健康・安心社会を実現 大学発事業創出実用化研究開発事業、イノベーション実用化ベンチャー支援事業

新薬開発に欠かせないスクリーニングを
劇的に効率化する手法を開発

三重大学/橋本電子工業株式会社

取材:January 2016

開発のいま、そして未来

機能性食品の開発や
がんの個別化医療への活用も

ワークステーション

図10 ZFプレートを自動で処理するワークステーションも試作

 このような小幡さんの努力により、数多くのゼブラフィッシュを同時に観察することができるZFプレートが開発できました。自動で飼育液の注入、飼育液と麻酔液の交換、スリットへの整列などができるワークステーションも試作機が完成したのですが、これもいっしょに実用化すると高価になってしまうため、現実的ではありません。

 創薬スクリーニングの材料としてゼブラフィッシュは有望であるとはいえ、いまだ新薬開発の研究現場では、従来のマウスや細胞を用いた研究が主流です。ゼブラフィッシュの実用性を知ってもらって、ZFプレートを利用してもらおうというのに、最初から高額なワークステーションを購入してもらわなければならないとしたら、普及は見込めません。

 そのため、他の方法でZFプレートを利用する手順を開発しなければなりませんでした。

 これを担当したのが同社営業グループの坂口圭さんでした。坂口さんはこう語ります。
「手作業で水を流し込もうとしても、ワークステーションを使ったときのような水流はつくれず、うまくスリットにゼブラフィッシュを整列させることはできませんでした。さまざまな方法を試した結果、遠心分離器を利用してスリットに誘導することにしました。遠心分離器は、生命科学分野の多くの研究室で一般的な装置だからです」

 ただしひと口に遠心分離器を利用するといっても、ゼブラフィッシュをスリットに誘導させるのに最適な回転速度や時間を見いださなければなりません。坂口さんは繰り返し実験を行い、最適な条件を見つけていきました。

 こうしてZFプレートの使い方が確立されたことで、専用ワークステーションの実用化は先送りにして、まずはZFプレートだけを販売することにしました。ゼブラフィッシュを材料にした実験がどこでも簡単に行えるようになったわけです。

 今後、創薬スクリーニング用のモデル生物としてゼブラフィッシュの有用性が認められていけば、このZFプレートを利用した研究による新薬開発が、いっそう期待されます。

 一方で、ゼブラフィッシュの創薬スクリーニング以外の利用方法も検討されています。そのひとつが、食品に含まれる有効成分の試験です。

 すでに田中教授の研究室では食品メーカーの協力の下、食品の成分を与えた場合にゼブラフィッシュがどのように変化するかを調べる研究を進めています。例えば、肥満症のモデルゼブラフィッシュをやせさせる効果をもった食品成分が見つかれば、痩身効果のある機能性食品が実用化できるかもしれません。

 さらに田中教授がこう続けます。
「がんの個別化医療への応用も開始しています。現在、がんの病理診断は、患者さんの体から採取したがん組織を病理医が観察して、がんのタイプ(組織型)を調べています。診断されたタイプから腫瘍内科医は効くと思われる抗がん剤を選んで患者さんに投与していますが、必ず効く保証はありません。そうではなくゼブラフィッシュを用いれば、患者さんから採取したがん細胞をゼブラフィッシュに移植して、抗がん剤が効くかどうかを確かめたうえで、患者さんに投与することが可能になります。患者さんのがんに合わせた個別化医療が実現するわけです」

 こうしたがんの個別化医療は、ゼブラフィッシュではなくマウスを用いてでもできるかもしれません。しかし、投与の候補となる抗がん剤の数だけマウスを用意し、患者さんの多くのがん細胞を移植したうえで、抗がん剤を試すのはコスト的にまず不可能です。一方、小さなゼブラフィッシュの稚魚をZFプレートに投入する手法なら、医療費をそれほど増大させずに個別化医療を実現できる可能性が高まります。

 そのための研究が田中教授の研究室と三重大学病院との連携の下で進められており、今後、ゼブラフィッシュががん治療に大きな革新をもたらすかもしれません。

 ゼブラフィッシュを用いた生命科学研究はいまだ黎明期にあるといえます。創薬スクリーニングに用いるなら、ゼブラフィッシュよりもマウスのほうが有効だと考える研究者もまだ多く、ゼブラフィッシュの利用が広まるには、もう少し時間がかかるでしょう。

 そのため、「ゼブラフィッシュ創薬研究会」と「小型魚類産業協会」を設立しました。この研究会では、国内外の生命科学の研究者に向けて、ゼブラフィッシュの可能性を広く啓蒙する活動をしています。

 近い将来、ゼブラフィッシュは創薬研究に欠かせない研究材料となり、新薬開発を進める原動力になるだろうと大いに期待されています。

開発者の横顔

治療できない患者さんを救いたい一心で

三重大学大学院医学系研究科 教授/
三重大学メディカルゼブラフィッシュ
研究センター長
田中利男さん

 研修医のころ、田中利男教授はあるがん患者さんの担当医になりました。
 「当時、医療現場ではがんは告知しないのが一般的で、患者さんから『私は治りますか?』と問われても、本当のことは言えませんでした。そんな経験から、このまま臨床医となって目の前の患者さんを救うよりも、研究医となっていまの医療技術では治療できない患者さんを救いたいと考えるようになりました。ゼブラフィッシュの研究も、新薬開発を後押しする技術を開発することで、ひとりでも多くの患者さんを救えたら、という思いをもって進めています」

医療・バイオ分野に会社の将来をかけた

橋本電子工業株式会社
代表取締役社長
橋本正敏さん

 橋本電子工業代表取締役社長の橋本正敏さんは、1983年に会社を設立。当初は電磁リレー用の特性検査装置など、おもに電子制御機器の開発、製造を手がけていました。
 「技術が普及するに従い、人件費の安い国で製造されるようになって、価格面では輸入品に太刀打ちできなくなってしまいます。そこで、最先端の技術を開発することで会社の生き残りを図ろうと考え、医療・バイオ分野への進出を模索していました。その過程で人工筋肉や医療機器などの開発に取り組み、そうした経験が田中先生とのゼブラフィッシュの共同研究につながったのだと思います」

定年後の再就職で、再び研究の道へ

橋本電子工業株式会社
商品設計グループ特命担当
小幡勝さん

 医療機器を開発・製造している大手電子機器メーカーの研究員だった小幡さんは、若いころ、血液分析技術の開発に取り組んでいましたが、人事異動により、三十代半ばでマネージメント職に就任。
 「直接、研究開発に携わることがなくなりました。それでも胸に秘めた研究への思いは消えることはなく、定年退職を機に橋本社長に直談判して、研究職として再雇用してもらうことができたのです。そのころ、ZFプレートの研究開発がはじまったので、その責任者となりました。その後は連日連夜、ゼブラフィッシュと格闘したものです」

社内公募に興味をもち、担当に立候補

橋本電子工業株式会社
営業グループ新規ドメインチーム
坂口圭さん

 小幡さんが開発したZFプレートを手作業で利用するための手順(マニュアル)の開発を担った坂口さん。橋本電子工業に勤めるまで、半導体メーカーに勤務して、マイクロコンピューターの開発に携わっていたといいます。
 「半導体メーカーではゼブラフィッシュのような生物を扱うことなどありませんでしたが、橋本電子工業に移り、ゼブラフィッシュ関連事業の担当者が社内公募されたとき、自ら手を挙げました。実は、大学生のときに所属していた研究室で、バイオセンサーの研究にかかわる経験があったからです。そのため生物を相手にした機器の開発には、非常に興味がありました」

なるほど基礎知識

フォワード薬理学とリバース薬理学を
ともに可能にするゼブラフィッシュ

 創薬スクリーニングは、従来、実験動物や細胞を用いて行われており、こうしたアプローチは「フォワード薬理学」と呼ばれます。フォワード薬理学では、実験動物の体に現れた薬効を調べたうえで、人間を対象にした臨床試験に進むので、臨床試験の段階で、期待したほどの薬効が確認できずに新薬開発が頓挫する確率は低く抑えられていました。

 これに対して、ヒトゲノム計画の完了宣言後に盛んになったゲノム創薬は、遺伝情報に基づいて病気にかかわる分子に結合する化合物を設計するという、理論的なアプローチです。そもそも病気にかかわる分子をターゲットにした化合物を用いることができるため、効率的なスクリーニングが行えると考えられます。こうしたアプローチは、目に見える薬効を頼りに開発を進めるフォワード薬理学と区別するため、「リバース薬理学」と呼ばれます。

 ゼブラフィッシュを用いた創薬スクリーニングでは、標的分子に合わせて理論的に化合物を設計するリバース薬理学的なアプローチが可能なだけでなく、ゼブラフィッシュの体に現れた変化から薬効を調べるフォワード薬理学的なアプローチも可能となっています。

 昨今、遺伝子がすべて解読され、かつマウスに比べて飼育コストのかからないゼブラフィッシュへの関心が高まってきています。さらに、ゲノム編集などの遺伝子操作技術を用いてつくられたヒト疾患モデルゼブラフィッシュについても、今後、遺伝子が詳しく調べられることで、病気に関連する分子も明らかになっていくことが期待できるでしょう。

NEDOの役割|この成果を生み出した、NEDOプロジェクトについて

「イノベーション実用化ベンチャー支援事業」(NEDO内担当部署:イノベーション推進部)

 研究開発型ベンチャー企業等にとって、実用化開発は事業化に至る前の非常にリスクの高いフェーズです。そこでNEDOでは、おおむね3~5年以内に実用化が可能な具体的な計画を有するものを対象に、研究開発型ベンチャー企業等が持つ優れた先端技術シーズや有望な未利用技術を活用した実用化開発を支援しました。

 本事業の採択に際し、NEDOは技術面のみならず事業化見込みに際してもあらゆる角度で審査を行いました。技術面では、実用化開発の基となる研究開発の有無をはじめ、技術の新規性や目標設定のレベル、特許やノウハウの優位性を審査。目標や課題、また課題解決の手段が明確化しているかどうか、研究計画に対する費用対効果も含めた研究計画の妥当性といった技術面の評価を行いました。さらに事業化評価として、「新規市場創出効果」や「市場ニーズの把握」「開発製品・サービスの優位性」、さらに事業化体制や事業化計画の信頼性も検討。また、地域経済活性化への貢献等も見越して採択を行っています。

 研究開発型ベンチャー企業等のリスクを低減させるだけではなく、研究開発成果を迅速に実用化・事業化に結び付けることで、イノベーション創出のための基盤強化を実施しました。

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