NEDO Web Magazine

環境問題対策

「希少金属代替材料開発」プロジェクト

ガラス研磨に欠かせないレアアースの使用量低減に成功
エポキシ樹脂製の研磨工具で生産効率も大幅向上

九重電気株式会社・立命館大学

取材:August 2013

INTRODUCTION 概要


レアアース使用量50%低減

「レアアース」(希土類元素)は、最先端の製造業には欠かせない天然資源ですが、産出国に偏りがあり、供給リスクが問題となっています。レアアースの一つ「セリウム」はガラス表面の研磨などに長年使われていますが、2010~2011年にかけて他のレアアース同様、セリウムの価格が高騰し、研磨産業に打撃を与えました。それ以前より、立命館大学と研磨工具メーカーの九重電気株式会社(神奈川県川崎市)の産学連携チームは、NEDOの「希少金属代替材料開発プロジェクト」に参画してガラス研磨におけるセリウムの大幅低減に取り組み、その技術確立と新しい研磨工具(研磨パッド)の製品化に成功しました。新しく開発された研磨パッドを使用することで、セリウムの使用量を半減することが可能になりました。この研磨パッドは2012年から製品化され、販売から1年あまりで10社以上からの新規採用があり、今後も採用が増える見込みです。

BIGINNING 開発への道


レアアース使用量低減を目指して

レアアースは、元素周期表の左から3列目、21番目のスカンジウム(Sc)と39番目のイットリウム(Y)の2元素と、57番目のランタン(La)から71番目のルテチウム(Lu)までの17元素のことを指し、テレビ、カメラ、携帯電話、自動車などの日本を支える様々な先端産業に使われています。一方で、これらレアアースはその全てを輸入に頼っており、またレアアースの生産量が特定の産出国に大きく依存しているため、価格高騰や供給枯渇などのリスクが想定されています。

そこで、国全体として、レアアースの調達先の分散化や使用量低減、代替材料・技術の開発に取り組んでいます。特にNEDOでは、2008年度より「希少金属代替材料開発」プロジェクト(2008~2015年度)を実施しており、先端産業に使われるインジウム(In)、ジスプロシウム(Dy)、タングステン(W)などのさまざまなレアアースを含む希少金属(レアメタル)について、代替材料の開発や、使用量低減技術の開発などを進めています(図1)。

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図1 わが国のレアメタル(希少金属)確保戦略において、「代替材料開発」と「リサイクル」をNEDOが担う

レアアース総需要量の約5割を占める「セリウム」

レアアース使用量低減の主な対象の一つが、「セリウム(Ce)」です。セリウムの酸化物である「酸化セリウム」は、液晶テレビや高性能カメラレンズなどのガラスを磨く能力に優れているため、ガラス研磨材として使われています。しかし、他のレアアースと同様、特定の産出国に供給を依存しているため、2011年9月のセリウム価格は、その1年半前の価格の約16倍にまで高騰しました(図2)。

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図2 レアアース金属価格の推移(セリウム・イットリウム・ネオジム)
出典:中国商務部資料、JOGMEC資料、レアメタルニュース資料より

セリウムはレアアースの総需要量の約50%を占めており、さらにその半分が研磨材に使われています。これらのセリウムの使用量を低減することができれば、資源の安定確保やリスク回避に大きく貢献することができます。さらには、従来よりも優れた研磨技術や工具を開発することで、レアアースの問題解決にとどまらず、ガラスやレンズを用いる先端産業のイノベーションにもつながる可能性があります。

このような考えに基づき、立命館大学理工学部の谷泰弘教授の研究チームと、ガラス研磨製品を開発・製造してきた九重電気は、NEDO「希少金属代替材料開発」プロジェクトに参画し、酸化セリウムの使用量を半減できる研磨技術の開発に成功しました。

エポキシ樹脂で、酸化セリウム低減を実現

研磨材の酸化セリウム使用量を大幅に低減するための鍵は「研磨パッド」の開発にあります。研磨パッドは、言わば歯を磨くときの "歯ブラシ"に当たるものです(なるほど基礎知識参照)。

立命館大学と九重電気の研究開発チームでは、パッドの素材をこれまでのウレタン製から、接着剤などの材料にも使われるエポキシ製に代えることを考案しました。

エポキシ製の研磨パッドには研磨材とよくなじむという特長があります(図3)。そのためガラス研磨の効率が高まり、同じ面積のガラスを磨く場合、研磨材の使用量を減らすことができるのです。エポキシ研磨パッドを使うことで、研磨材に酸化セリウムを使うときの使用量は半分で済むようになりました(図4)。少ない歯磨き粉でも、十分に歯が磨けるようになったのです。

九重電気は2012年4月、このエポキシ研磨パッド及びエポキシと従来のウレタンを混ぜて柔軟性を高めたエポキシ・ウレタン研磨パッドを発売、すでに10社以上で採用及び採用が検討されているほか、今後も様々な分野での利用拡大が期待されています。

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図3(左) 研磨パッドと研磨材のなじみ方の比較。開発したエポキシ製パッドは研磨材とのなじみが良く、30度の傾斜でも研磨材を保持している。
図4(右)従来のウレタン製パッド及び開発したエポキシ製パッドの研磨特性(研磨能率)の比較

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九重電気製の研磨パッド。エポキシ製、エポキシ・ウレタン製とも、用途に合わせ厚み、硬度、密度などを変えて10種類以上が用意されている

エポキシ研磨パッドの開発をやらないか

セリウムを極力使わないガラス研磨技術の開発。その原点には、谷教授の研究シーズがありました。谷教授はもともと、機械工具の研究をしていましたが、その関連で従来の研磨材(砥粒)を別の種類の粒子に保持させてガラスなどを研磨する「複合粒子研磨」と呼ばれる新技術の研究にも取り組んできました。その工具の材料として"研磨材との相性の良さ"という利点を持つエポキシ樹脂に着目していたのです。

谷教授は説明します。「ガラス研磨の基本は、研磨材を研磨パッド(工具)でガラス表面に押し付けながら擦りあわせることで、研磨材(砥粒)がガラス表面の凸部分を平らにしていくようなイメージです。研磨パッドに対して研磨材のなじみをより良くするような材質があれば、研磨材を長く保持することができて、研磨材の使用量を抑えると同時に、生産効率も上げることが可能です」(図5,6)

しかし、エポキシには固くてもろく、使っているとすぐ摩耗してしまうという難点もありました。そこで谷研究室では実験と改良を重ねることで、エポキシ製研磨パッドを軟らかくし、摩耗を大幅に低減させることに成功しました(ブレークスルー この技術にフォーカス 参照)。

これにより、エポキシ研磨パッドを利用できる可能性が出てきました。ただし、工業製品として実用化するためには、大型化と工業製品としての安定性を高める必要がありました。

そこで谷教授は、ウレタン製研磨パッドの製造で実績のあった九重電気に「エポキシ研磨パッドの開発を一緒にやらないか」とNEDOプロジェクトでの共同研究を持ちかけたのです。

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図5 ガラスの研磨加工法。研磨パッドが研磨液に含まれる研磨材(砥粒)を保持してガラス表面を磨く

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図6 ガラスの研磨メカニズム(左から右へ)。ガラス表面にできた水和層の凸部を砥粒が削ることで平滑に仕上げていく

お誘いを断るはずありません

研磨技術は産業分野のあらゆる場面で利用されているにもかかわらず、学術的な研究は少なく、未だ解明されていない現象も多くあります。そうしたなか、谷教授は数少ない研磨技術の研究者として、広く深い知見と独創的な発想力で知られていました。

実は、九重電気は講演会や研究会などを通して谷教授との知遇を得て、いつか共同開発を実現したいと願っていましたが、なかなかその機会に巡り会うことができませんでした。そんなところへ舞い込んだのが、NEDOプロジェクトでのエポキシ研磨パッド開発の話でした。

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立命館大学谷教授の研究室にある両面研磨機

同社化成品部の野村信幸課長は、「谷先生のご説明では、基礎研究の成果はすでにあるとのことでしたので、それを世の中に普及させるため製品化を実現することは、メーカーとして当然の役目との思いで共同研究に参画しました。また、ずっと待ち続けてきた谷先生との共同研究の機会ですから、お誘いを断るはずもありませんでした」

こうして2009年、NEDO「希少金属代替材料開発プロジェクト」の一つとして共同研究開発が始まりました。この共同研究開発には、立命館大学と九重電気の他、研磨材を製造している株式会社アドマテックス、超精密研磨加工などを行っている株式会社クリスタル光学も参画しました。

プロジェクトチームは、研究開発目標として、「精密研磨向けセリウムの使用量を現状から30%以上低減する技術の開発」を掲げて共同研究開発に取り組みました。その結果、これまで紹介してきた通り、セリウムの使用量50%低減での研磨を実現しました。更に、ガラスの材質によっては、酸化ジルコニウムを砥粒として用いることで、セリウムを使用しないで、従来と同等のガラス研磨の実証にも成功しています。

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上部の管状の部分から砥粒が送り込まれ、上下のパッドでガラス工作物の両面を同時に削る。エポキシパッドを装着した研磨装置

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パッドに均質に絡んだ砥粒が工作物のガラスを磨いていく

BREAKTHROUGH プロジェクトの突破口


これまで誰も使わなかった材料に着目

エポキシ研磨パッドの実用化までには、当然ながらいくつもの技術開発の壁とそれを乗り越えるブレークスルーがありました。

まず一番最初に挙げるべきブレークスルーは、なんと言っても、これまで誰も目を付けていなかった「エポキシ樹脂」を研磨パッド材料として選定した谷教授の目利き力です。エポキシ樹脂は、橋梁の耐震補強やコンクリート補強など、一般的には硬い素材として利用されています。谷教授は、「エポキシ樹脂の持つ高い親水性に注目していました」と言います。

九重電気の野村さんは、「エポキシ樹脂は硬くてもろいため、研磨パッドに向かないというのが定説でした。まさかエポキシ樹脂で研磨パッドを作るとは、正直驚きました」と当時を振り返って語ります。同社は長年、ウレタン製研磨パッドを製造してきましたが、エポキシ樹脂でパッドを作るという試みも発想もありませんでした。

しかし、開発当初はエポキシ樹脂をそのまま研磨パッドに用いてみても、やはり硬い素材では摩耗が激しく、研磨に適した性能は得られませんでした。そこで、樹脂の種類や製造条件の検討を重ねることにより、研究室での試験レベルにおいて、高い耐摩耗性を持つエポキシ研磨パッドの開発に成功しました。

硬くてもろい性質があったエポキシ樹脂を研磨パッドの材料に選ぶという、それまでの研磨業界の常識では考えられない発想が、イノベーションの最初の一歩となりました。ここから、研究室レベルでの成果を、量産レベルに発展させるための谷教授と九重電気の共同研究が始まります。

量産化への三つの壁を克服

量産化への最初の壁は大型化でした。量産・製品化するためには、研究室での試験レベルのサイズから、工場での量産レベルのサイズまで製造規模を拡大をしなければなりません。

谷教授の研究成果を受け、九重電気はもとの液体状のエポキシ材料から1辺500mm、厚さ10cmのエポキシ樹脂の塊の成型を試みました。

ところが、実際に行ってみたところ、塊の上層だけはうまく発泡するものの、下層は発泡しないという、樹脂特性に大きなばらつきが出てしまいました。大型化を行う場合、製造条件を大幅に見直す必要がでてきたのです。

量産化を目指していた同社化成品部の望月隆弘係長は、「硬化するまでの時間を適性にすることがポイントだったのですが、硬化時間の重要性に気がつくまでに、何度も試行錯誤を繰り返しました」と語ります。

試作を繰り返しているなかで、硬化時間が遅いと発泡層(上層)と樹脂層(下層)がはっきり分かれてしまうことがわかってきました。谷教授チームによる予備実験結果なども踏まえながら、製品サイズに最適な硬化時間の検討に取り組みました(図7)。

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図7 研究室の製造条件で、量産用にスケールアップしてエポキシ樹脂を硬化させると、樹脂特性のばらつきが発生してしまった

また次なる壁は、成形した樹脂の縮みへの対応でした。1辺500mmで成型された樹脂は、成型後に1割弱ほど縮んでしまうこと、さらには硬化条件が適切でないと縮みはどんどん大きくなることが明らかとなりました。

望月係長は、「ウレタン製研磨パッドを成型するときにも確かに縮むことがありましたが、エポキシ樹脂のほうがより条件設定がシビアでした」と話します(図8)。

この“縮み”問題に対しては、混合条件の設定、添加剤の選定、そして硬化条件の設定といった様々な工程を最適化することで解決しました。特に硬化するまでの時間と温度設定の最適化により、縮みを最小限に抑えることに成功しました (図9)。

最後の壁は、最適な加工条件の探索でした。厚さ10cmのエポキシ樹脂の塊を、製品化のために1.5mmや0.5mmの薄いシートに切り出す工程において、割れや破損が発生してしまったのです。「シートは瞬時に切り出せるものではありません。1枚ずつ切っていく間に温度が変化するなどして、加工条件がどんどん変わってしまうのです」(望月係長)。

この問題に対しても、切削刃の角度やスピード、また樹脂の設定条件などを調整して、割れや破損がないように切り出す最適条件を見出しました(図10)。

これらの地道な条件検討の繰り返しにより、樹脂特性のばらつき、樹脂の縮み、切り出し時の割れ、といったエポキシ研磨パッド量産化の問題を解決することができました。

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図8 硬化条件が適していないと収縮が起きるが、条件の最適化で収縮はほぼなくなった

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図9 樹脂特性のばらつきや収縮を抑えるための改善点を一つずつ見つけ出し、樹脂特性の均一化に成功

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図10 加工条件が適していないと割れや破損が生じるが、刃の角度、スピード、樹脂の設置条件などの改善で割れや破損なくシート状に切り出せるようになった

ウレタンとの組み合わせでさらに軟らかく

ブレークスルーとして注目すべき点は、もう一つありました。量産化への目星がついたエポキシ研磨パッドに、従来の研磨パッドの原料であったウレタン樹脂を配合し、パッドをさらに軟らかくする工夫をしたのです。

エポキシ樹脂のみを用いた研磨パッドも製品化レベルの性能まで達していましたが、それでもエポキシ樹脂パッドを加工するのは難しく、また、パッドを強く曲げると割れてしまうことがありました。

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エポキシ・ウレタンパッドでは高い柔軟性も実現した

そこで、もともとエポキシ樹脂より軟らかいウレタン樹脂を、エポキシ樹脂に配合したのです。谷教授は、「エポキシとウレタンがよく混ざるよう、発泡剤を変えてみました。エポキシ・ウレタン研磨パッドの方が、樹脂にできる気泡が小さく均質になりました。樹脂にできる孔が小さくなったことで、研磨特性もさらによくなりました」と言います。

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エポキシパッド(左)とエポキシ・ウレタンパッド(右)の表面。エポキシ・ウレタンパッドの方が、気泡が細かく均質なことがわかる

こうした努力の積み重ねにより、エポキシ研磨パッドとエポキシ・ウレタン研磨パッドは、製品化にまで至ったのです。

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直径1,200mmの大型エポキシ製研磨パッド。左が谷教授、右が野村さん

FOR THE FUTURE 開発のいま、そして未来


“NEDOプロの成果”で顧客が振り向いた

工業化に向けた研究開発は、NEDOプロジェクトの期間中に行われたものです。まさに、NEDOプロジェクトにより製品化への課題が克服されたわけです。

谷教授は、NEDOプロジェクトでの取り組みをこう話します。「プロジェクトでは自由に研究開発をさせていただきました。当初の目標は酸化セリウム使用量30%低減でしたが、そこから成果は大きく進展しました。研究は、進めていくうちに状況が変わり、方向性を修正するのは日常的なことです」

また、谷教授は、「社会に新しい技術を知らせるという点でもNEDOプロジェクトは効果的だった」と言います。「研究機関や開発企業だけではできない、国際ナノテクノロジー展や各種展示会におけるNEDOブースでの技術紹介、また、NEDOからの記者発表などの広報支援も、プロジェクト進展には見逃せないものがありました」

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nano tech 2013 第12回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議の様子

一方、製品化を果たした九重電気化成品部の篠塚健部長は、「このNEDOプロジェクトに参画しなければ、弊社単独では酸化セリウム使用量の大幅低減といった研究開発テーマには取り組めなかったと思います」と話します。

さらに篠塚さんはNEDOプロジェクト参画の意義を次のようにも語ります。「もし仮に、独自で研究開発をして製品化できたとしても、それだけでは商談や契約まで行き着けたかどうかはわかりません。ユーザー企業に対してサンプルをテストしてもらうだけでもハードルが高かったと思います。やはり、NEDOプロジェクトでの成果だということで、従来からのお客様にも、また新しいお客様にも、興味を持って製品の特長や先進性に耳を傾けていただき、注目していただいています」

性能向上と普及の取り組みは続く

九重電気では、ガラス研磨の工程を持つ各企業にパッドのサンプルを提供し、新しい研磨パッドの試用を依頼しています。とりわけ、研磨材に酸化セリウムを使いながらも、ガラス研磨の性能面で限界を感じていた企業などが大きな興味を示しているとの話もあります。

2013年8月現在で、サンプルを受領した10社以上の企業から、採用決定や採用検討を行うという、高い評価を得ることができました。サンプル提供先の企業からは、「仕上げ面粗さがよい」「形状精度がよい」「作業時間短縮にもつながる」「研磨効率が高いのでコスト低減につながる」といった声が上がっています。

製品化以後も、九重電気や立命館大学は、研磨パッドのさらなる性能向上に取り組んでいます。具体的には、研磨パッドの気泡の大きさをより改善して、研磨の効率をさらに高めることや、パッドの温度変化による変性をより小さくすることなどです。

今回のプロジェクトの成果で生まれたガラス用研磨パッドは、レアアースの価格変動や供給不足のリスクを回避し、さらに従来よりも性能や効率で優れた面を持っています。レアメタル供給リスクというピンチをチャンスに変えたNEDOの研究開発プロジェクトの好例と言えるでしょう。(2013年7月取材)

開発者の横顔


研磨技術を磨き上げる開発者たち

究極の研磨工具の実現を目指す

谷泰弘教授は、日本でも数少ない研磨技術の研究者。もともとは、砥石や研磨テープなど研磨材(砥粒)を研磨工具本体に固定させて研磨を行う「固定砥粒工具」を研究対象にしていました。東京大学生産技術研究所教授を経て、2006年から現職に就いています。

「近ごろは、研磨パッドの種類が多すぎる点に疑念を抱くようになってきました。また、長年使用されている工具について、まだまだ研究開発を行う余地が多く残っていることに驚いてもいます。どんな研磨にも通用するような、究極の研磨工具の実現を目指しています」

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立命館大学
谷教授

研磨の奥深さを実感

谷教授とともに研究を進める村田順二助教は、もともとは半導体基板の加工を研究対象にしており、2010年に立命館大学に赴任して初めて、研磨技術の研究に着手しました。「着任当初は、研磨に関する知識はほとんどありませんでしたが、これほど実用化に近い研究をやっていることにまず驚きました。今では、研磨に関する研究の奥深さを実感しているところです。」と語ります。

また、立命館大学での研究について、「支援人材や体制がしっかりしているで、研究に専念しやすい環境です」と話します。

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立命館大学
村田助教

エポキシへの挑戦で視野が広がった

九重電気化成品開発課課長の野村信幸さんは、大学で有機合成を学び、入社以来、ウレタン研磨パッドの製造と開発に主に取り組んできました。

「長らくウレタン材料を扱ってきたなかでの今回のエポキシ材料への挑戦。セリウムとウレタンというガラス研磨の組み合わせは、もう何十年も業界の常識だったので、それ以外の組合せを考えてみること自体に驚かされました」

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九重電気株式会社
野村さん

研磨の知識が浅かったことが逆によかった

同じく化成品開発課の係長である望月隆弘さんは、入社以来、九重電気の別製品の開発をしてきました。ガラス用研磨パッドの開発は、未経験の分野での新たな取り組みでした。

「プロジェクト自体にも途中参加で、最初はとんでもないところに来たと思いましたが、むしろ研磨についての知識が浅かったことで、研磨パッドはウレタン、という常識もなく、そのあたりは逆に研究開発を進める上では、固定概念に囚われずに良かったのではないかと思っています」。

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九重電気株式会社
望月さん

画期的なこの製品をシェア拡大の足がかりに

篠塚健さんは九重電気取締役と化成品部長を兼任しています。研磨パッドを製造している同社の伊勢原事業所長でもあります。これまでは営業活動などで製品使用者と長らく接してきました。

「カメラレンズの関係などでは、一体成形で高精度の研磨が必要のないスマートフォンなどの台頭により、研磨の需要は縮小気味です。でも今回は、久々に画期的な新製品を開発できたので、この製品を足がかりに市場でのシェアを拡大していければと思っています」。

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九重電気株式会社
篠塚さん

なるほど基礎知識


ガラスの研磨とは、歯磨きのようなもの

液晶テレビのディスプレイや高性能カメラのレンズなどに使われるガラスの表面は、凹凸をなくし、きれいに均質に磨き上げる必要があります。

表面が粗いと、ガラス表面が白っぽくなり透明度が悪くなる、または、光を一点に集めるレンズの機能が失われるなどが生じるため当たった光が散乱してガラス表面が白っぽくなり、光を透過させるという本来の目的が失われてしまうからです。

また、レンズでは、光を一点に集める必要がありますが、表面が粗いとそれもできなくなります。これらのことから、ガラスの表面をより均一に磨き上げることが重要です。

立命館大学理工学部の村田順二助教は、「ガラス研磨は、歯磨きに似ています」と説明します。 歯にあたるものはガラス。歯みがき粉にあたるものは酸化セリウムなどの研磨材。そして、歯ブラシにあたるものが、今回、研究開発の対象となった「研磨パッド」です。

歯磨き粉(研磨材)が歯ブラシ(研磨パッド)になじめば歯(ガラス)をよく磨くことができます。歯ブラシ(研磨パッド)から歯磨き粉(研磨材)がすぐに落ちてしまうようでは歯(ガラス)の汚れを落とせません。つまり、研磨材が研磨パッドになじめばガラス表面をよく研磨することができるのです(図11)。

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図11 ガラスの研磨加工を歯磨きに例えると、歯をよくみがく(ガラスを効率よく研磨する)には、歯みがき粉(研磨材)がよくなじむ歯ブラシ(研磨パッド)が大切

NEDOの役割

「希少金属代替材料開発」プロジェクト

このプロジェクトがはじまったのは?

希少金属(レアメタル、レアアース)は、わが国の産業分野を支える高付加価値な部材の原料であり、近年、特にその需要が拡大しています。しかし、途上国における需要拡大、希少性、代替の難しさ、また特定の産出国への依存度の高さから、わが国の中長期的な希少金属の安定供給確保への懸念が2000年代後半から顕在化してきました。2006年6月、政府は、①探鉱開発の推進、②リサイクルの推進、③代替材料の開発、④備蓄の四本柱を基に、「非鉄金属資源の安定供給確保に向けた戦略」を策定しました。

NEDOは2006年度から定期的に「希少金属のリスク調査」を実施し、鉱種毎の潜在的な供給リスク等を考慮しつつ、研究開発課題の対象鉱種を決定しました。2008年度に実施したリスク調査にて選定された鉱種の1つがセリウムでした。ここからプロジェクトが開始されました。

プロジェクトのねらいは?

本プロジェクトでは、インジウム、ジスプロシウム、タングステン、白金、セリウム、テルビウム、ユウロピウム、イットリウム等の希少金属の使用量低減や代替材料開発を目標としています。なかでも、精密研磨材として長年使用されてきたセリウム(酸化セリウム)は、フラットパネルディスプレイ(液晶テレビ等)のパネルガラスやパソコン用ハードディスクドライブ内のガラスディスクの研磨材として用いられており、わが国は世界最大のセリウム消費国と言われてきました。わが国におけるセリウム需要の5割以上は研磨材向けで、その消費量は2007年には 9,000t(酸化物換算)と推計されました。セリウムは生産地が特定の国に偏在しているため、将来の需要拡大による供給不足などが心配されました。実際、2010年から2011年にかけてセリウムの価格は前年比約16倍の暴騰を見せました。

そこで本プロジェクトでは、精密研磨工程での酸化セリウムの使用量30%以上低減を目標に研究開発を開始しました。具体的には、(a)従来と同等以上の研磨特性を維持しながら酸化セリウムの成分比を30%以上低減した研磨材を開発すること、(b)従来と同等の酸化セリウムの使用量で研磨効率を40%以上向上させることの二つを目標として、立命館大学の谷教授の提案する「複合粒子研磨技術」の概念に基づき、新たな研磨技術、研磨特性を向上させる研磨パッドの研究開発を行いました。研磨パッドメーカーの九重電気では立命館大学と産学連携の研究開発を進め、2012年に従来のウレタン原料の研磨パッドに代わり、エポキシ原料の研磨パッドを実用化、販売を始めました。同研磨パッドを使用すると、セリウムの使用量を半減できるだけでなく、代替材料のジルコニウムでも従来以上の精密研磨が可能なことが確認されています。

NEDOの役割は?

希少金属は、わが国が得意とする先端産業の製品に不可欠で、今後も情報家電、電池、モータ等の分野で世界的な需要拡大が見込まれています。わが国の産業競争力向上に重要な希少金属については、「代替・使用量低減技術の開発」「成果の早期実用化」を推進する必要があります。こうした研究開発は、社会的必要性が高い国家的課題で、開発リスクが非常に高いこと、高度な技術開発が求められることなどから、民間企業や研究機関単独の努力に頼るのではなく、NEDOが財政的支援および、複数の企業や研究機関を結ぶプロジェクトマネジメントについて支援を行う必要がありました。

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