健康・安心社会を実現 悪性腫瘍等治療支援分子イメージング機器研究開発プロジェクト

痛みをともなわず、高精度に検査が可能な
国内初の乳房専用PET装置を開発

株式会社島津製作所

取材:January 2016

開発への道

早期発見できるかどうかが
生死を分けるがん

図1 地域がん登録全国推計によるがん罹患データ(1975〜2011年)
国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」を基に作成

 がんなどをはじめとする悪性腫瘍は、早期発見・早期治療が極めて重要です。がんの多くは病状の進行にしたがって、生存率が急速に下がるからです。

 このため、悪性腫瘍等は超早期発見が求められており、診断・治療にかかわる医療費の抑制を実現する早急な対策が必要とされています。そこで、生きたままの細胞の機能変化を分子レベルで検出する分子イメージング技術に注目が集まっており、PET装置ががんの早期診断に期待されています。

 日本の女性がかかる部位別のがん罹患率では乳がんがトップです〈図1〉。一方、医療産業としてのPET装置の市場は、まだまだ成長の余地があります。

 こうした背景のもと、2006〜2009年度に実施されたNEDOの「悪性腫瘍等治療支援分子イメージング機器研究開発プロジェクト」で株式会社島津製作所が開発したのが、乳房専用PET装置「Elmammo(エルマンモ)」でした。検査時に痛みをともなわず、しかも1.5mm以下の空間分解能(解像度)をもつ、高感度な乳房専用PET装置です。

 喫緊の課題である悪性腫瘍等の超早期診断の実現と医療産業分野のさらなる成長を目指したこのNEDO事業において、島津製作所は、従来のPET装置にはない、必要な体の部位の近くで検査を行う近接撮像型PET装置の開発に成功しました。

痛みをともなわずに
乳がん検査が可能

図2 「Elmammo(エルマンモ)」の利用法
ホールが開いた寝台でうつ伏せになって撮像する
(提供:島津製作所)

 「Elmammo(エルマンモ)」は、一見ベッドのようなシンプルな形状をしています。寝台の上部には直径約18.5cmのホールが1つ開いており、このホールが検出部分となっています〈図2〉。

 検査を受ける女性は寝台の上でうつ伏せになり、このホールのなかに片側ずつ乳房を入れて、PET画像を撮像します。現在、乳がん検査で使用されているマンモグラフィーは、乳房を強く挟み圧迫した状態で撮影を行うため痛みをともなうなど、女性にとって検査時の負担が重いという難点があります。それに対して「Elmammo(エルマンモ)」は、乳房を挟む必要がないため痛みをともなわないうえ、つぶれていない状態の乳房の3次元断層PET画像を得ることができます。

 撮像時間は片側だけで約5分間、両側で合計約10分間。リラックスした状態で検査できるので、呼吸にともなう身体の動きによる画像のブレも少なく、鮮明な画像を得ることができます。また、既存の全身用PET/CT装置に比べて、解像度は約2倍、感度は約10倍と非常に高性能なのも特徴です。

 これだけの解像度・感度を実現できた最大の理由は、リング状に配置された独自開発の検出器にあります。

 がん細胞に集積した放射性薬剤から放出されるガンマ線を、検出器のシンチレーターと受光素子で検出します。シンチレーターとは、放射線を受けると蛍光を発する物質のことです。シンチレーターの素子1個のサイズを小さくし、その数を増やせば増やすほど、高い空間分解能(解像度)を実現できます。

出発点は放医研の「次世代PETプロジェクト」で
開発した「4層DOI検出器」

 島津製作所では、1979年という早い段階からPET装置の研究開発に着手していましたが、年代を追うごとに、PET装置の空間分解能の向上に限界が見え始めました。業界では、2000年代に入り、これ以上空間分解能を飛躍的に向上させるのは従来の検出方法だと難しいと考えるようになり、新たな検出手法の開発が強く求められるようになりました。

 そこで、2001年に5カ年計画で立ち上がったのが、放射線医学総合研究所(放医研)(*)を中心とする「次世代PETプロジェクト」です。このプロジェクトで島津製作所などが開発したのが、「4層DOI検出器」です。
(*):2016年4月現在 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構

 DOIとは、Depth Of Interactionの頭文字で、シンチレーターがどの深さでガンマ線を捉えたかを識別する技術です。これこそが、後に「Elmammo(エルマンモ)」に搭載される検出器のベースとなる技術でした。

 従来の全身用PET装置に使われているシンチレーターは、細長い直方体の素子が縦・横に数十個並べられた1層構造をしています。そのため、シンチレーターからの光を受ける受光素子では、1個のシンチレーターのどの位置から光が発せられたか、その深さ方向を識別することができません。

 加えて、検出器がより被検者に近い方が感度は高まるものの、縦に細長い直方体の素子では、真正面から入射するガンマ線を高い空間分解能で検出できる一方、斜め方向から入射するガンマ線に対しては検出器が被検者に近いほど空間分解能が急速に下がってしまうため、検出器を被検者に近づけるのは難しいとされていました。

 この課題を解決したのが、4層DOI検出器でした。細長いシンチレーターの間に入れる反射材の位置を工夫することで深さ方向が4段階で識別できるようになり、高分解能と高感度の両立を実現できました〈図3〉。

図3 従来型検出器と「Elmammo(エルマンモ)」に用いられている検出器の比較
左)従来と異なり、4層DOI検出器は深さ方向も識別できるようになった(提供:島津製作所)。右)従来、視野端では形態が不明瞭かつ歪んで見えた。4層DOI検出器では視野中心から端まで、まんべんなく明確に形態を捕捉できる(提供:島津製作所)

 しかし、乗り越えるべき課題は他にもありました。

 開発を担当した基盤技術研究所の北村圭司さんはこう明かします。
「実は、これは頭部の検査用に試作したもので、3mm程度の空間分解能を有していました。しかし、複雑な方式を使ってDOI技術を実現していたため、高コストであるうえ、PET画像の再構成にも長い時間を要するなど、あまり実用的ではありませんでした」

 こうしたなか、2006年にNEDOの「悪性腫瘍等治療支援分子イメージング機器研究開発プロジェクト」に採択され、「近接撮像型部位別PET装置の開発」という研究開発項目で、さらに開発を進めることになります。

 「NEDOプロジェクトへの参画に当たって、用途を頭部用から乳房用に変更しました」と北村さん。

 その理由は主に3点ありました。まず、近年、乳がんの罹患者数が増加の一途をたどっていること。次に、早期の乳がんの10年生存率は約90%と比較的高いこと。そして3つめに、当時、米国では乳房専用のPET装置の開発が進んでおり、島津製作所としても4層DOI検出器を使えばこの分野に挑戦できると考えたこと。そう北村さんは振り返ります。

図4 新たに考え出された4層DOI検出器のアイデア
仕切りとなる反射材の位置を工夫し、1枚に重複しないマッピングを実現した

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