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柏木 正弘フェロー

アプライドマテリアルズ時代、日本の顧客をアメリカに招待して開催した技術会議での一枚。

アプライドマテリアルズ時代、日本の顧客をアメリカに招待して開催した技術会議での一枚。

日本の半導体産業に初期から携わり、大きく発展させた立役者の一人である柏木正弘フェローは1963年に東京大学工学部冶金学科を卒業後、東京芝浦電気株式会社(現・株式会 社東芝)に入社。最初の約2年間は超電導など基礎的な研究開発に携わったが、東芝が半導体事業を始めると同時に、同部署に異動。以来30年余りにわたって、半導体と共に歩んできた。中でも同社のシリコン系半導体については、そのほとんどを手掛けたという。その間、東芝超LSI研究所研究第二部長や技術者トップである首席技監などを務めた。「私が入社した頃は、“米国詣で”の時代で、私自身も米国へよく行っては技術を学んできました。それが1980年代になると、日米の立場が逆転。米国に技術を教える立場となり、向こうから毎日のように人がやってきました。当時、日本で一番元気のあった業界で、非常に活力にあふれていました」と振り返る。

1996年、東芝を退社。かねてより誘いを受けていた米国の半導体製造装置メーカーの最大手、アプライドマテリアルズの日本法人に移り、マーケティングの責任者に就任した。しかし、待っていたのは大きなカルチャーショックだった。

就任後間もなく、役員が集まる会議で半導体の話を始めたところ、すぐに“待った”がかかった。「われわれは立場が違う。研究のためではなく、ビジネスのためにここにいる」と。そして、ビジネスのために欠かせない話題は三つであることが分かった。「Book(どれだけ注文を取ったか)」、「Bills(どれくらい売り上げ たか)」、そして「Gross Margin(利益率はどれくらいか)」である。

さらにマーケティングそのものについても、日本で考えられているものとは全く異なるものだった。「リーダーがしようとすることを実現するために行うあらゆる仕事がマーケティングなんです。言うなれば、リーダーの参謀役みたいなものです」と話す柏木氏は、徹底的に米国流ビジネスをたたき込まれたという。

6年後の2001年、アプライドマテリアルズジャパンを退社。その後、財団法人くまもと産業財団の上席客員研究員、そして2007年には熊本県産業技術センターの初代所長に就任した。

こうした多様な経験を基に、昨年の秋からNEDO技術戦略研究センターの電子・情報・機械システムユニットのフェローを務めている。現在、同分野を手掛ける日本企業は苦戦続きで、何とか活路を見いださなければならない状況だ。「そこで大事なのはマーケティングです。“いいものをつくれば売れる”という漠然とした考え方ではなく、どうしたら客を獲得でき、売り上げを伸ばして利益を生むことができるか――。あらゆる方向から考える必要があります」と柏木氏は強調する。「フェローとして、ベンチャー企業や中小企業が表舞台で活躍できるようなサポートをしたいですね。そうすれば、大企業も刺激を受け、日本の産業界全体の活性化につながると思います」と力を尽くす決意だ。

定期広報誌「Focus NEDO」第56号より