世界初、超電導ポンプシステムを用いた液体水素移送に成功
―液体水素を無駄なく利用可能に―
2012年5月10日
NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)
国立大学法人九州大学
液体水素を貯蔵容器からタンクに移送する際、加圧排出に専門技術を有した技能者が必要でした。また圧力を利用するため無駄な工程等が生じていました。開発したシステムは電源を入れるだけで、エネルギー損失の少ない超電導モータの動力のみで効率的な液体水素の移送が可能となります。
水素は、衛星打ち上げロケットの推進剤や半導体、液晶などの製造業における還元剤として利用されており、また地球環境に負荷をかけない次世代のクリーンエネルギーとして注目されています。今回の成果によって水素エネルギー社会で必須の液体水素が無駄なく、容易に利用できるようになります。
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超電導ポンプシステムの外観
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超電導モータ用回転子の外観
1.背景
水素は最も軽い元素であり、燃料電池自動車用として想定されている常温で700気圧の水素ガスよりも、大気圧の液体水素の方が密度は大きいため、特にその貯蔵や輸送の際には液体水素の方が優位となります。一方、2001年に国内で発見された二ホウ化マグネシウム(MgB2)超電導体※3は液体水素中で電気抵抗ゼロの超電導状態となり、その線材化、長尺化、高性能化が着実に進展しています。そこで、液体水素の簡便かつ有効な利用を目指して、MgB2超電導線を適用した液体水素利用基盤技術の早期の開発が切望されています。
2.今回の成果
(1)液体水素中におけるMgB2超電導モータの回転試験に世界で初めて成功

この超電導モータは、MgB2超電導線を無酸素銅製の治具内に配置して半田接続したかご型回転子※4(図1)と、従来の銅巻線からなる固定子を組み合わせた構造となっており、誘導モータの構造でありながら高温超電導誘導/同期機(HTS-ISM)の実現による低損失な同期回転が可能となります。
試験は、MgB2超電導モータを配置した極低温容器に液体水素を注液した後、無負荷試験を実施しました。インバータの駆動周波数を60Hzに固定し、入力電圧を0Vから200Vまで徐々に増加したところ、約70Vで回転数が1,800rpmまで急速に上昇しました。これは、かご型回転子に用いたMgB2超電導線が約300Aの臨界電流※5を有していることに相当します。次に、インバータを用いて20~60Hzの周波数範囲でMgB2超電導モータを駆動し、600~1,800rpmの範囲で正常に回転することを確認しました。液体水素は、より一般的な液体ヘリウム※6に比べて蒸発潜熱が20倍以上大きく蒸発しにくいという特長があり、超電導機器の冷却剤としても優れていることが実証されました。
(2)MgB2超電導液面計による液体水素の連続的液位計測に成功

現在、液体水素用液面計として、静電容量を利用した連続式のものが既に市販化されていますが、密度自身が小さい水素の液相と気相の間に誘電率の差がほとんどなく、かつ測定毎に再較正が要求されるため、通常は、測温抵抗体※8を鉛直方向に複数個配置した離散的な液面の計測方法が用いられています。今回、線径が0.0925mmと0.155mmの2種類のMgB2細線をそれぞれベークライト製のパイプ内に中空配置した超電導式液面計を製作し、150mAと300mAの最適電流をそれぞれ通電することで、液体水素の液位を連続的に計測することができました。
(3)MgB2超電導ポンプシステムによる液体水素の移送に世界で初めて成功
MgB2超電導モータとMgB2超電導液面計を組み合わせたMgB2超電導ポンプシステムを構築し(図3)、充填容器からガラス製の別容器へ液体水素を移送することに世界で初めて成功しました。
MgB2超電導モータの下端側のシャフトにインペラ(羽根車)を取り付け、その周囲をケーシングすることにより遠心ポンプ※9を構成しました。インペラ付きのMgB2超電導モータを設置した充填容器とガラス製容器を有効内径10mmのトランスファーチューブ※10で接続することで、MgB2超電導モータの回転により液体水素を移送することができます。2本のMgB2超電導液面計は充填容器およびガラス製容器内の液体水素の量をそれぞれ計測するだけではなく、MgB2超電導モータの回転制御にも使用しました。まず、インバータ駆動により周波数一定でMgB2超電導モータを回転した結果、30Hz(900rpm)以上で液体水素を移送することができました。駆動周波数を増加して回転数を大きくしていくと送液量もほぼ直線的に増加し、60Hz(1,800rpm)で最大約6.5リットル毎分の液体水素移送に成功しました。次に、LabVIEWTMを用いて自作したプログラムによる自動送液試験を実施し、送液開始ボタンを押すだけでMgB2超電導モータが回転し始め、MgB2超電導液面計の出力を確認しながら予め設定した目標値まで液体水素を充填した後に、モータを自動停止することにも成功しました。液体水素の移送の様子は、ガラス製容器に設けられたスリットを介して内部を撮影したネットワークカメラにより、映像が記録されました。
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図3 MgB2超電導ポンプシステムの概略図
3.今後の予定
本成果は、平成24年5月14日(月)~18日(金)に福岡国際会議場(福岡市)で開催される第24回国際低温工学会議-国際低温材料会議2012(24th International Cryogenic Engineering Conference and International Cryogenic Materials Conference 2012、ICEC24-ICMC2012)にて口頭発表されるとともに、附設展示会にも出展される予定です。
4.お問い合わせ先
(本プレスリリースの内容についての問い合わせ先)
国立大学法人九州大学 超伝導システム科学研究センター
准教授 柁川 一弘 (かじかわ かずひろ)
TEL:092-802-3836
E-mail:kajikawa@sc.kyushu-u.ac.jp
(NEDO 制度内容等についての一般的な問合わせ先)
NEDO 技術開発推進部 若手研究グラントグループ 担当: 星、木村
TEL:044-520-5174
(その他NEDO事業についての一般的な問い合わせ先)
NEDO 広報室 担当:遠藤
TEL:044-520-5151
E-mail:nedo_press@ml.nedo.go.jp
参考:用語解説
- ※1 燃料電池
- 水の電気分解の逆反応を利用し、水素と酸素を供給し発電する電池である。排出されるのは水のみ。
- ※2 燃料電池自動車
- 水素を燃料電池で発電して電気モータ駆動で走行する電気自動車。走行時には二酸化炭素(CO2)を一切排出せず、省エネルギー・地球温暖化対策に大いに寄与することが期待される。
- ※3 二ホウ化マグネシウム(MgB2)超電導体
- 2001年に青山学院大学理工学部の秋光純教授の研究室で発見された超電導体。超電導転位温度は絶対温度約39ケルビン(摂氏約マイナス234度)であり、液体水素中で電気抵抗ゼロの超電導状態となる。
- ※4 かご型回転子
- 従来の誘導モータで使用されている典型的な構造であり、かご型巻線と鉄心を組み合わせたものである。
- ※5 臨界電流
- 電気抵抗ゼロで超電導線に流すことができる最大の電流値。通常、温度の増加とともに減少する。
- ※6 液体ヘリウム
- ヘリウムガスを液化したもので、大気圧下の沸点が絶対温度約4ケルビン(摂氏約マイナス269度)の液体。ニオブチタンやニオブスズ等の低温超電導線を冷却する寒剤として幅広く利用されており、世界中の病院に設置されている磁気共鳴イメージング(MRI)装置の冷却にも使用されている。
- ※7 超電導式液面計
- 動作原理は、鉛直に配置した超電導線に最適電流を通電すると、液中では電気抵抗ゼロの超電導状態、ガス中では有限な抵抗をもつ常電導状態となり、超電導線の両端電圧から液位を計測するもの。
- ※8 測温抵抗体
- 抵抗の温度変化を利用した温度計であり、液体ヘリウムや液体水素等の極低温液体の液位計測に利用される。液中にある場合は液体の冷却効果によりほぼ液温に等しいが、ガス中では自己発熱により温度上昇するため、液中にあるかガス中にあるかを判別できる。
- ※9 遠心ポンプ
- 回転軸付近から吸い込んだ流体をインペラ(羽根車)の回転に伴う遠心力により径方向に押し出し、ケースに設けた出口から流体を送り出す構造のポンプである。
- ※10 トランスファーチューブ
- 真空部を有する断熱二重構造の配管であり、液体ヘリウムや液体水素等の極低温液体を充填容器から別容器に移送する際に利用される。