健康・安心社会を実現 悪性腫瘍等治療支援分子イメージング機器研究開発プロジェクト

痛みをともなわず、高精度に検査が可能な
国内初の乳房専用PET装置を開発

株式会社島津製作所

取材:January 2016

プロジェクトの突破口

全身用PET装置に比べ“2桁”も多い
シンチレーター素子を搭載

 NEDOプロジェクトで北村さんが最初に着手したのが、4層DOI検出器の改良でした。

 まず、シンチレーター4層分の信号を1枚のマップに収めるアイデアをベースに検出器の改良を重ね、NEDOプロジェクト初年度となる2006年には、早くも世界最小サイズのシンチレーター素子合計4096個を4層に積み重ねた小型の4層DOI検出器を完成させています。

 「シンチレーター素子がこの数になったのは、当時、64チャンネル分の受光位置を識別できる小型の受光素子を採用していたからです。米粒ほどの小さなシンチレーター素子を5cm角の受光素子に合わせて並べていくという作業は骨の折れる地道なものでしたが、プロジェクトの若手メンバーが頑張ってくれました」と北村さん。

 全身用PET装置では、世界最高クラスの空間分解能を有する装置であっても、検出器モジュールあたりのシンチレーターの素子数は90個程度で、それを4チャンネルの受光素子で識別しています。それに対し、新たに開発した4層DOI検出器は、2桁も多い合計4096個のシンチレーター素子を搭載。しかもそれを、64チャンネルの受光素子で識別します。多チャンネルであるほど、多くのデータを収集できます。これにより、全身用PET装置に比べて、格段に高い空間分解能と感度を実現できる基盤が固まりました。

市販のじょうごを
乳房に見立てて実験!?

 「次に苦労したのが、64チャンネルの受光素子から受け取った信号を高速に処理するハードウェアの開発でした。まずは、64チャンネル分の信号を1つの半導体チップで処理しようということになり、専用の半導体チップ(ASIC)を新たに開発しました」と北村さんは語ります。

 受光素子から発せられる信号は、通信などで通常使われている連続的なアナログ信号とは異なり、パルス信号です。そのうえ、体内に集積した放射性薬剤からガンマ線が発せられるタイミングはまちまちでばらつきがあります。その信号を検査中に高速で処理する必要がありました。

 「実は、パルス信号をアナログ処理するというのは、かなり特殊な方法です。日本でもやっているところはほとんどないのではないかと思います。そこで、半導体メーカーなどに協力していただき試行錯誤を重ねた結果、どうにか専用の半導体チップを完成させることができました。あわせて、その信号をデジタル処理して光通信でパソコンに送信するシステム部品なども開発しました。これらの開発コストは相当な額で、NEDOプロジェクトでなければ到底実現できていなかったと思います」と北村さんは振り返ります。

 壁はハードウェアだけではありません。受信した信号をPET画像に再構成するためのソフトウェアの開発も不可欠です。北村さんたちがこれまで開発してきた全身用PET装置と、今回のような乳房専用PET装置では、解像度と感度が異なるため、画像処理の方法もまったく異なります。そのため、画像処理システムについては1から開発する必要がありました。

 「今回、ソフトウェア開発で最も工夫した点は、検出器モジュールによって得られたマップから、PET画像を再構成するための“テーブル”と呼ばれるデータを自動生成することでした。この技術により、高解像度なPET画像を高速で再構成することに成功しました」。こう語るのは、今回のプロジェクトでソフトウェア開発を担当した医用機器事業部の水田哲郎さんです。

 こうして完成させた4層DOI検出器とファントム(模型)を使って、見事、直径1mm程度まで高解像度で画像化できていることを確認しました。世界最高水準の解像度と感度を確立した、世界初のDOI型部位別PET装置の開発に成功した瞬間です〈図5〉。

 「それでも心配だったので、市販のじょうごを買ってきて、それを乳房に見立て、乳房ファントムを自作しました。そのファントムでも直径3mm以下の腫瘍を検出できることを確認したときは、胸をなでおろしました。全身用PET装置では1cm以下の腫瘍の検出は難しいことを考えると、これは非常に大きな成果であり、実用化への自信が強まりました」と北村さん。

図5 左)空間分解能3.5mmの全身用PET装置によるファントム模型の画像、右)空間分解能1.5mm以下の乳房専用PET装置「Elmammo(エルマンモ)」によるファントム模型の画像(左上最大直径から4.8mm、4.0mm、3.2mm、2.4mm、1.6mm、1.2mm)(提供:島津製作所)

開発のため協力してくれた
京都の有名メーカー

図6 2種類つくられた試作機
左)O型に検出器を配置した試作機の模式図。4層DOI検出器をリング状に配置している。 右)C型に検出器を配置した試作機の模式図(提供:島津製作所)

 臨床実験用試作機の開発を担当した医用機器事業部の田中和巳さんは、こう話します。
 「当初、4層DOI検出器は、乳房をぐるりと囲んで配置した方が高感度に検出できると考え、リング状(O型)に配置することにしました。ところが、リング状に配置すると、脇の近くなど検出しづらい部分が出てきてしまうことが判明しました。そこで、腕を通すことで脇に近い部分も検出できるようCの形に検出器を配列した座位型(C型)にたどりつきました」〈図6〉

 開発を行うメンバーはほとんどが男性だったため、女性にとっての検出器の最適な大きさや配置がわからず、マネキンを買ってきては試行錯誤を繰り返したといいます。そこで、同じ京都に本社をもつ大手下着メーカーである株式会社ワコールの人間科学研究所に北村さんが相談してみたところ、協力を申し出てくれました。

 「女性モニターの方々には、研究開発への協力だけではなく、乳房専用PET装置そのものにも非常に高い関心を示していただけました。乳がん専用検査装置に潜在ニーズがあることを知ることができ、実用化に向けたモチベーションがより高まりました」。北村さんと田中さんはこう口を揃えます。

一難去ってまた一難
最適な画像の処理にも課題

 2008年、これらの成果を基に、京都大学医学部附属病院内に設置された「分子イメージング集中研究センター」での臨床研究を開始しました。同センターは、京都大学が中心となり、PET装置など先端医療機器の開発体制を強化・発展させるために設置された施設です。2011年4月には、「先端医療機器開発・臨床研究センター」となっています。

「当初、撮像範囲が広くなる点を優先して座位型(C型)を開発しましたが、同センターでは、座る姿勢をとるのが難しい被検者の方もいました。また、乳がんの疑いのある方に対して診断を行うことから、臨床医の先生がMRIなどの他の診断装置の画像と比較しやすいことが必要でした。そのため、画像がゆがまず寝た姿勢で撮像できるうつ伏せ位型(O型)も開発しました〈図7〉」と北村さん。

図7 左)座位型試作機。右)うつ伏せ型試作機(提供:島津製作所)

 並行して、水田さんは、臨床画像を基にソフトウェアの改良を進めていきました。

 「単に解像度を上げればよいというものではありませんでした。臨床医の先生方が装置のユーザーですので、先生方がより腫瘍を見つけやすいような画像に仕上げなければなりません。臨床研究に当たり、これが最も苦労した点であり、大変勉強になった点でした」。水田さんはこう振り返ります。

 また、商品化に向けては、京都大学医学部附属病院の被検者の方々に実際に試作機に寝てもらったことで、多くの貴重な意見が得られたといいます。
「最終的には約200人にも及ぶ被検者の方々にご協力いただきました。そのお陰で、検査を受ける方にとって非常に満足度の高い製品にまで仕上げることができたのではないかと思います」と北村さん。

 こうしてさまざまな角度から改良に改良を重ねた結果、2014年8月19日、島津製作所は薬事承認(製造販売承認)を取得。同年9月4日にはついに、国内初の乳房専用PET装置「Elmammo(エルマンモ)」の販売が開始されることになりました。

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