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インフルエンザから重金属の判別まで、高感度に検出

―小型高感度センサの開発に成功―
2013年8月21日
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構
理事長 古川一夫

NEDOの産業技術研究助成事業(若手研究グラント)として、 インフルエンザウイルスの高感度分析装置の開発に取り組んできた、独立行政法人産業技術総合研究所が、インフルエンザウイルスA型、B型だけでなく、従来の簡易検査方法(イムノクロマトグラフィ)では判定不可能な亜型の識別も可能とする、小型高感度センサの開発に成功しました。

このセンサ技術は、検出チップ上に対象となるウイルス等を捕捉し、チップ表面の状態変化を反射された光の強さなど、光学特性をモニタすることで、簡易検査方法に比べて短時間かつ1~2桁高い感度での検出が可能です。また、センサ内のチップの変更等により、ウイルスだけでなく、カドミウムや鉛などの重金属、めっき液などの工業溶液のモニタリングも可能となります。

なお、2013年8月29日(木)から東京ビッグサイトで開催されるイノベーション・ジャパン2013において試作品の展示とデモを実施します。

  • 図1
    図1 開発した技術を用いた小型高感度センサ
    (導波モードセンサ 製品プロトタイプ)
  • 図2
    図2 導波モードセンサ 測定部分の概要
    右はセンサチップの断面透過型電子顕微鏡像

1.背景

非常に強い感染力を持った新型インフルエンザウイルス(※1)が出現すると、免疫のない人間社会では爆発的に感染が拡大します。新型インフルエンザウイルスの流行を抑え込むには、早期に発見してインフルエンザ治療薬のオセルタミビルやザナミビルなどを投与することが重要です。インフルエンザを早期に発見するための診断としてイムノクロマトグラフィ(※2)が医療機関で用いられていますが、感度が低いために陽性と診断できるのは、罹患してから1.5日以上経過してからです。また、偽陰性と診断されるケースが多いため、罹患に気付かずに学校に出席したり、会社に出勤したりして、感染を拡大させていることが指摘されています。一方治療薬は罹患後2日以内に投与しないと効果がありません。つまりイムノクロマトグラフィで陽性と診断されて治療薬が有効となるのは罹患後1.5日~2日の狭い期間であることになります。もし、インフルエンザウイルスをイムノクロマトグラフィよりはるかに高感度に検出することができれば、ウイルス濃度の低い潜伏期間中にも診断が可能となり、治療薬が有効となります。また治療薬投与までの期間が短縮できることにより、飛沫感染、空気感染、接触感染の全てがあるインフルエンザウイルスの感染を極力狭い範囲に閉じ込めることが可能となります。

産総研は、ITによる生活安全技術の研究開発において感染症対策のためのセンサ開発を目指しており、光センシング技術によって高感度ウイルス検出の開発に取り組んできました。新しい検出原理による導波モードセンサを考案し、表面プラズモン共鳴法(SPR) (※3)に比べてその高感度性を実証してきました。新型インフルエンザの迅速検出という社会課題に対応するために、NEDO産業技術助成事業「新型インフルエンザウイルスの高感度その場分析装置の開発」を通じて、小型化、高感度化の研究開発を行ってきました。

2.導波モードセンサ原理

導波モードセンサは、検出チップ表面の状態変化を反射された光の角度や強度変化、波長変化といった光学特性でモニタするセンサです。開発当初はSPR法で一般的に用いられるクレッチマン配置と呼ばれる光学配置により、表面反応を角度と反射率の関係でモニタしていました。図3にこの光学配置図を示します。計算や実験結果からSPR法に比べて導波モードセンサの方がスペクトル幅が1/25程度狭いことがわかりました。スペクトル幅が狭ければ、わずかなスペクトルの変化を敏感に検知できます。また、導波モードセンサは、金ナノ粒子などの可視光領域に光吸収を持つ物質の吸着を鋭敏に捉えることができるという特性があります。そこで、我々は、インフルエンザウイルスの表面を構成する主成分であり赤血球凝集素に対する抗体を金ナノ粒子で標識化し、ウイルス表面を金ナノ粒子で包み込んだ後に、導波モードセンサ検出面に付着させることによって、非常に高い感度での検出を実現しました。また、金ナノ粒子標識した異なる種類のシアル酸を用いることによって、ヒトインフルエンザウイルスと鳥インフルエンザウイルスの簡易識別に成功しました。

図3図3 導波モードセンサの動作原理図。
図中ではクレッチマン配置と呼ばれる、古くからSPR法にて用いられている光学配置を使用。光源から発した光はチップ表面で反射され、検出器にて反射光強度が観測されます。チップ表面に対象物質が付着すると、反射特性に変化が生じ、検出されることになります。

3.今回の成果

考案当初の導波モードセンサは1m×2mサイズの大型装置でしたが、光学系等を工夫することにより、小型化に成功しました。光学系を図4に示します。センサチップは図2にあるように信越化学工業(株)製SOQ(※4)を基板として用い、熱酸化法によって単結晶シリコン膜表層をシリカガラス膜にしました。シリカガラス膜中で導波モードが励起されます。

インフルエンザウイルス亜型の識別方法について検出実験結果を図5に、また各々の反応の模式図を挿入図に示しました。検出対象にはヒトインフルエンザウイルスA型の一つであるH3N2および鳥インフルエンザの一つであるH5N1の赤血球凝集素を用いました。それぞれのウイルスを識別するために、2,6シアル酸および2,3シアル酸でコーティングした金ナノ粒子を標識として用いました。ヒトインフルエンザH3N2ウイルスは2,6シアル酸表面と反応しスペクトルが変化しますが(図5(a))、2,3シアル酸表面と反応しないためスペクトルは変化しません(図5(b))。逆に、鳥インフルエンザH5N1の赤血球凝集素は2,6シアル酸表面と反応しないためスペクトルは変化しませんが(図5(c))、2,3シアル酸表面とは反応しスペクトルが変化します(図5(d))。このようにして、ヒトインフルエンザH3N2ウイルスと鳥インフルエンザH5N1の赤血球凝集素の簡易識別が可能となりました。

  • 図4
    図4 導波モードセンサの光学系。4点での測定が可能の例。センサチップ上面上を化学修飾しておく。狙った物質と結合するとスペクトルが変化することで、検出ができる。
  • 図5
    図5 インフルエンザウイルスH3N2およびH5N1の識別方法

次にウイルスを使った検出感度試験としてA型のインフルエンザウイルスH3N2 Udornを用いました。ここでは、感染力の指標であるplaque forming unit(pfu)を用いて比較を行いました。導波モードセンサでの検出試験では、まず、ウイルスと金ナノ粒子標識された抗体を混ぜて10分放置した後、この混合液をセンサ上に滴下して30分後の信号を測定しました。この時、導波モードセンサの検出限界は8×102 pfu/mlとなるデータが得られました。混合液滴下10分後の測定でも、8×103 pfu/mlの検出感度を達成しました。イムノクロマトグラフィでは同試料にて検出限界は8×104 pfu/mlでした。直接吸着法ELISA(※5)、サンドイッチ法ELISAのH3N2ウイルスの検出限界はそれぞれ、5×104, 1×102 pfu/mlでした。以上の定量的試験の結果より、導波モードセンサはSPRやイムノクロマトグラフィおよび直接吸着法ELISAとの比較において、1~2桁高感度であることがわかりました。高感度、高信頼な手法として広く用いられているサンドイッチ法ELISAよりは若干低感度でしたが、サンドイッチ法ELISAは、前処理などの煩雑さと数時間~1日におよぶ所要時間が研究者を煩わしています。従って本技術は、前処理の簡便さと所要時間の短さにおいて、圧倒的な優位性を有していると考えられます。

 インフルエンザウイルスH1N1とH3N2を用いた感度比較

手法 H3N2 Udorn
検出感度 pfu/ml
導波モードセンサ 8×102
イムノクロマトグラフィ 8×104
ELISA(直接法) 5×104
ELISA(サンドイッチ法) 1×102

4.派生技術

導波モードセンサ技術をライセンシングすることによるエンドトキシンセンサの開発も行われました。これは、NEDO SBIR技術革新事業「光導波モードによる臨床現場用エンドトキシンセンサの研究開発」(委託先:オプテックス株式会社、有限会社シーアンドアイ)における成果です。エンドトキシンは血液中に入ると発熱やショックなどの作用が起こることから,医薬品や医療機器、特に生体内へ直接導入される注射剤においては,厳重な管理が必要で、高感度で迅速なセンサが求められています。同プロジェクトにて製作したセンサを図6に示しました。4点同時測定が可能で、かつボードPC、タッチパネル、酵素反応を起こすためのヒーター、およびバッテリー搭載型となっています。カブトガニ血球抽出液のエンドトキシンによるゲル化反応を導波モードにより敏感に検出する機構となっています。

図6図6 エンドトキシンセンサ。 4点同時測定が可能で、かつボードPC、タッチパネル、 酵素反応を起こすためのヒーター、およびバッテリー搭載型である。NEDO SBIR事業にてオプテックス(株)、(有)シーアンドアイが開発、近日中に発売開始。

5.今後の展望

実環境におけるインフルエンザウイルスの検出と同定に適用するために、主要なインフルエンザウイルスの種類について実用検出感度を得るための改良を進めて参ります。また、他のウイルス、微量不純物の検出などへの展開を図っていきます。NEDO新規事業としては、社会課題対応センサーシステム開発プロジェクトの一テーマとして、環境中に存在するインフルエンザウイルスのセンシングを目指した開発を行ってまいります。

6.お問い合わせ先など

(イノベーション・ジャパン2013の開催概要)

日時:
2013年8月29日(木) 9時30分~17時30分
8月30日(金)10時00分~17時00分
会場:
東京ビッグサイト(東京都江東区有明3-11-1)
主催:
独立行政法人科学技術振興機構(JST)
独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
共催:
文部科学省、経済産業省、内閣府

来場者事前登録や、出展者情報等の詳細は、下記専用ホームページをご覧ください。

(本プレス発表の内容についての問い合わせ先)

(産業技術研究助成事業(若手研究グラント)についての問い合わせ先)
NEDO 技術開発推進部 若手研究グラントグループ 担当:佐藤(崇)、井澤
TEL:044-520-5174

(その他NEDO事業についての一般的な問い合わせ先)
NEDO 広報部 担当:遠藤
TEL:044-520-5151 E-mail:nedo_press@ml.nedo.go.jp

【参考:用語解説】

※1 インフルエンザウイルス
A,B,C型があり、医療機関で用いるイムノクロマトグラフィではA,Bの識別が可能です。インフルエンザウイルスの構造は、表面を赤血球凝集素(HA)とノイラミニダーゼ(NA)がスパイク状に取り囲んでいる。A型にはさらに、スパイクの抗原性の違いによりHAでは16亜型(H1~H16)、NAでは9亜型(N1~N9)に区別される。強毒型鳥インフルエンザはH5N1、弱毒型鳥インフルエンザはH7N9型、2009年に流行した新型インフルエンザはH1N1型である。
※2 イムノクロマトグラフィ
セルロース膜上を被検体が試薬を溶解しながらゆっくりと流れる性質(毛細管現象)を応用した免疫測定法。簡便であることから簡易診断に用いられる。インフルエンザ感染の有無を調べるときの保険診療にもなっている。低感度であるので感染の初期には陰性と出ること、また誤判定が多いことが問題となっている。
※3 表面プラズモン共鳴(SPR)
金属薄膜表面近傍に発生するプラズモン光増強を用いたセンシング技術。金属表面に物質Aを固定化しておけば、後から投入した物質Bとの反応を観測できる。反応速度定数を決めることができることから広く用いられている。
※4 SOQ
Silicon on Quartzの略。Quartzとあるが、石英ではなくシリカガラスである。シリカガラスの上にシリコン単結晶膜を貼り合わせたもの。ディスプレイやオプトエレクトロニクスに用いられる。
※5 ELISA
酵素結合免疫吸着法と呼ばれ、さらに直接吸着法とサンドイッチ法などいくつかの手法に分かれる。直接吸着法では、基板に固定化させたウイルス(抗原)と特異的に反応する一次抗体、酵素標識済みの二次抗体を反応させる。その後、発色または発光試薬を加え、吸収、発光を測定する。サンドイッチ法では、基板に一次抗体を固定化し、ウイルス、酵素標識抗体のサンドイッチの構造を形成するものである。