NEDO Web Magazine

電子・情報

スーパーメタル

電子機器の性能向上を可能にする
金属ガラス材料の開発

アルプス電気株式会社

取材:February 2009

INTRODUCTION 概要


電子部品のさらなる高性能化が望まれる中、
1990年に「金属ガラス」という強靱性、軟磁性などに優れた新材料が発見されました。
この材料から作られた電子部品が、ついに実用化にこぎつけました。

BIGINNING 開発への道


高性能化が要求される電子部品

21世紀に入り、日本をはじめ先進諸国は、地球環境に配慮した持続可能な社会を実現しようとしています。電子機器の要である半導体や電池などについても、より高性能なものを目指して日々開発が進められ、その成果は次々と社会に還元されています。

ところが近年、新たな課題が見えてきました。 周辺の電子部品の性能が、高性能化された主要部分に追いつかなくなってきたのです。

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もとより、半導体や電池だけでは電子機器は動きません。コイルやコンデンサーといった周辺部品があってはじめて機能します。高性能化した半導体などが十分な力を発揮するためには、周辺部品の性能向上が必要なのです。 電子部品の性能は、材料に大きく依存します。改良はこれまでも行われてきたのですが、従来の金属材料には限界がきており、新規の材料が求められていたのです。

この状況の中、アルプス電気株式会社は、特殊な構造を持つ「金属ガラス」の制御技術を会得して新規材料を開発し、電子機器のさらなる性能向上の可能性を示しました。

新規材料「金属ガラス」の登場

「金属ガラス」は、アモルファス(非晶質)金属の一種です。アモルファス金属には強靱性、耐食性、軟磁性に優れ、電子部品の材料として非常に有用です。しかし、非晶質であるため製造時に急速な冷却が必要で、薄いリボン状にしか成形できないという欠点がありました。

その欠点を克服したのが金属ガラスです。この材料は、液体から固体になる過程で過冷却という一種の安定状態を通過するため、緩やかな冷却が可能となり、望みの形に加工成形することができます。

金属ガラスは1990年、東北大学金属材料研究所の井上明久教授(現 東北大学総長)らによって発見されました。アモルファス金属がある条件を満たす場合、金属ガラスとなります。その条件は、発見者の名前をとって「井上3原則」と呼ばれています。

90年代中ごろ、アルプス電気磁気デバイス事業部は、新規材料を模索していました。事業部長の「良い製品は良い部品から、良い部品は良い材料から生まれる」という方針に従ったものです。当時から井上教授とは共同で研究を行い、人事交流もありました。その共同研究を加速させたのが、97年(平成9年度)から始まったNEDOプロジェクト「スーパーメタル-アモルファス構造制御材料創製技術(制御冷却技術)」です。

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アモルファス金属は、結晶金属のような欠陥やすべり面(結晶粒界)がないため、強度と粘り(強靭性)にすぐれる(図1)。
アモルファス金属の一種である金属ガラスは、安定な過冷却液体状態を持つため、成形しやすい(図2)。

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これは5年間のプロジェクトでしたが、4年目にはバルク(固まり)状の金属ガラス(Fe主成分、Cr、P、C、B、Si系)を開発することができました。ところが、アルプス電気事業開発本部プロセス技術2部の水嶋隆夫グループマネージャーは言います。「バルクのままでは用途が限られます。アモルファス金属はリボン状なので巻いて使うことができました。しかし、厚いバルクでは電力ロスが大きいのです」。アルプス電気は、5年間のプロジェクトが終わる前の2000年ころから、用途拡大を目指した形状の開発に乗り出しました。

※井上3原則
・3種類以上の元素からなる多元系であること。
・これらの成分の原子寸法の比が互いに12%以上異なること。
・これらの成分が互いに負の混合熱をもち、化合物がエネルギー的に安定であること。

未知の能力を秘める「金属ガラス」

金属ガラスの形状としてまず検討したのは粉末です。バインダーで固めることで、どのような形にでも成形できると考えたからです。

金属粉を作るにはアトマイズ法が一般的で、これにはガスと水の2つの方法があります。水嶋グループマネージャーは、量産化を考えて、コストが低い「水アトマイズ法」を選びました。そして2年後、粒状の粉末が生産できるようになりました。これをバインダー樹脂で固め、ついにアルプス電気独自の金属ガラス「リカロイ™」が完成しました。

球状の「リカロイ™」はインダクター(コイル)や磁性シートなどに利用されます。とくに大電力、高周波数にも対応でき、「これらのニーズが高まっているので、リカロイ™に追い風が吹いています」と事業開発本部プロセス技術2部の小柴寿人主任技師は言います。

その後、球を押しつぶした扁平型も開発しました。リカロイ™「HMLXWシリーズ」はノイズ抑制用磁気シートとして、カーナビやワンセグチューナー、携帯電話などのノイズを低減します。また、リカロイ™「HMLXSシリーズ」はRFIDアンテナ感度補助用磁気シートとして、おサイフケータイやSuica※※などの誤作動を防ぎます。

リカロイ™は、NEDOプロジェクトによって用途を固定せず材料開発から始めたため、まだたくさんの用途が見込めます。水嶋グループマネージャーは「企業単独では決してできなかった」とNEDOプロジェクトを振り返ります。

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BREAKTHROUGH プロジェクトの突破口


水アトマイズ法で球状粉末をつくる

水アトマイズ法は、溶けた金属に高圧水を吹き付けて粉砕と冷却を瞬時に行い、金属粉を製造するものです(図1)。出だしは順調で、すぐに粉末を作ることができました。

しかし、できたのは綿ごみのような糸状で、製品として扱いにくいものでした。水嶋グループマネージャーは、どの形が良いかを製品の側から考え、球状の粉末をめざしました。バインダーで固めることでどんな形にもでき、金属ガラスの優れた特性が出せると期待したからです。

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ところが、ここからが苦難の始まりでした。水アトマイズ法によって球状の金属ガラスが完成したのは実に2年後。扁平型の開発には、さらに3、4年かかりました。「完全に新規事業だったため、常に手探り状態でした」と水嶋グループマネージャー。

球状にする条件やバインダー樹脂の選定など、現在アルプス電気が誇る技術となるノウハウが、この5年ほどの間に蓄積されました。

金属ガラスの特徴の1つは、コアロスと呼ばれる物理量が従来の結晶金属に比べて低いことです。コアロス(磁心損失)とはエネルギーが熱に変わって損失することで、低いほうが良いことになります。電気抵抗が高いほどコアロスが低いため、通常、結晶金属より金属ガラスのほうが高性能です。

リカロイ™は、この金属ガラスを樹脂によって固めてあるので、さらに電気抵抗が高く、コアロスが桁違いに低くなります。ノイズ抑制用磁性シートは、この低いコアロスを逆手に取り、100MHzを超える高周波ではこの損失が大きくなることを利用し、ノイズを熱に変換して処理しているのです(図2)。

FOR THE FUTURE 開発のいま、そして未来


事業化をめざし、用途拡大をねらう

リカロイ™は、ノートPCや携帯電話(おサイフケータイ※)など一部の電子製品に使われ始めており、ノイズによる誤作動や混信の防止に大いに役立っています。しかし、「事業化の面ではまだ途上。もっと拡大していきたい」と水嶋グループマネージャーは語ります。

具体的には、電流を直流から交流へ変換する場合に電気損失を低く抑えることができるので、太陽電池や燃料電池システムの発電効率向上などへ応用していきます。
また、さらなる高性能化をめざしてシリコン(Si)から炭化ケイ素(SiC),窒化ガリウム(GaN)に材料が変わりつつある半導体分野では、周辺部品の性能も上げる必要があります。

水嶋グループマネージャーは「現在、新型の半導体に対応可能な性能を持つ材料は、世界中でリカロイ™のみ」と胸を張り、用途拡大に自信を深めています。 (2009年2月取材)

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リカリロイ™の各種サンプル

開発者の横顔


電子部品開発の自信を深めた20年間

水嶋グループマネージャーは1986年にアルプス電気に入社し、初任地が長岡でした。東北大学の井上教授とは開発グループごと交流があり、95年に長岡に配属された小柴技術主任は井上教授のもとに派遣され、3年半の間、金属材料についてみっちり叩き込まれました。

その中で97年(平成9年度)からNEDOのプロジェクトが始まり、水嶋グループマネージャーは、「大学と共同研究しながら金属ガラスという歴史の浅い新分野にチャレンジできたのは幸運だった」と言います。そのおかげで材料を扱う素養が身についたと実感し、機会を提供してくれたNEDOには深く感謝しています。

20年以上にわたって電子部品の開発を行ってきましたが、「昔は、性能は同じでいいから値段が安いものをくれ、とよく言われました。今でもアジアなどの海外ではそうです。でも、最近になって、良いものをくれ、と言われるようになってきました」。リカロイ™市場拡大の追い風をここでも感じています。

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アルプス電気株式会社
水嶋隆夫グループマネージャー

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アルプス電気株式会社
小柴寿人主任技師

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