材料

非可食性植物由来化学品製造プロセス技術開発

国際的な特許を取得した独自の生産技術により新素材の製品化を達成

日立造船株式会社、大阪大学

取材: August 2018

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非可食性植物由来化学品製造プロセス技術開発

国際的な特許を取得した独自の生産技術により新素材の製品化を達成

日立造船株式会社、大阪大学

取材: August 2018

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非石油由来原料のバイオポリマーにより地球温暖化問題解決に貢献

日本国内ではプラスチックなど多くの化学品が石油由来の原料から製造されています。そのため、CO2排出量増大がもたらす地球温暖化問題や、将来予想される石油の枯渇リスクに対応するため、化学産業は非石油由来原料への転換が求められています。また近年、世界的に深刻化しているプラスチックごみ問題を解決するためにも、自然界で分解される新たな代替素材の開発が急務となっています。このような社会的ニーズに応えるため、日立造船株式会社と大阪大学の共同研究チームは、NEDOプロジェクトを通じて、食用ではない植物由来原料である杜仲(トチュウ)の種子から、硬い樹脂状の成分を持つ「トランス型ポリイソプレン(TPI)」を抽出し、耐衝撃性や高延性を持つ高機能バイオポリマー「トチュウエラストマー®」の製品化に成功しました。今後、多岐にわたる製品への活用が期待されています。


新素材開発の始まりは「健康茶事業」

「トチュウエラストマー®」開発の原点は、日立造船の杜仲茶事業でした。日立造船が、なぜまったく畑違いの事業に手を出したのか。その理由は、1985年のプラザ合意がもたらした円ドルレートの急激かつ大幅な変動による深刻な不況にありました。日立造船は状況打開のため、事業の多角化を図り、さまざまな新規事業開発に乗り出します。ちょうどこのタイミングで、日立造船に入社したのが、現在は大阪大学大学院工学研究科特任教授であり同大学内のHitz協働研究所所長を兼任する中澤慶久さんでした。

「とにかく、事業になりそうな案件であれば全てやってみる。そんな中で、ある取引先から持ち込まれたのが、杜仲の葉を原料とする健康茶事業だったのです」(中澤さん)

1989年に発売された日立造船の杜仲茶シリーズは順調に売り上げを伸ばし、1994年にはテレビ番組をきっかけに人気に火がつき、杜仲茶の生産に原料供給が追いつかなくなります。日立造船は中国での杜仲茶生産に乗り出し、事業はさらに拡大します。そして、1997年には杜仲茶の機能性成分がトクホ(特定保健用食品)の表示許可を受けてヘルスケア事業に発展しました。

ところが、日立造船はここで事業の選択と集中を図ることになり、杜仲茶事業は2003年に小林製薬株式会社に事業譲渡されました。

大阪大学小林教授との出会い、そしてNEDOプロジェクトへ

杜仲茶事業が隆盛だった1997年に、後の事業展開につながる運命の出会いがありました。それが大阪大学の小林昭雄教授(現・名誉教授)との出会いです。その際、中澤さんから杜仲がガッタパーチャ(天然ゴムの一種)に似た成分を持つことを聞いた小林さんは、大きな興味を持ちました。

通常の天然ゴムの分子がシス型のイソプレン構造を持つのに対して、ガッタパーチャは、トランス型のイソプレン構造であり、工業用原料としての適性に富んでいたのです(「なるほど基礎知識」参照)。しかし、ガッタパーチャが得られる資源は、既に枯渇していました。

「小林先生とお会いしてから2カ月後に、私から大阪大学の先生の研究室を訪ねました。実は早い段階から杜仲が持つ別の可能性に気づいていました。杜仲茶の製造過程で黒く炭化した成分が溜まることがあり、これがポリマーの焦げたものだったのです。先生は研究者として、ポリマーが植物の中で作られるメカニズムに強い関心を持たれたので、何とかしてそのメカニズムを解明したいという話で盛り上がりました」(中澤さん)

そんな折、1999年、NEDOの植物系国家プロジェクトである「植物機能改変技術実用化開発」プロジェクトがスタートすることを知り、杜仲が持つポリマーの研究について応募したことで、日立造船と大阪大学の共同研究が始まりました。

共同研究を進める中、日立造船の杜仲茶事業譲渡後の2005年、大阪大学との産学連携として、中澤さんは日立造船に籍を置いたまま同大学に研究拠点を移します。これにより杜仲の素材研究と開発に全力投入できる態勢が整い、研究に弾みがつきました。

写真1 「トチュウエラストマー®」(奥)と杜仲の種⼦

古くて新しいトチュウのポリマー研究

杜仲は1881年に、イギリス人のプラントハンターによって中国の長江流域で採取されました。イギリスでの研究により、杜仲の中に樹脂成分が含まれていることが判明。これがガッタパーチャに似たゴムでした。当時は、天然ゴムに欧米列強の関心が集まっていた時代でした。

日本では、1900年頃に中国で採集した杜仲の木を、当時の林業試験場が外国樹種見本園をはじめとして国内各地で栽培します。1920年頃には工業原料としての杜仲の可能性に当時の逓信省(現:総務省)が目をつけ、海底ケーブルの被覆材料としての研究が始められましたが、戦況の悪化によって1940年頃には中止されてしまいました。

そしてその後半世紀余り、杜仲のポリマー成分は、完全に忘れ去られた存在となっていました。工業原料としての杜仲の研究に取り組む人は世界のどこにもいなかったのです。


産学連携の本格化により、研究が一気に加速

2005年、大阪大学に拠点を移した中澤さんは、50m2のこぢんまりした研究室を構え、NEDOの支援を受けて研究員3名を加えた4名体制で基礎研究に本格的に取り組み始めました。

それまで企業内で研究に取り組んでいた中澤さんにとって、大学における本格的な研究は「技術の深度化」が違うと語ります。深く掘り下げた上で完成した技術は、ベースががっちりと固まっているので抜群の安定感があるのです。そのため生産段階に入って何らかのイレギュラーが起こった場合でも、その原因を分析できるので対処可能です。

「企業内での研究では、どうしても利益が優先されます。いつ完成するのか、どれぐらいの利益をもたらすのか、といった質問を常に突きつけられます。もちろん大切な要素ではあるのですが、バイオ関連の研究にはどうしても時間がかかります。そもそも畑を作るところから始めなければなりませんし、企業で求められる3年単位では成果といえるようなものは出せません。最低でも10年ぐらいの時間が必要です」(中澤さん)

優れた特性を持つバイオTPI

中澤さんたちは、基礎研究からスタートし、まず成分分析技術の開発に取り組みました。これによりゴム成分の解析技術や生合成中間体の解析技術が確立されました。この技術を使って杜仲から採取されたポリマー成分の分析が行われ、採取部位によってゴム産生能や分子量に違いのあることが明らかにされました。

杜仲に含まれるTPI(トランス型ポリイソプレン)は、光合成により杜仲の生体内で合成されます。この杜仲のTPI(バイオTPI)は化学合成によるTPIよりも分子量が1ケタ多く100万を超えるのが特徴です(図1)。杜仲の果皮をちぎると、白色糸状の物質を見ることができます(写真2)。

「この杜仲のTPIを精製して作られる機能性新素材『トチュウエラストマー®』は、高分子量、低温可塑性、耐衝撃性、高延性などの優れた特徴を備えています。安全性についても確認済みで、細胞毒性、皮膚刺激性、皮膚感作性などはありません。資源枯渇したガッタパーチャの代替品としての用途が見込めるだけでなく、既存ポリマー同等の力学特性(引張、破断、曲げ、硬度等)を持ち、耐衝撃性に優れたバイオポリマーとして多様な用途での活用が期待されます」と、中澤さんは産業素材としての可能性を語ります。

図1 化学合成TPIとバイオTPIの分子量分布の比較(資料提供:Hitz協働研究所)

写真2 杜仲の種子に含まれる白色糸状の物質がTPI(トランス型ポリイソプレン)

写真3 杜仲に含まれるTPI分子量分布の測定装置(左)、化粧品等の基礎材料の調製室(中央)、材料を圧延する装置(右)

生物的腐朽分解法の開発と挫折

十分な基礎研究の成果を得た上で、次に取り組んだのは杜仲のTPI量産化技術の確立です。まず杜仲の器官別にTPI含有量を調べた結果、最も多いのが種子であることが判明します。種子は1年かけて形成される、持続的に生産可能(供給可能)な原料です。そこで種子を採取し、これを原料としてTPIを抽出する技術開発がスタートしました。

「我々が開発したのは、『生物的腐朽分解法』です。木材腐朽菌という微生物の力を応用します。微生物がTPIを抽出するため温度管理はわずかで済み、熱エネルギーはほとんど不要です。生産設備を小型化できる上、連続運転の必要もありません。従来の溶媒法に比べて、生産コストを抑えられ、環境負荷も少ない理想的な抽出法です」(中澤さん)

2008年度からこの生物的腐朽分解法についての研究開発を、NEDOの海外協力プロジェクトを通して中国にて行いました。

杜仲から採取した種子の前処理を行い、腐朽場で腐朽させ、洗浄し乾燥させた製品を出荷。製造プラントで発生する残渣は有機肥料として、杜仲の栽培に使います。こうして開発された一連の生物的腐朽分解法は、木材腐朽菌を利用したバイオエンジニアリングと水洗による製造法として確立しました。この製造フローに基づいた生産基地が2008年12月に中国に完成。2009年3月に腐朽を開始し、年末までの間に15tを生産しています。

「ところが、いよいよ量産に乗り出そうという段階になって、販売先として交渉していた化学メーカーから、この材料では製品化が難しいという指摘を受けました」(中澤さん)

製造工程で木材腐朽菌という生物が絡んでいるため、その品質が化学合成品よりも不安定で劣ると評価されたのです。「生物的腐朽分解法」ではリグノセルロースなどの残渣が出るため、これから亀裂が発生すること、分子量が低下すること、菌層などの自然変動の全容をつかめないことなどが問題とされました。

そのため、中澤さんは新たな生産技術の再検討を余儀なくされます。

自社開発による独自の量産技術を確立

「生物的腐朽分解法を使えないのであれば、有機溶媒を使った新たな方法を開発するしかありません。従来行われていたトルエン―アセトン法では、技術的な差別化はできません。プロセスを検討した結果、溶解と析出工程における温度管理に着目し、新たな手法開発に取り組むことになりました」(中澤さん)

トルエン―アセトン法では、最初に原料を溶解する工程で、高温でトルエンを使います。次工程で残渣を分離した後、析出する工程でも高温でアセトンを使うのです。しかしこの工程では、温度を上げると分子量が下がることや、トルエンやアセトンなどの毒性の強い溶媒を使用することの問題もありました。

そこで中澤さんが設定した課題は、次の2点でした。1つには溶解と析出を低温で行うこと。もう1点が毒性のない溶媒を使うことです。

「融点ぎりぎりぐらいの温度で溶解し、毒性のない安全性の高い薬剤を使う。それでいてリサイクルできる薬剤を探し始めました。薬剤候補は数千種類にのぼった中、戦略的に探査を進めた結果、半年ほどで最適な薬剤にたどり着いたのです」(中澤さん)

この薬剤を使えば、100℃以下の低温領域で溶解でき、残渣を分離した後に40℃ぐらいまで温度を下げるとTPIが析出します。プラント全体としてみたエネルギー収支は極めて良好で、コスト減が期待できます。また、新しい溶媒は液体なので操作が容易で、毒性もなく、化粧品など幅広い用途に展開が可能です(図2)。

溶媒コストがトルエンなどに比べると割高となるものの、リサイクル可能であり、トータルコストでみれば大きな違いはありません。さらに、大規模生産にも対応可能です。この独自開発した「同一溶媒法」という生産手法や生産プラントに関わる特許は、全て国際的なPCT(特許協力条約)で包括的に取得されています。

図2 従来法の「トルエン-アセトン法」と「同一溶媒法」の比較(資料提供:Hitz協働研究所)

写真4 中国山西省の約9万本の杜仲が栽培されている農園 (左)(写真提供:Hitz協働研究所)、日立造船舞鶴工場のパイロットプラント (右)(写真提供:Hitz協働研究所)

プラント技術の粋を集め量産化が実現

「同一溶媒法」での量産化に向けて、まず研究所内でビーカーを使った実験、いわゆるテーブルテストからスタートしました。ここで1Lぐらいまでの実験をして満足な結果が得られたので、次に日立造船の舞鶴工場にプレパイロット生産設備を作り、3kgのバッチ処理を行い、スケールアップに取り組みました。

「生産設備のスケールアップを行う場合には一般的に、量の増加が一定値を超えると実験とは異なる品質上の問題が発生します。この問題を解消するために、日立造船で長年スケールアッププラントの設計に携わってきたベテラン技術者の協力を得て、プラントのスケールアップ時に起こりうる問題点を全て解決することができました。現状の10倍、年産500tクラスのプラント製造がすでに可能です。杜仲の種子採取は年に1回だけですが、これを南半球でも栽培すれば、年に2回の種子採取ができます。そうなるとさらなる増産も視野に入ってきます」(中澤さん)

また技術面では、今回の生産設備で活用された「蒸留・膜分離溶剤回収システム」は、NEDOの別のプロジェクト(グリーン・サステイナブルケミカルプロセス基盤技術開発/規則性ナノ多孔体精密分離膜部材基盤技術の開発)を通して日立造船らのグループが開発した技術が生かされています。

画期的な産業新素材「トチュウエラストマー®」

「腐朽分解法」と新製造法の「同一溶媒法」による、最終製品の分子量と純度を比較すると、新製造法のメリットが際立ちます。分子量については、腐朽分解法では116万だったのに対して、同一溶媒法では238万と倍以上となっています。純度についても腐朽分解法が80%以上だったのに対し、同一溶媒法は99%以上を確保しています。

「化学合成でも、工夫すれば分子量を高めることは可能でしょう。けれども、そのためには膨大なコストがかかります。『トチュウエラストマー®』は天然物であるため、単一の幾何異性体構造からなるポリマーです。化学合成で作った場合はどうしても異なる幾何異性体構造を2%ぐらい含みますが、そうしたものが一切無いのです」と、中澤さんと共に産学連携プロジェクトに取り組んだ大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻教授の宇山浩さんは語ります。

「トチュウエラストマー®」の量産体制を整えるのと同時に、課題となったのは用途開発です。

2013年度からのNEDOプロジェクト「非可食性植物由来化学品製造プロセス技術開発」においては、機能性材料としての方向性評価も行われました。その結果、スポーツ用品材料、化粧品原料、環境調和型素材などの用途が浮かび上がってきました。同時にポリ乳酸に「トチュウエラストマー®」を動的架橋でブレンドする研究が進められ、衝撃強度が最大約25倍、破断伸び率は約30倍にまで向上していました(図3)。

そしてNEDOの支援で、ナノテクノロジーの総合展である「nano tech」に出展したことにより、遂に新たな顧客と巡り合います。

図3 動的架橋法によりポリ乳酸の強度が向上(資料提供:Hitz協働研究所)

「2015年1月の展示会で、ホッティーポリマー株式会社から声をかけていただき、その後、3Dプリンター用フィラメント(素材)の高強度タイプの製品として商品化されました。販売時には大きな反響があったそうです。その後も継続的にNEDOの支援によって展示会に出展し、いまでは新規顧客とのビジネスの8割は展示会での出会いから始まっています」(中澤さん)

続いて、ゴルフボールの新しいカバー材として商品化に取り組んでいたキャスコ株式会社が、NEDOプロジェクトの共同実施者として参画し、2018年に「バイオスピン」と呼ばれるゴルフボールの市販にこぎつけています。その名の通り、耐衝撃性だけでなくスピンがかかりやすいという特性も備わりました。

「我々が1社だけで取り組んでいたのではなかなか進まない事業化の加速を、NEDOの支援と共に、日立造船、大阪大学大学院工学研究科、Hitz協働研究所と複数の企業が協創・共創の開発に取り組んだ結果、さまざまな動きが起こり始めたのです。場所、装置、組織を共有、半径300m圏内に必要なヒト・モノ・情報などが全てそろう大阪大学の産学連携制度も活用し、動きをさらに加速していきました」(中澤さん)

1999年以降、20年近くにわたり取り組んできたNEDOの各種プロジェクトの特長をまとめて、中澤さんは「とにかく人が育ちます。基礎研究から実用化していく過程に直接関われますし、プラントのスケールアップなどは、本来ならリスクが高い案件です。チャレンジングなプロジェクトに取り組むことで人が育つのです。長期間にわたって支援し続けてもらえたからこそですね」と、多くの学生や研究者の人材育成面の成果を強調します。

写真5 ホッティーポリマー社製の3Dプリンター用フィラメント(左)(写真提供:Hitz協働研究所)、キャスコ社製ゴルフボール「バイオスピン」(右)(写真提供:Hitz協働研究所)


さまざまな用途に「トチュウエラストマー®」が使われ、黄土高原が緑で覆われる日を夢見て

今後期待されるのが、化粧品材料への応用です。「トチュウエラストマー®」は植物由来のポリイソプレンであり、石油系炭化水素原料の代替品として、疎水性の化粧品基剤に応用が可能です。

化粧品原料に関しては今、原材料に含まれるマイクロプラスチックやマイクロビーズなどによる海洋汚染が問題となっています。石油系原料に替えて「トチュウエラストマー®」を採用すれば、生分解性ではないものの、自然界で光や酵素、微生物により1年程度で分解されるため、海洋汚染問題を引き起こす恐れはほとんどありません。

ほかにもバイオ系ウェアラブル素材、バイオ系生体材料として歯科矯正材への活用、耐衝撃性を活かしたスポーツ歯科領域での活用なども視野に入っています。

「新たな用途開発を考え出すために必要なのがオープンイノベーションです。我々のような化学畑の人間は、どうしても化学の枠内で考えてしまいます。その意味では、中澤さんは本来植物が専門です。だからこそ『トチュウエラストマー®』が生まれたのだともいえます。今後も大阪大学の産学連携制度による異分野交流が、画期的な用途開発につながることを期待します」(宇山さん)

現時点では、コスト面で若干割高となるのが産業用原料としての弱点ですが、それは生産量が増加すればいずれ解消可能です。

「原材料の栽培スケールが大きくなり、生産量が増えてくれば、コストは必然的に下がっていきます。最終的には、現時点で競合となる化学合成品より同程度か、少し高いぐらいのレベルにまでコストを下げることが目標です。幸い、原料の原産地となる中国では今、杜仲の栽培に国家的な緑化活動の一環として力を入れているといいます」(中澤さん)

杜仲は、年間降雨量400~800 mm程度の乾燥帯でも十分に育ちます。従って、2008年度から実施したNEDOの海外協力プロジェクトで取り組んだ際に成功したように、乾燥した黄土高原でも杜仲は育つのです。しかも、杜仲が育って森になると、土壌に保湿効果が生まれ、地衣類が発生し表層に固まるのです。これができると土壌からの水分蒸発が抑えられて、地下に水が溜まっていきます。

「黄土高原で杜仲を植えた地域の村では、ここ100年ぐらい枯れていた井戸から水が出た、という話もあります。こういった森を増やすためにも、『トチュウエラストマー®』の用途を幅広く開拓し、生産量を増やす。その結果、必要となる原料を採取するために杜仲の木をどんどん植えていけば、今は褐色の大地が緑豊かな森林に変わる可能性があります。途方もない夢かもしれませんが、何とか実現させたい」と、中澤さんは将来の展望を語ってくれました。

写真6 大阪大学産学連携の拠点「テクノアライアンス棟」(左)、大阪大学内の薬用植物園の一角にある杜仲研究林(右)

開発者の横顔

「攻め」の産学連携システム

「産学連携、共同研究の阪大」と評される大阪大学との協働は、「トチュウエラストマー®」の実用化において非常に大きな役割を果たしました。

大阪大学は2006年、未来戦略の中で「Industry on Campus」をキャッチフレーズに、産学連携での挑戦的な研究に取り組む方針を打ち出しました。2006年に企業の開発者と大学の研究者が継続的に協働できる場として「共同研究講座」(2018年7月現在65講座)を設置。2011年には企業の研究所を学内に誘致し、人材育成も取り組む「協働研究所」(同16研究所)を設け、その専用拠点となるテクノアライアンス棟をキャンパス内に建設しています。

「中澤先生の取り組みは、素材開発の基礎研究から始まって商品化にまで至る理想的な事例です。しかも工学研究科だけでなく、学内では歯学部との連携があり、さらには他大学との連携にも広がっています。一方では多くの学生、大学院生を受け入れて人材育成にも関わられています」と、大阪大学社会連携室室長の田中敏嗣さんは語ります。

「Hitz協働研究所は産学連携の広報活動にも協力してもらっています。他大学や政府関係者、企業などからの見学者が多数訪れますが、見学に来られた方に強い印象を残しているようです」 (田中さん)

この、中澤さんのHitz協働研究所での取り組みは、「多面的な産学連携への取り組み」として認められ、研究・イノベーション学会の2018年度学会賞を受賞しました。

写真7 大阪大学大学院工学研究科 教授
社会連携室 室長
田中 敏嗣さん

写真8 杜仲の種子をモチーフにしたキャラクターと社会連携室の皆さん

開発者の横顔

お茶から樹脂研究へ、杜仲一筋の人生を歩む

バイオ技術で産業開発ができる――。大学の指導教員の言葉に誘われて日立造船を選んだ中澤さんは入社早々、新しい事業開発に取り組むという大きな使命に立ち向かいます。

「波瀾万丈の幕開けは、その後の展開を暗示していたのでしょう。順調だった杜仲茶事業は譲渡され、仲間も移籍しました。杜仲の樹脂研究をするため一人残った私は、早く成果を出すことを求められました」

けれども雌伏十年、持ち前の粘り強さが発揮されます。「何としても新素材開発をモノにして、新しい産業にする」。その思いで大阪大学に拠点を移してからは捲土重来、めざましい成果を上げ、ついに「トチュウエラストマー®」の製品化にこぎつけました。

大阪大学大学院工学研究科 特任教授
Hitz協働研究所 所長
中澤 慶久さん

「トチュウエラストマー®」の可能性を引き出す

宇山さんにとって、「トチュウエラストマー®」の魅力は、分子量が高く立体構造が美しいことでした。自然界の中で酵素によって作られる構造は、人工的な化学合成では到達できない美しさを秘めていたのです。

「この魅力を何とか最大限に引き出すために、自分の知見を活かすなら、化学修飾(化学反応による機能付与)があると考えました」

動的架橋法を用いてポリ乳酸を改質した結果、耐衝撃強度は最大25倍にまで向上。これによりゴルフボールのカバー用の素材として採用されたのです。

「あれだけの強烈な打撃に耐えられるのだから、必ず他にも用途があると考えています。材料科学のセレンディピティ(偶然の出合い)が、きっと新たな用途を教えてくれるはずです」

大阪大学大学院工学研究科 教授
宇山 浩さん

なるほど基礎知識

2種類の天然ゴムについて

天然ゴムは、植物の体内において生合成されます。ゴム成分を含む植物の中でも、工業原料として主に使われているのはアマゾン原産の灌木「パラゴムノキ(Hevea brasiliensis)」を改良したものです。

天然ゴムの成分は、イソプレン(CH2=C(CH3)CH=CH2)のポリマー(重合体)、すなわちポリイソプレンです。天然のポリイソプレンは、その結合様式によりシス型とトランス型の2種類に分けられます。

一般に「天然ゴム」という場合は、このシス型を意味します。トランス型から作られるゴムをガッタパーチャと呼びます。シス型とトランス型の違いは、その物理的性質に表れます。シス型からなる、いわゆる天然ゴムは非常に弾性に富んでいるのに対して、トランス型には弾性はありません。その代わりに硬くて強靭で、常温では樹脂のような性質を示します。

同じポリイソプレンでありながら、シス型とトランス型で大きな違いが生まれる理由は、その構造にあります。構造図を見ればわかるように、シス型は分子が曲がっているのに対して、トランス型はまっすぐにつながっています。

図4 シス型ポリイソプレン(左)、トランス型ポリイソプレン(右)(資料提供:Hitz協働研究所)

トランス型のように分子鎖が直線状に並ぶと、分子間力が大きく働くために分子同士の結合が強くなります。その結果、結晶性が高く、常温ではゴムではなく樹脂のような性質を示します。これに対してシス型のように分子鎖が曲がっていると、分子間力が弱くなり軟らかくなるのです。

このような「硬くて強靭で、常温では樹脂のような性質」を持つトランス型は、低温度での加工・成形が容易であり、工業用原料としての適性に富んでいます。改質のための添加剤や、柔軟性を与える可塑剤として活用が想定されます。

「トチュウエラストマー®」の特長をまとめると次のようになります。
1. 平均分子量100万以上の直鎖高分子
2. 独自で高い耐衝撃性や延伸性などの機能性
3. 既存ポリマーとの混練により、より高い耐衝撃性や延性などの機能性を付与可能
4. 低温度で形状を変えられる低温熱可塑性であり、架橋により形状記憶を有する
 (常温から加温で元の形に戻る)
5. 酵素重合反応により生合成されるため、副次的な化学構造が生成されない(混ざりものがない)
6. アレルゲンフリー

生物や細胞に変異を起こさせる性質や、皮膚接触によるアレルギー反応を誘発する物質が無いため、医療材料産業やスポーツ産業などへの展開が期待されています。

NEDOの役割

「非可食性植物由来化学品製造プロセス技術開発」
(2013~2019年度)

(NEDO内担当部署:材料・ナノテクノロジー部)

将来的な石油資源の供給リスクの克服と持続可能な低炭素社会の実現を目指し、非石油由来原料である非可食性バイオマスを利用した化学品製造プロセスの研究開発を実施しています。

NEDOは、プロジェクトの実施に当たり、国際的な動向調査の実施、外部有識者の意見の取り込みを行い、その結果を研究開発テーマの絞込みやプロジェクトの運営管理に反映させることで、研究開発目標の早期達成を目指しています。
また、将来のユーザー形成に向けた取り組みとして、サンプル供給体制を整備し、ユーザー企業によるプロジェクト成果の評価や実用化の検討を実施しています。さらに、展示会への参加やシンポジウム・講演会の開催などを通じて、プロジェクトや研究開発成果の PR を積極的に行っています。

その結果、日立造船株式会社が開発した「トチュウエラストマー®」の実用化と「トチュウエラストマー®」を用いた高機能素材の製品化に貢献しました。

関連プロジェクト


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