NEDO Web Magazine

新エネルギー

分散型電池電力貯蔵技術開発

世界初、ハイブリッド自動車用リチウムイオン2次電池を量産化

日立ビークルエナジー株式会社

取材:December 2009, March 2010

INTRODUCTION 概要


1,200W/kg → 4,500W/kg

(ニッケル水素電池と新開発自動車用リチウムイオン2次電池の出力密度:w/kg)

自動車から発生するCO2は、地球温暖化問題の原因として喫緊に削減することが求められています。このため様々な"環境対応自動車"が研究開発されているなかで、いま、最も注目されているのは、やはりハイブリッド自動車でしょう。モーターとエンジンを組み合わせて走るハイブリッド方式は、電池分野の飛躍的な技術革新(イノベーション)が生んだ結果とも言えます。そして、さらなるイノベーションの進展により、乗用車ばかりでなく、トラックやバスのような大型車でも使用できる大容量・大出力のリチウムイオン2次電池が開発されています。家電用小型電池として重宝されてきたリチウムイオン2次電池。大型車を動かすほどのパワーに高めるためには、まさに「海図無き航海」と「死の谷」を越える研究開発が必要でした。

BIGINNING 開発への道


100年以上ぶりのイノベーションに次ぐイノベーション

自動車には長らく鉛蓄電池が搭載されていましたが、これら従来のエンジン自動車に搭載される"バッテリー"はあくまでもライトやセルモーターなどの電装品を駆動させるための補助電源であり、車を駆動させるモーターの動力源としては十分な容量を持ち合せていませんでした。しかし、1990年代に次々と電池分野の研究開発が革新的発展を遂げ、様子が一変しました。

鉛蓄電池の数倍ものエネルギーを出力できる新型電池としてニッケル水素電池が開発され、電池が自動車の駆動源として使用できる可能性が一気に増してきました。そして、1997年には世界初の本格的ハイブリッド自動車「プリウス」が誕生、発売されたのです。1859年に鉛蓄電池が発明されてから100年以上の時を経て、ついに蓄電池が自動車を構成するパーツの中で主役に躍り出ることになりました。

さらに、ニッケル水素電池より軽量小型・大容量のリチウムイオン2次電池が普及してきました。当初、リチウムイオン2次電池はパソコンや携帯電話などの限られた用途で利用されていましたが、その後、より大型化が可能となり、自動車用として活用できる道が拓けてきました。これは、1992年、リチウムイオン2次電池の黎明期に、世界に先駆けて10年間実施されたNEDOプロジェクト「分散型電池電力貯蔵技術開発(LIBES)」の成果が実を結んだものでした。

同プロジェクトに参加していた日立ビークルエナジー株式会社(当時は日立製作所と新神戸電機)は、世界トップレベルの大容量・大出力リチウムイオン2次電池の開発に成功した結果、現在はハイブリッド方式のトラックや路線用バス、さらには鉄道車両などにも電池を供給しています。

set01.jpg

日立ビークルエナジーのハイブリッド自動車用量産型リチウムイオン2次電池セル(左)。セルを48本直列した製品モジュール(右)。
乗用車ならモジュール一つ、トラックのような大型車では、モジュール二つをつなげて使用する。

イノベーションの"核"は"極"の材料にあった

開発プロジェクトが始まった1992年当時、正極にコバルト酸リチウムを用いることが主流でした。しかし、日立ビークルエナジー設計開発本部の村中廉本部長は「大容量・大出力電池の量産には、コバルト酸リチウムでは将来性がないだろう」と判断し、正極材料にマンガン酸リチウムを選択しました。

コバルト酸リチウムは、原料となるコバルトの埋蔵量が少ないため、どうしてもコスト高になってしまいます。しかし、当時その代替としてマンガン酸リチウムを正極材料に使える技術的見通しは全くなかったと村中さんは振り返ります。正極にマンガン酸リチウムを選んだのは、正極としての物理的特性が優れているからではなく、専ら将来の事業性を考えてのことでした。その研究開発作業は、「海図無しで航海に出て、自ら海図を作り進むようなもの」だったと、村中さんは言います。

村中さんらは、果てしない試行錯誤と実験を繰り返しました。その結果、LiMn2O4で表されるマンガン酸リチウムの組成より僅かにリチウム量を増やすと、リチウムイオンが正極と負極の間をスムーズに移動することを突き止めました。また、正極コーティング層に分散させる導電剤のカーボンブラックを理想的な状態で分散させることで、マンガン酸リチウム表面での電気抵抗が減り、リチウムイオンがスムーズに移動できることも発見しました。

こうしてコストを抑え、安全性にも優れ、大きなエネルギーを充電・放電できるリチウムイオン2次電池の材料系が確立したのです。村中さんらはリチウムイオン2次電池開発の「海図」を作り、世界最高レベルのリチウムイオン2次電池量産のための材料開発を達成しました。

set02.jpg

量産化電池(左)と次世代電池(右)の極端子部分

材料開発に続いて、量産化技術確立の前に横たわる「死の谷」

まだ量産化途上にある次世代リチウムイオン2次電池と、既に工場で生産されているリチウムイオン2次電池。二種類の電池を前にして「この二つの電池では技術レベルが全然違うのです」と村中さんは言います。リチウムイオン2次電池の開発には、量産設計、原料や製造管理の厳格化という乗り越えるべき大きな課題が立ちはだかりました。いわゆる研究開発の「死の谷」に遭遇したのでした。

試験生産中のこと、ある日突然、不良品が大量に製造されたことがありました。原料粉末の製造日を追い、現場総出で要因を探っていくと、ロット番号から納入された原料メーカーがわかりました。さらに原因を探ると、原料メーカーが粉砕機に金属装置を使用していたため、装置が磨耗して金属の塵がわずかに混入してしまっていたことがわかりました。それ以来、原料メーカーの製造工程にまでさかのぼり、品質管理を行うようにしました。

これはほんの一例にすぎず、量産化には次々と想定外の問題が起こりました。半導体製造の経験者でクリーンルームに詳しい技術者や、電池開発の経験があり導電剤の分散や薄膜塗工に詳しい技術者など、様々な分野で活躍してきた技術者がグループ企業から結集し、知恵を寄せ合い、リチウムイオン2次電池を安定生産できるまでに漕ぎ着けました。

set03.jpg

徹底した生産管理が行われている組み立てライン(左)、電池セルの組み立て最終工程(右)。

BREAKTHROUGH プロジェクトの突破口


1990年代初めから、軽くて長持ちするリチウムイオン2次電池はパソコンや携帯電話などに広く使われてきました。しかし、自動車が必要とする出力密度は1,000W/kgを超えます。「同じリチウムイオン2次電池でも、要求される技術水準は全く違う」と村中さんは言います。

円筒形をしたリチウムイオン2次電池を想定して、その構造を概説すると図3のようになります。正極はアルミ箔のように薄いアルミ基盤に正極材料が、負極は薄い銅箔に負極材料がコーティングされています。薄くて長い、正極、セパレーター、負極を重ね合わせてクルクルと丸めたものが電解液に浸され、筒の中に入っています。

left01@2x.jpg

図3 リチウムイオン2次電池の構造概念図

大きなパワーをなるべく軽い電池で得るためには、電極を薄くし表面積を大きくする必要があります。その面積は、家電用リチウムイオン2次電池の数千倍にもなります。アルミ箔のように薄い電極は、コーティングにわずかな塗りムラや、肉眼では見えないほどの異物が混入しただけで使い物にならなくなってしまいます。

しかも、自動車用電池には、家電製品よりもはるかに長い寿命や耐久性が要求されます。例えば、環境規制の厳しい米国カリフォルニア州では、燃費や温室効果ガス削減に加え、15年以上の車両寿命を掲げています。電池も15年間交換不要であることが求められています。

同じリチウムイオン2次電池と言っても、大容量・大出力が必要で、短時間に充電と放電を繰り返すハイブリッド自動車用と、十数ボルト程度の出力で済む家電用では、使用される条件が全く異なります。要求される性能や品質が桁違いのため、「海図」なき研究開発と厳格な量産化技術の確立が必要だったのです。

FOR THE FUTURE 開発のいま、そして未来


誰もが時期尚早と考えた
「NEDOリチウムイオン2次電池開発プロジェクト」

NEDOが1992年のプロジェクト開始時に立てた「10年間の研究期間で大容量のバッテリーを開発する」という計画目標について、設計開発本部の小関満副本部長は「技術的に非常に高い目標。しかし、先見の明があった」と振り返ります。

プロジェクト開始当時、学会でソニーが家電用のリチウムイオン2次電池開発を発表すると、「そんな開発をして大丈夫なのか」という声が、つぎつぎに上がったといいます。当時はまだ、ニッケル水素電池がようやく市場に出始めたばかりの状況でした。

ニッケル水素電池でさえ、市場でどんな問題が生じるか専門家の間では危惧されていた時期に、新しい原理のリチウムイオン2次電池を開発するなんて時期尚早だ、という意見が、専門家の大勢を占めたのです。新しい電池の原理が発明され、量産化し、市場で安定して使えるまでには長い年月が必要だというのが、当時の専門家の共通認識でした。

そこでNEDOでは、一企業で進めるにはリスクの高すぎる技術開発としてプロジェクトを計画し、研究開発を開始、推進しました。当時、コンソーシアムを組んだ大型プロジェクトとしてリチウムイオン2次電池の研究開発を行っていたのは、まだ日本だけでした。リチウムイオン2次電池分野で現在も日本企業が優位性を維持しているのは、ナショナルプロジェクトとして研究開発にいち早く着手できたことが大きいと言えるでしょう。

競合他社が参画するNEDOプロジェクトでは、これまであまり交流の無かった競合各社の技術者の間にも、議論を重ねる場を提供することができました。また、NEDOプロジェクトが提供した評価方法は、参加各社間に客観的で、誤差の少ない技術比較を可能にしました。小関さんは、「NEDOプロジェクトの評価法のおかげで、効率よく研究開発が進められた」と言います。

left02@2x.jpg

日立ビークルエナジーが開発中の次世代型リチウムイオン2次電池。
全ての電池の中でも世界トップの出力密度4,500W/kgの性能を誇る。

リチウムイオン2次電池の本格的な普及はこれから、研究開発は終わらない

日立ビークルエナジーでは、2000年(当時は日立製作所と新神戸電機)に、第1世代のリチウムイオン2次電池(出力密度2,000W/kg)を開発し、ハイブリッド自動車や電気自動車(リチウムイオン2次電池としては世界初)などに提供を開始しました。2006年には、第2世代(出力密度2,600W/kg)の電池を開発し、これまでに100万セルを超える出荷実績があります。第2世代電池は、トラック、路線用バスに採用され、街を走っています。

left03@2x.jpg

日立ビークルエナジーのリチウムイオン2次電池を搭載する三菱ふそうトラック・バスのハイブリッドバス。
エンジンで発電して電池に充電、モーターで走る。屋根の膨らみに電池が積まれている。

ユニークな例としては、JR東日本の無電化路線(小海線)を走るハイブリッド車両にも採用され、燃料消費10%削減、有害物質排出60%削減を達成し、「エコプロダクツ大賞」環境大臣賞を受賞しています。さらに、2009年には、世界で初めて自動車用リチウムイオン2次電池の量産化を達成したとして、「第3回ものづくり日本大賞」で優秀賞を日立ビークルエナジーは受賞しました。

2010年には、出力密度3,000W/kgの第3世代電池が量産化され、米国の自動車メーカーのハイブリッド自動車用に供給される予定です。さらに、出力密度4,500W/kgの第4世代電池を開発中です。今後は、家庭用電源から充電できるプラグイン・ハイブリッド自動車や、CO2を排出しない究極の環境自動車である電気自動車にも使用できる新型リチウムイオン2次電池の量産化を目指し、日立ビークルエナジーはNEDOプロジェクトにおいて電池性能を高めるための研究開発を続けています。

自動車用リチウムイオン2次電池の市場規模は、2009年には250億円、前年比240%増を示したとする市場調査も出ています。同じ調査では、2014年には市場規模は2兆円を超えるとも予測されています。NEDOでは、「次世代自動車用高性能蓄電システム技術開発(Li-EAD)プロジェクト」として、さらなる研究開発を支援しています。(2009年12月、2010年3月取材)

開発者の横顔


海図を描いた村中さん、「死の谷」を越えた小関さん

日立ビークルエナジー設計開発担当 取締役の村中廉さんは、1979年に日立製作所に入社し、当初は石炭の脱硫・脱硝の研究開発に携わりました。超大規模集積回路(VLSI)の開発に携わった後、リチウムイオン2次電池に取り組みました。プロジェクト初期を「どっちに進んでよいかわからない、海図のない航海だった」と振り返ります。性能が良いだけではなく、コストを抑え、安全性を確保し、長期使用に耐えられるリチウムイオン2次電池の海図が描けるまでの数年間は「とにかく苦しかった」と話します。15年の研究開発を経てなお、「これからが本番」と決意を新たにしています。

face01@2x.jpg

日立ビークルエナジー株式会社
村中 廉 設計開発担当 取締役

設計開発本部副本部長の小関満さんは、1976年に日立グループの新神戸電機入社以来、一貫して電池の研究開発に携わってきました。困難を極めた量産化技術の開発途上、地球環境問題を背景に開発に一気に追い風が吹き、「鯛を釣るつもりが、クジラを釣り上げた」と感じたと話します。量産化技術の確立に取り組み、この5年で100万セルものリチウムイオン2次電池を市場に送り出してきた小関さんですが、「まだまだホッとはできません。達成感に浸れるのは、自動車に載ったバッテリーが15年間事故を起こさず、交換も不要だったことを見届けたときでしょう」と冷静に語ります。

face02@2x.jpg

日立ビークルエナジー株式会社
小関 満 設計開発本部 副本部長

なるほど基礎知識


図1は、リチウムイオン2次電池における充電・放電の原理を示しています。リチウムを含む酸化物の正極(プラス極)と、カーボンの負極(マイナス極)の間は、電解液に浸かったセパレーターと呼ばれる高分子微孔膜で仕切られています。リチウムイオンは、充電時には正極から負極へ、放電時には負極から正極へ流れます。電気を帯びたリチウムイオンが行ったり来たりすることで、電気を蓄えたり、使ったりすることができるのです。

電池が持つ性能を表すには、電池1kg当たり何W(ワット)出せるか、つまり瞬発力を示す「出力密度(W/kg)」と、電池1kg当たり何Wの出力を何時間出し続けられるかという持続力を示す「エネルギー密度(Wh/kg)」が用いられます。

リチウムイオン2次電池は現存する電池の中で最も高い作動電圧を有し、鉛蓄電池やニッケル水素電池に比べて、高い出力密度とエネルギー密度を持つことが特長です。

鉛蓄電池(1859年発明)→ニカド電池(1964年国内量産化)→ニッケル水素電池(1990年量産化)→リチウムイオン2次電池(1991年量産化)と、次第に出力密度、電池容量の大きな電池が開発され、様々な製品で使用されるようになってきました。

left04@2x.jpg

図1 リチウムイオン2次電池の原理

left05@2x.jpg

図2 各種2次電池(充電して何度でも使える電池)の特性

アンケート

お読みいただきありがとうございました。
ぜひともアンケートにお答えいただき、
お読みいただいた感想をお聞かせください。
いただいた感想は、
今後の連載の参考とさせていただきます。

Top