NEDO Web Magazine

ロボット・AI・福祉機器

福祉用具実用化開発推進事業

歩きやすさを求めて
まったく新しい短下肢装具の開発

川村義肢株式会社

取材:October 2010

INTRODUCTION 概要


「固定」から「機能を補う」へ

高齢化に伴い、脳卒中などが原因で片麻痺を患う人が増えています。片麻痺者の不自由な足を補助するために、足首を固定する短下肢装具が昔から使われてきました。しかし最近、片麻痺者が歩きにくいのは、すね(脛)の筋力が上手く使えないためとわかってきました。義肢装具製作会社最大手の川村義肢株式会社は、NEDO「福祉用具実用化開発推進事業」の助成を受けて、このすねの筋力を補う機能を持つ新しい短下肢装具"ゲイトソリューションデザイン(Gait Solution Design)"を開発しました。ゲイト(Gait)とは、英語で「歩行」の意味です。この装具を使うことで、これまで難しいとされてきた歩行の改善ができるのではないかと注目され始めています。

BIGINNING 開発への道


高齢化社会に求められる片麻痺者のQOL向上

2006年度の厚生労働省「身体障害児・者実態調査」によると、18歳以上で手足に障がいをもつ「肢体不自由」の人は、調査のたびに増えていて約176万人と推定されています。そのうち、脳血管障害が原因で肢体不自由になったケースがもっとも多く、14.4%に上ります。今後の高齢化社会を考えると、肢体不自由者のための、より良い装具の開発やリハビリ方法が必要となるでしょう。

片麻痺は脳の障がいにより、体の片側の手足が不自由になる症状です。片麻痺者の不自由な足は、リハビリをしても、なかなかつま先が上がるようにならないので、歩行の際につま先が地面に引っかかってしまいます。これを防ぐために、足首を固定するタイプの短下肢装具をつけるのが一般的です。川村義肢でも、足首を固定する短下肢装具を50年以上作り続けてきました。

今から10年ほど前に「足首を固定していいのだろうか?」と疑問を投げかけたのが、国際医療福祉大学大学院の山本澄子教授でした。歩行分析の専門家である山本教授はこれまでに、数百の健常者や片麻痺者の歩き方を分析してきました。その結果、片麻痺者のつま先が上がらないのは、かかと(踵)がついたときのすねの筋肉(前脛骨筋)によるブレーキの力が足りないからだと気付きました。そのために、麻痺側の足を地面についているときに体の重心が十分にあがらず、効率の悪い歩行となってしまいます。そこで山本教授は、このブレーキ力を補うような装具をつくろうと考えたのです。

歩行を補助する機能をもった短下肢装具の開発

山本教授は最初に、ある義肢装具製作会社を訪ねました。そこで、アキレス腱からふくらはぎにかけての部分にバネを搭載し、バネの力によってブレーキの力を補う短下肢装具を試作しました。かかとをついた後のつま先を下げる動作を正しく行うために足首が動かせるようにつくられた装具は、従来の足首を固定する装具とは全く異なる概念です。

バネに前頸骨筋の代わりをさせるという発想はなかなか良く、中には歩きやすいと評価する利用者もいました。しかし、バネではかかとをついた瞬間に最大の力を出すという理想までは実現できませんでした。また、大きく突き出したばね部分が大きく、利用者が履きたいと思えるようなものではありませんでした。

限界を感じた山本教授が、この試作品を持って次に訪れたのが川村義肢でした。川村義肢は義肢装具製作の最大手。果たして従来の常識を覆す短下肢装具の開発を受け入れていただけるだろうか?山本教授にとってもこの依頼は、大変勇気のいることでしたが、先代社長の川村一郎氏が快諾し、「歩行改善」を意味する「ゲイトソリューション」の開発が決まりました。ただ、この短下肢装具は全く新しいコンセプトのもの。自社のみの開発ではとてもリスクが高いと判断し、優れた技術や創意工夫のある実用的な福祉用具の開発へ支援を行っているNEDOの助成事業「福祉用具実用化開発推進事業」へ応募をしました。提案は見事採択、「ゲイトソリューション」の開発がスタートしました。

バネから油圧ダンパーへ

ゲイトソリューションの開発はまず、山本教授が求めるすねの筋力を出せる機構づくりから始まりました。かかとをついたときに最大の力を発揮するためには、バネではなくダンパーが適していました。より小さなものを求めて、さまざまな仕組みのダンパーを検討した時期が長く続きましたが、油圧式のダンパーほどの力を発揮するものがほかにないことがわかってからは、その小型化を目指した試行錯誤が行われました。そして、くるぶしを覆う程度の大きさにまで小さくすることができました。

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最初の試作機。バネ部分を油圧ダンパーに換えた。必要なブレーキ力を出すには、当初かなり大きな油圧ダンパーが必要だった。

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油圧ダンパーの小型化にようやく目処がついたゲイトソリューション試作機

入社以来ようやく手にしたものづくりのチャンスに一生懸命に取り組んできた安井さん。せっかく開発した製品を世に出すことができないことは耐えがたく、やっとのことで販売にこぎつけたと言います。

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販売に至った「ゲイトソリューション」、外側にあるくるぶしの部分にブレーキ力を発揮する小型ダンパーが組み込まれている

新しい製品を世の中に送り出すことの厳しさ

しかし、ゲイトソリューションの販売個数は月にたった10個程度。さらに追い討ちをかけるように、固定されていない足首部分が折れ、返品も相当数に上りました。この問題を解決するために製品化後も、しばらく部品の強度や形、材質の固さを上げる改良が続きましたが、それでもやはり、壊れて返品される状態が続きました。

結局、原因を探るうちに、強度ではなく使い方が違っていたことがわかりました。足首の固定されている装具では、装具の後部に寄りかかるように装具を使い歩いていたのです。足首の固定されていないゲイトソリューションでは、体重を後ろにかけるこのような使い方をすると、構造的に耐えることができず、そのことが使用者に充分伝わっていなかったのです。こうして返品の原因は解明されましたが、それでも販売個数が伸びることはありませんでした。

BREAKTHROUGH プロジェクトの突破口


履きたくなるデザインを実現するために

販売不振の大きな原因の一つは、小型化したとはいえ、まだ装具全体が大きく、靴が履きにくい上、見た目も悪いことでした。また、使う人が本当に求めている機能は何か、ということも、返品の原因を探る過程で分かってきました。そこで、2003年度~2004年度に2回目の助成をNEDOに申請、「履きたくなる装具」をテーマに、部材や機能、デザインの改良を行いました。それが、現在の「ゲイトソリューションデザイン」です。

まず、小型化を目指して油圧ダンパーの改良に取り組みました。開発当初は、ダンパーを小さく、調整域も大きくするため、クラッチとグリスを内包した回転型のブレーキを試作しましたが、十分なブレーキ力や性能を得ることができませんでした。

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様々な試作を繰り返したが実用に至らなかったクラッチ型ブレー

そうした試行錯誤の結果、元のダンパー型のブレーキを改良することになりました。見た目には「ゲイトソリューション」のダンパーと似ていますが、その内部構造を三次元的に工夫することで一新しました。それにより小型化に成功しただけでなく、同時にブレーキ力を、2Nm~20Nmまで無段階で調節できるよう、高機能化できました。

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(右)ゲイトソリューションデザインに装備された小型油圧ダンパー、(左)大胆に装具面積をそぎ落とした、ゲイトソリューションデザインの試作品

デザイン改良には外部デザイナーが参加しました。ただしデザイナーと言っても、単なる見た目の問題ではなく、装具の構造が分かることを条件に、チェアスキーやバイクのデザイナーが参加、継ぎ手を取り入れた、シンプルなデザインを目指しました。「義肢装具では、常に体に装具が触れているフルコンタクトが常識になっていて、それでは小型化や履きたくなるようなデザインは難しいと考えました」と安井さんは話します。

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開発チームで検討した結果、足を覆う面積を大胆に減らし、チタンフレームだけの構造とし、従来の装具やゲイトソリューションとは違ってすねで装具に触れるようにしました。そうしたことで、足本来の形を見せられるようになり、さらに、機能を損なわない範囲内で最大限かかとをなくして、普通の靴でも履きやすくなりました。また、装着を簡単にするためにフレームを前に倒れるようにするなど、細かな点も配慮しました。

「短下肢装具で、よくこんなゴールにたどり着いたなと思っています」と安井さんが言うように、ゲイトソリューションデザインはデザイン性と機能の良さが認められ、履きたいという人も増えました。今では月にゲイトソリューションとゲイトソリューションデザイン合わせて300個ほどが売れています。

「新しい道具を出すときには正しい使い方を伝える必要があること、そして何より福祉用具とは使ってみたくなるものでなければならないことを学びました」と今回の開発は、これからも福祉用具をつくり続けて行く安井さんに大事なことを教えてくれました。

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ゲイトソリューションデザインを着けたままで、ほとんどの靴を履くことができる

FOR THE FUTURE 開発のいま、そして未来


本当に必要な装具を提供したい

安井さんは言います。「福祉機器業界では研究開発に大きな資金を投じるのは珍しいことです。NEDOの助成がなければ、ゲイトソリューションもゲイトソリューションデザインも、そもそも研究開発を始められませんでした」

NEDOの1回目の助成期間には、短下肢装具に必要な機能をどのような形で実現するかをとことん探りました。2回目の助成では、世の中に受け入れられる装具にするためのブラッシュアップを行いました。こうして段階を追って、製品化ができたからこそ、「川村義肢でもその後の量産や販売を進めることができました」と安井さんは言います。

「ゲイトソリューションデザインが広く使われはじめたことで、この新しい装具に想定していた以上の歩行改善やリハビリ効果があるのではないかと思われる事例もでてきました。ゲイトソリューションデザインを履いて運動会で走ることができたと、感謝の手紙をいただいたこともあります。」

さらに、「従来型の短下肢装具が、その人がもっている歩行能力を制限しているかもしれない」と考える安井さんは、早くゲイトソリューションデザインのリハビリ効果を明らかにしようと、京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻リハビリテーション科学コースの大畑光司講師と共に臨床使用研究に取り組んでいます。

また今のリハビリの問題は、効果を評価するシステムがないことだと考えて、川村義肢では、歩きを簡単にモニターできる「ゲイトジャッジ」の開発も進めています。「リハビリの教科書にも、片麻痺者の足首は固定するものだと書いてあります。しかし私たちの研究開発からは、歩行には山本教授が注目した前脛骨筋の働きが大変重要で、この筋力さえ補えば多くの人が正しく歩けることがわかってきています」

ゲイトソリューションデザインには、リハビリの常識を書きかえる可能性も秘められているかもしれません。

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ゲイトソリューションデザインを着けたままで、ほとんどの靴を履くことができる

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ゲイトソリューション(赤線)と従来の装具をつけた場合(緑線)の重心の高さの違い

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「ゲイトジャッジ」システムの歩行分析画面

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ゲイトソリューションとゲイトソリューションデザインを合わせた販売数は300個/月。個人に合わせたオーダーメードだが、緊急性に対応できるよう、部品を共通化し、2~3日で使用者に届けられるようにしている

開発者の横顔


新しい装具の歴史、今からスタート

大阪府立工業高等専門学校時代には、毎年ロボットコンテストに出場していた安井匡さん。川村義肢の就職案内にあった「義足」が今後はロボットになると思い入社しました。しかし、最初の3年間は住宅改修部門の営業職。「入社以来、ずっとものづくりをしたいという思いを持ち続けてきたので、まったく知らない装具でしたが嬉しかったです」とゲイトソリューションの開発チームのメンバーとなった時のことを振り返ります。

安井さんの役割は、義肢装具士から営業職までさまざまなメンバーのいる開発チームと専門メーカ、デザイナや先生等、関連するすべての人の意見を合わせ"形"にすること。そこに自分のアイディアを足してワンランク上の"形"にすることを目指していて、片麻痺のことから、材料、油圧ダンパー、リハビリに至るまで何でも学びました。装具のことを何も知らなかったから、先入観なく必要と感じたことは何でも吸収できたと言います。

あれから10年、ものづくりへの情熱だけで突っ走ってきた最初と違い、装具を必要としている人たちに良いものを提供しなくてはという責任感が芽生えてきたと言います。住宅改修部門での多くの経験はいまとなっては非常に役に立っていると思っています。

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川村義肢株式会社
安井さん

なるほど基礎知識


私たちは、こんな風に歩いている

歩行は、一方の足から他方の足へと体重が移動することによって行われる動作です。片方の足に注目すると、足の一部あるいは全部が床面に接触している「立脚期」と、足が完全に床面から離れている「遊脚期」の繰り返しです。山本教授は三次元動作解析装置を使って、健常者や片麻痺者の歩行を解析しています。

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(左)健常者の歩行(左:両脚支持期/右:立脚中期)
(右)片麻痺者の歩行(左:麻痺側立脚期/右:非麻痺側立脚期)

上の二つの図は、3次元動作解析装置による歩行測定を表したものです。体の中央の赤い点は体の重心を表しています。健常者の場合、両脚支持期に重心が下がり、立脚中期に重心が上がるという動きを作り、位置エネルギーと運動エネルギーを効率よく変換しながら無駄の無い動きを実現しています。一方、片麻痺者の歩行は前傾姿勢で歩幅が狭く、麻痺側の足が床面に接地しているときに重心が十分にあがっていないことがわかります。

ではなぜ、麻痺側で重心が上がらないのでしょうか。山本教授は、健常者の重心が上下するメカニズムは、かかとが地面についた時に進行方向とは反対側に大きな力を発生させることで、進行方向への動きに対してブレーキ力を発生させることであるとつきとめました。当然、歩行中は進行方向へ慣性の力が働くと共に、後ろの足で前方へ力を出しているため、進行方向とは逆方向へブレーキをかければ重心が上方に上がるのです。

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踵が床面についたときに前脛骨筋がかけるこのブレーキ力は、正しい歩き方をするために重要な力です。健常者と片麻痺者の歩行を比較していた山本教授は、麻痺側の足の前脛骨筋が十分な力を発揮していないことに気付きました。

さらに、本来蹴る力があるはずの非麻痺側を使うことができない為、重心を上げることができず、結果として膝を突っ張ったり、逆に膝を無理に曲げて歩くというような効率の悪い歩行を作っていたのです。

そこで山本教授は、このブレーキ力を補うような装具をつくろうと考えたのです。

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