるなら、体が不自由な方を抱きかかえることが多い介護の現場でも補助装具を使えるのではと考え、2009年にNEDOの「課題解決型福祉用具実用化開発支援事業」に応募しました。3Sアシストの考え方はNEDOに受け入れられ、外部動力をもたない補助装具を開発する「介護労働軽労化のための筋力補助スーツの開発」が進められることになりました。

 「設立間もない小さなベンチャー企業にとっては、研究費を支援してもらえるだけでもありがたいことです。しかも、NEDOプロジェクトでは、あらかじめ研究期間が設定されているので、その期間内に成果を上げていかなければなりません。開発スケジュールを詳細に立てそれに向かってまい進していなければ、開発はもっと遅れていたと思います」と鈴木さん。

人間の動きをシミュレートして
最適なゴムの張り方を見いだす

図3 人間の動きをシミュレーションするモーション・キャプチャー

 外部動力がないと、プロトタイプ0号のようにゴムの張力を調節できなくなります。ではどうやって、農作業や介護労働をサポートするのでしょうか。

 「モーション・キャプチャーを用いて農作業や介護労働の動きをコンピューターに取り込み、シミュレーションを行うことで最適なゴムの張り方を見いだす研究を始めました」と田中准教授は語ります。

 農作業や介護労働をしているときの動作は、「筋骨格モデル」と呼ばれるソフトウェアで、コンピューター上に再現することが可能です。さらに、最適なゴムの張り方を見つけるため、田中准教授は筋骨格モデルに、人間が動いたときに生じる皮膚の伸び、体にゴムを張った場合に加わる力をシミュレーションする数理計算モデルを組み込もうと考えました。

 この筋骨格モデルの改良は、決して簡単なことではありませんでした。というのも、コンピューターにシミュレーションさせるには、数式で構成された数理モデルを開発しなければならないからです。新たに皮膚の伸びやゴムの張力を数式化して、基本となる既存の筋骨格モデルのソフトに組み込んでいかなければなりません。しかも、シミュレーション結果が、実際の人間の動きをどこまで正確に再現しているかの検証も必要です。

 これを行ったことによって、人間の動作によりゴムの張力がどのように加わるかをシミュレーションすることができるようになりました。こうして見いだされた最適なゴムの張り方で、スマートスーツをつくることになったのです。

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