本文へジャンプ

Press Release

再生医療向け培養細胞の品質管理技術を開発

―画像診断により定量的な品質予測が可能に―
2013年3月26日
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構
国立大学法人名古屋大学

NEDOの若手グラント(産業技術研究助成事業)の一環で、名古屋大学の加藤竜司准教授と株式会社ニコン等の研究チームは、これまで染色するなど細胞を破壊する方法でしか数値化ができなかったヒト間葉系幹細胞の分化度*1を、培養した細胞の顕微鏡画像をコンピュータ解析するだけで、非破壊的・定量的な評価と事前予測を可能にする技術を開発しました。
 今回の技術開発により、骨再生治療*2の分野で約2~3週間かけて行う分化培養の成功率*3を、日々の細胞画像の情報から高い精度で予測することが可能となります。
 また、医師の多大な労力と時間を投じて準備する必要があった治療用細胞の品質管理が、画像撮影だけで自動化できるとともに、再生治療の効果が最大化する最適な治療日の設定が可能となります。

  • 開発した細胞画像診断技術による間葉系幹細胞の品質予測
    開発した細胞画像診断技術による間葉系幹細胞の品質予測

(*1) 分化・分化度

人間の体は、元々はたった一個の受精卵という細胞からスタートし、手足や臓器がゆっくりと時間をかけて作られる。この過程で、一個の細胞は全ての体を生み出す「基になっている」細胞で、その「基となる力」を万能性や多能性と呼ぶ。ES細胞やiPS細胞、また多くの幹細胞は、このような力を持つ。このような細胞が、各々専門的に特化した機能をもつ細胞に変化し、複雑性を生み出していく現象を「細胞の分化」と呼ぶ。つまり、体が作られるということは、幹細胞が増殖しながら分化し、心臓や肝臓や髪の毛などを作る「別の細胞」を生み出し続けた積み重ねである。多くの場合、分化は一方向にだけ進み、一旦皮膚の細胞になった細胞が急に心臓の細胞になるということは起こらない。幹細胞再生治療では、患者の侵襲的負担を減らすため「少量の」幹細胞を採取し、その後体外培養によって増やして治療に用いる。幹細胞のまま患者の体に戻すと、移植後の分化を制御できず、目的の組織修復を保証できないため、体外で特殊な薬剤や栄養分を与えることで「治療目的の細胞に分化度を近づけ」、適度に分化させた細胞を治療に用いる。これが治療用細胞を作る(調製する)分化培養工程であり、分化度の制御は治療用細胞の効果や安全性に直結する。

(*2) 骨再生治療:

自己細胞などを用いて、骨の欠損・破損などを再生によって治療する再生医療。特に自己細胞として、幹細胞を用いた骨再生治療は、幹細胞を用いた臨床研究の中でも特に安定した治療成績が世界中で得られており、最も行われている再生治療の一つである。幹細胞を用いた骨再生治療では、幹細胞を体外において「骨らしさ」を示すまで数週間分化培養を行ってから患者に移植する。治療例としては、骨粗鬆症患者の治療や、インプラントのための顎骨再生などが知られる。特に、後者はビジネスとしても成功している。

(*3) 分化培養の成功率:

生体外で特殊な栄養状態で幹細胞を骨に近づける培養の成功率。より良好な骨再生効果を発揮させるために、適度に骨らしさを示す状態まで幹細胞を分化させて治療に使用することの重要性は知られているが、これまでは治療日当日に破壊的方法でしか成功率を評価できなかった。

1.背景

(1)再生医療における産業化の問題点

再生医療では患者から採取したわずかな細胞を体外培養し、「治療薬としての細胞」の機能を人為的に高めることによって、高い治療効果が得られることは多くの研究で示されています。しかしながら、長期間体外で培養される細胞の品質評価法として、従来利用されてきた遺伝子発現やタンパク質を評価する方法では、貴重な細胞が失われるため、全品検査ができない、という問題点がありました。
 これに対して、再生医療を提供する医療施設では、細胞の活きのよさや異常発生を細胞の形から見極めることができる培養熟練者の芸術的な「目利き力」を頼りとする人海戦術で対処しているのが現状です。このような目利き判定技術は、休日のない過酷な労働環境の発生や、感染リスクを低減・回避しつつ細胞容器を取り違えないための煩雑な操作の徹底による作業性の低下、次世代熟練者教育の難しさ、といった問題点を抱えていました。

(2)ソフトウェア開発の必要性

医療施設や細胞培養施設での培養操作の安定化・効率化を目的として、近年多くのメーカーが細胞培養の自動化を推進してきました。培養作業のロボット化やシステム化により、安定性や安全性が向上し、コスト低減が可能です。しかし、培養操作を自動化するハードウェアは大きく進歩しつつありますが、ハードウェアを制御する「脳」にあたる「判断を下す」ためのソフトウェアの開発はほぼ皆無でした。自動化装置は制御や設定・管理のために、常時人間が張り付くことが必要で、人間の作業を完全に置き換えるためには多くの課題が残されていました。
 今回の成果は、細胞培養熟練者の細胞観察時の経験則、非染色のままではあいまいな細胞画像の持つ情報を活用して、人間の目に近い評価を行う画像処理技術、そしてオートメーションのためのコンピュータ機械学習技術の3つを融合することにより実現したもので、細胞自動培養装置のインテリジェント化に必須と考えられる技術です。

(3)問題点解決に向けた連携体制の構築

技術開発に当たり、培養技術者の目利き、という技術が「(1)画像の取得」「(2)画像情報の抽出」「(3)画像情報の記憶との照合」「(4)記憶照合結果による判定」という4つのプロセスからなることに着目し、各技術の自動化を行いました。「画像の取得」の技術としては、株式会社ニコンの細胞培養観察装置BioStation CTの撮像技術を導入しました。「画像情報の抽出」の技術としては、独自の画像処理アルゴリズムを開発し、非染色の顕微鏡画像から精度高く細胞だけを認識させ、これらの形の情報を測定する技術を開発しました。「画像情報の記憶との照合」と「記憶照合結果による判定」の技術としては、名古屋大学工学研究科・名古屋工業大学との連携で、機械学習という知識のモデル化技術を導入しました。これらの産学連携を元に、再生医療の臨床研究を進める東京大学医科学研究所との連携を行い、骨再生治療用細胞を調製するための手順に基づいて9つの幹細胞株の培養を行い、培養途中の細胞の形と、2-3週間後の破壊的細胞評価実験の数値との関係性をモデル化しました。

2.成果の特徴

(1)「人間の目」に近い画像処理プログラムの開発に成功

細胞培養の世界では、人間の目で見る細胞の状態把握「目利き」は最高の品質評価技術であるとされてきました。優れた細胞培養技術者は、輪郭やコントラストが曖昧な非染色の顕微鏡画像の中から、見事に細胞だけを効率的に発見し、この形の大事な特徴を頭に記憶することができます。ただ、このような感覚をコンピュータで実装することは技術的に非常に難しい問題でした。細胞の形が、あまりにも複雑かつ多様性に富むため、どのような画像処理が良いのか、どの画像処理ソフトウェアを使用するかについては研究者まかせでした。そこで、技術開発に当たり、培養熟練者への徹底的なヒアリングと、熟練者との認識精度の比較を繰り返し、人間の感覚に最も近い細胞認識を行う画像処理アルゴリズムを独自に開発しました。このアルゴリズムにより、画像中の細胞の、楕円形度、長軸の長さ、短軸の長さ、凹凸度、中心の丸さ、扁平率などの「形のカルテ」が正確に数値化できるようになりました。

(2)「人間の脳」に近い品質判断プログラムの開発に成功

細胞培養の熟練者は、細胞の形を見ると一瞬で「形の特徴」を理解し、膨大に蓄積された記憶の中の実験の成功例や失敗例とつなぎ合わせて、「今日の細胞はよい・わるい」の答えを出しています。このようなつなぎ合わせのためには、画像を処理するコンピュータ技術だけでなく、画像の情報と、成功例・失敗例の「経験データ」とのつなぎ合わせが必要でした。「骨らしさ」の指標として第一に測定される「アルカリフォスファターゼ(ALP)※1活性」(以下、ALP活性と表記)のデータを蓄積し、画像から得られた細胞の「形のカルテ」との関係性をコンピュータに学習させ、プログラムを開発しました。開発したプログラムは、複数の患者の細胞を用いて、形のカルテさえあれば、ALP活性の値を実測した値とほとんど変わらない数値で予測出力できることを証明しました。さらに、「骨らしさ」の指標として第二には、もっと長期間細胞を分化させたらどうなるのか、という「経験データ」として「カルシウム沈着量※2」のデータを蓄積しました。カルシウム沈着量は、ALP活性よりも移植した細胞の治癒効果に関係が深いと報告されていますが、培養期間が長期化したり、一歩間違えると成熟しすぎて移植細胞として使えない、という扱いづらさがありました。
 そこで、ALP活性を予測するプログラムと、カルシウム沈着量を予測するプログラムを同時に活用し、その予測結果が実際の測定結果と非常によく合致することを実証しました。すなわち、開発したプログラムは、染色したり、培養期間を延長することなしに、まるで実験を行ったかのように「ALP活性は80%あり、基準値以上だと予想されます。さらに、カルシウム蓄積は60%以上と良好に進むと予想されます」といった品質予測メッセージをユーザに提供する機能を持っています。これは、一週間の雲の様子から、週末の天気と、次の週末の天気まで両方正確に予測する機能にたとえられ、治療用細胞を調製する医師や培養技術者にとって安心材料となります。

(3)上記(1)の画像情報と上記(2)の細胞品質の関係を仔細に検討し、これまで自動化されたことのない「細胞培養技術者の目と脳」をプログラムとして開発に成功し、幹細胞の骨分化度を実際の実験値とほとんど同じ数値として高い精度で予測できることを実証 (今回の成果)

本技術は完全非破壊的な画像診断技術であり、画像を撮るだけという迅速かつ低コストな方法であるだけでなく、リアルタイムでの毎日の細胞のモニタリングや、容器内の全部の細胞の評価(全品検査)までも可能にする技術であるため、再生医療のコスト低減に大きく貢献し、産業化を促進するものです。人間の目で細胞を診断することの有用性はすでに証明されていますが、実際の装置化・ソフトウェア化は、人間のファジーな経験則をうまく実装することができず、実現しておりませんでした。本技術は、このような「人間の目と脳」を実装することに成功し、これまで期待されてきた多くのメリットを実現可能としました。特に、画像が定量評価できること(目の実装)と、結果を予測できること(脳の実装)は、一部の人間のみが行っていた作業の機械化を達成した希少な成功例です。今回の成果は、くまなく全ての細胞を毎日評価しながら、もっとも細胞の活性が高い時期を予知して移植日をスケジュール化できる、という新たな可能性を開きました。

(4)今回成果の製品応用

今回の成果である(1)「人間の目の実装」および(2)「人間の脳の実装」は、株式会社ニコンの細胞培養観察装置BioStation CTにおける画像解析プログラムCL-Quantのアドインプログラムとして今後製品化する予定です。また、(1)「人間の目の実装」における基礎解析ノウハウは、画像解析ソフトウェアMorphIQ(モルフィック)version 3.0(株式会社ディテクト共同開発・販売)によって細胞の基礎研究への応用が可能です。

3.今後の展開(予定)

細胞の形という画像情報を、細胞品質と関係付けて評価する本手法は広く付着系増殖を示す細胞※3の様々な品質管理へと展開可能です。
 具体的には、線維芽細胞、骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞、筋芽細胞などの細胞の他、間葉系幹細胞※4を含む体性幹細胞や組織幹細胞、ES細胞やiPS細胞などの胚性幹細胞でも適応例を見出しています。このため、今後の展開としては、株式会社ニコンのBioStation CTと連動した解析ソフトとしての活用を通じて、各施設へのカスタマイズや実働ノウハウの移植などが進み、治験や臨床研究など多量の細胞を効率的に調製する必要がある再生医療従事者の品質管理における負担を軽減し、より安全かつ高品質な細胞を提供できる細胞自動培養化を推進する一端を担っていきたいと考えております。

4.お問い合わせ先など

(本プレスリリースの内容についての問い合わせ先)

名古屋大学 創薬科学研究科 基盤創薬学専攻
創薬生物科学講座 細胞分子情報学分野 准教授 加藤竜司
〒464-8601 名古屋市千種区不老町
Tel: 052-747-6811 E-mail: kato-r@ps.nagoya-u.ac.jp

(産業技術研究助成事業(若手研究グラント)についての問い合わせ先)

NEDO 技術開発推進部 担当:田畑、井澤
TEL: 044-520-5174

(その他NEDO事業についての一般的な問い合わせ先)

NEDO 広報室 担当:遠藤
TEL: 044-520-5151  E-mail:nedo_press@ml.nedo.go.jp

【参考:用語解説】

(※1)アルカリフォスファターゼ:

細胞膜に存在するタンパク質で、骨を形成する骨芽細胞の数や、生体内でも骨量と相関することが知られる酵素。もともと骨再生治療に使われる間葉系幹細胞は、体の中の様々な細胞に成長することができる利点があるが、その方向性を「骨」にむけて制御しないと、目的の骨以外のものが移植部位にできる可能性がある。生体外で幹細胞を「骨を作る細胞=骨芽細胞」らしく成熟させる工程が骨分化培養であり、その際にもっとも頻繁に使われる「骨らしさ」を定量化できる指標である。

(※2)カルシウム沈着量:

骨を形成する骨芽細胞は、骨としての成熟とともにカルシウムなどの無機物が細胞周囲に沈着することで石灰化が進み、より骨としての堅さや強さなどの性質を示す。多くの場合、より長期間の骨分化培養によってその沈着が進むため、アルカリフォスファターゼ活性の測定よりも長時間待ってからの測定が必要となる。動物実験などでは、このようなもう少し長期の骨らしさを評価し、アルカリフォスファターゼ活性も十分高くかつカルシウム沈着量も上がりつつある細胞を移植した方が生体内での骨再生効果が高いことが知られている。しかし、体外細胞培養において過度にカルシウムが沈着すると、骨芽細胞が細胞としてよりも無機物の塊としての役割に切り替えが進み、細胞が死滅して形骸化し、骨再生に機能する細胞の増殖能や移動能などが低下する。このように、カルシウム沈着量をいつまで待って評価すればよいかの明確な基準が無く、現状では臨床の骨再生治療においてなかなか使用しづらい指標である。

(※3)付着系増殖を示す細胞:

体を構成する細胞は、大きく二つに分類される。1つは、血液細胞のように液体の中に浮かんだままで生存・増殖する細胞。もう一つは、隣の細胞、または、タンパク質などに付着した状態でだけ生存・増殖する細胞である。体は密に詰まった組織であるため、体を構成する細胞のほとんどは「お互いに接着していたり」「細胞のまわりの布団のようなタンパク質に接着していたり」する。これらの細胞は、体外では培養容器(プラスチックなど)の表面にコケのようにへばりついて成長する。これらを「付着系増殖を示す細胞」と呼ぶ。iPS細胞などの万能細胞の他、多くの幹細胞や、組織修復に用いられる臓器を作るような再生医療用細胞は、付着系増殖を示す細胞に属する。

(※4)間葉系幹細胞:

体を作り上げる基となる、最初の一個の細胞は、分化の過程で大きく3つほどの品質のジャンルに分かれていく。その中で骨や軟骨、リンパ系や循環器系などに分化する能力を持つジャンルの細胞を「間葉系」の細胞と呼ぶ。間葉とは発生学において体が作られていく際の「ジャンル」を示す言葉である。さまざまな間葉系の細胞に分化することができる細胞を、間葉系幹細胞と呼ぶ。再生医療において、間葉系幹細胞(特に骨髄から吸引して得られる細胞)は、もっとも広く臨床研究や臨床実績があり、多くの臨床成功例が世界中で報告されている。近年は、骨髄以外の脂肪組織などからもこのように様々な分化の能力を持つ細胞が得られはじめており、採取が比較的簡単なため、再生医療の治療に応用されている例が多く見られる。さらに、体の中には、間葉系の細胞へと分化できるばかりか、その他どんな細胞にでも分化できるより高い「分化能」を持っている細胞が発見されており、これらは広く体性幹細胞や組織幹細胞と呼ばれる。