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金属型・半導体型の単層カーボンナノチューブを効率的・高純度に分離

2013年12月19日
NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)
技術研究組合単層CNT融合新材料研究開発機構
独立行政法人産業技術総合研究所

NEDOと(技)単層CNT融合新材料研究開発機構(TASC)、(独)産業技術総合研究所(産総研)は、NEDOの革新的カーボンナノチューブ(CNT)複合材料開発プロジェクトの成果として、eDIPS法*1)により合成された高結晶性の単層カーボンナノチューブ(SWCNT)*2)に混在する金属型と半導体型のCNTを分離する技術を開発、純度と回収率*3)の飛躍的な改善に成功しました。

この技術を用いて金属型と半導体型に分離した後のSWCNTは、要望する国内企業にTASCが無償でサンプル提供、SWCNTの用途開発を促進します。

  • *1  eDIPS法は、直噴熱分解合成法(Direct Injection Pyrolytic Synthesis Method)を改良した合成法です。eDIPS法は、分解特性の異なる2種類以上の炭化水素原料の供給量をそれぞれ独立に制御することにより、直径2nm以下の単層カーボンナノチューブを精密に合成できます。
  • *2  単層カーボンナノチューブ(SWCNT:Single-Walled Carbon NanoTube)は、炭素原子からなる、直径0.7~4 nm(1nm:10億分の1メートル)程度の筒で、黒鉛と同じく、炭素原子の六角形ネットワークによってできています。六角形の並び方の違いで、半導体的性質を示したり、金属的性質を示したりします。
  • *3  回収率は、ゲルカラムへのSWCNTの投入量のうち、分離後に回収できるSWCNTの割合です。SWCNTの分離効率の指標の一つとなります。
左:写真1/右:図

左:大量分離したeDIPS-SWCNT溶液
右:代表的な金属型(上)と半導体型(下)のCNTの分子模型(CNTは通常それぞれ1:2の割合で合成される)

1. 背景

SWCNTは炭素原子の並び方によって、金属的な性質と半導体的な性質を示します。通常、SWCNTはこれら電気的性質が異なったものの混合物として合成されるため、合成したSWCNTをそのまま使用する場合、用途は限られます。金属型SWCNTは通常の金属と同様に、電気をよく流すタイプのカーボンナノチューブです。優れた導電特性と強度を併せ持った極細の繊維であることから、2次元のネット状に成膜することで、極めて薄い膜でも良好な導電性が得られ、液晶ディスプレーの透明導電膜として広く用いられている酸化インジウムスズ(ITO)に置き換わる材料として応用ができます。また、半導体型SWCNTはトランジスタやICの原料であるシリコンやゲルマニウムと類似の導電特性をもつカーボンナノチューブです。半導体型SWCNTはナノメートルサイズのトランジスタへの応用や、薄膜化してフレキシブルなトランジスタへの応用ができ、比表面積が大きいことから、超高感度のセンサーとしての応用にも期待できます。SWCNTを高純度に金属型と半導体型へ分離できれば、高い導電性を持つ金属型SWCNTは透明導電性薄膜として液晶ディスプレーや太陽電池パネル用の透明電極に、半導体型SWCNTは透明で折り曲げることができるフレキシブルトランジスタなどに応用することが可能になります。将来的には、金属型SWCNTを配線に、半導体型SWCNTをトランジスタに用いた、超高集積・超高速かつ環境負荷の低いSWCNTコンピュータの実現も期待されています。

しかしながら、現状では、電気的性質の異なるSWCNTを選択的に合成する効率の良い手法がないため、合成後にSWCNTの混合物を金属型と半導体型へ分離する方法がとられています。ゲルカラム*4)を用いる手法や密度勾配超遠心*5)を用いた手法など、いくつかの分離法が開発されていますが、産業応用実現のためには、より安価で大量に分離する方法が求められています。

これまでにSWCNTを金属型と半導体型に分離する手法として、産総研はアガロース*6)ゲルに固め込んだ状態のSWCNT含有ゲルを電気泳動で分離する手法(2008年2月26日産総研プレス発表)、電場を用いずに分離する手法(2009年3月4日産総研プレス発表)、そして、アガロースゲルカラムを用いて大量に分離する手法(2009年11月27日産総研プレス発表)を開発してきました。このうち、カラムを用いた手法は、大量・安価にCNTを分離することが可能であり、産業生産に最も適した手法です。しかしながら、ゲルへの吸着力が弱いSWCNTを高純度分離するには改良が必要になっていました。このため、産総研とTASCは、NEDOプロジェクトの下、この課題に取り組んできました。

2. 今回の成果

産総研 ナノシステム研究部門 片浦 弘道 首席研究員(TASCテーマリーダー)、ナノ炭素材料研究グループ 田中 丈士 研究グループ長(TASC研究員)、平野 篤 研究員(TASC研究員)、ナノチューブ応用研究センター 流動気相成長CNTチーム 斎藤 毅 研究チーム長(TASCサブグループリーダー)は、このたびSWCNTとゲルの吸着反応を制御することで、金属型・半導体型SWCNTの分離工程の高効率化を実現しました。

SWCNTは電気的性質の違いによってアガロースやセファクリル*7)などのゲルへの吸着力が異なります。金属型SWCNTはゲルへの吸着力が弱いのに対し、半導体型SWCNTは強いため、ゲルカラムにSWCNT分散液を通すだけで、SWCNTを金属型(ゲルに吸着しない)と半導体型(ゲルに吸着)へ分離することが可能です。しかし、半導体型SWCNTは直径に反比例してバンドギャップ*8)が小さくなるため、太くなると電気的性質は金属型に近づきます。そのため直径が大きくなるほど半導体型SWCNTのゲルへの吸着力は小さくなり、金属型と半導体型への分離が困難になります。

今回、あらかじめ分離した高純度の金属型および半導体型SWCNTを用いて、さまざまな溶液条件下でのゲルに対する吸着の定量解析をおこないました。その結果、SWCNTのゲルへの吸着力がSWCNTの電気的性質だけでなく、溶液の環境にも依存することを発見しました(図1)。pHを減少させたり、塩などの溶質濃度*9)を増加させたりすると、吸着力は低下します。逆に、pHを増加させたり、溶質濃度を減少させたりすることによって、吸着力を増加させることができました。

このような性質は、SWCNTに吸着している界面活性剤*10)の密度の変化で理解することができます。SWCNTのゲルへの吸着力は、SWCNT表面の界面活性剤密度が増加すると弱まることが知られています。pHの減少によるSWCNTの酸化や、溶質濃度の増加による静電遮蔽効果*11)によってSWCNT表面の界面活性剤密度が増加することにより、SWCNTのゲルへの吸着力が低下すると考えられます。

  • 図

図1 (上段)金属型および半導体型SWCNTのゲルへの吸着力のpH依存性。色が濃いほど吸着力が強い。金属型は弱酸性下で、半導体型は強酸性下で吸着力が弱まります。
(下段)ゲルに吸着する半導体型SWCNTの純度指標と収率指標のpH依存性グラフ。
pH 6付近では純度が高く、pH8-10では収率が高い。pHを調整することで、純度と収率を制御することが可能です。

  • 本研究の一部は日本学術振興会の科学研究費助成事業 基盤研究(S)の助成により行われました。

3. 今後の予定

TASCでは、これまでもTASC内で合成した結晶性の高いeDIPS-SWCNTの金属型・半導体型SWCNTの分離と試料提供を行ってきましたが、今回の技術を利用することで、分離の収率や純度を自在に制御することが可能となり、高効率な分離試料調製が可能となりました。今後、この手法を用いて高純度に分離した金属型および半導体型eDIPS-SWCNTを、数十mgの単位で引き続き無償提供を行っていきます。基本的な試料形態は水分散液ですが、要望に応じて有機溶剤分散液などにも対応します。この取り組みで、金属型および半導体型SWCNTの用途開発を活性化していきます。

なお、本成果は2014年1月29日から31日に東京ビッグサイトで開催される「nano tech 2014」での展示を予定しています。

4. お問い合わせ先

(本プレスリリースの内容についての問い合わせ先)
NEDO 電子・材料・ナノテクノロジー部 担当:賀川、中村、木村 TEL:044-520-5220

技術研究組合単層CNT融合新材料研究開発機構 担当:上野 TEL:029-861-6263

独立行政法人産業技術総合研究所 ナノシステム研究部門 ナノ炭素材料研究グループ
担当:田中 TEL:029-861-2903 FAX:029-861-2786

(その他NEDO事業についての一般的な問い合わせ先)
NEDO 広報部 担当:木内、遠藤 TEL:044-520-5151 E-mail:nedo_press@ml.nedo.go.jp

【参考:用語解説】

  • *4  ゲルカラム
    円筒形の容器(カラム)にゲルを充填したものです。複数の成分を含む混合物をカラムに通し、ゲルとの相互作用の違いで目的物を分離するために使用します。SWCNTの分離のほか、生体分子などの分離にも用いられます。
  • *5  密度勾配超遠心
    試料を塩化セシウムなどの分子量の大きい塩の溶液中に溶かして超遠心を施す手法。SWCNTの分離のほか、生体分子の分離にも用いられます。
  • *6  アガロース
    海藻に含まれる多糖類であり、寒天の主成分。熱水に溶かした後、冷やし固めることによりゲル化する。電気泳動やクロマトグラフィー用の担体として利用されます。
  • *7  セファクリル
    サイズ排除クロマトグラフィー用のゲル。アリルデキストランとN,N'-メチレンビスアクリルアミドの架橋ポリマー。ゲルろ過クロマトグラフィー用の担体として利用されます。
  • *8  バンドギャップ
    固体内電子の、伝導帯の最も低いエネルギーレベルと価電子帯の最も高いエネルギーレベルの間で、電子が存在できないエネルギー状態。金属ではバンドギャップはゼロであり、絶縁体では大きな値となります。半導体はこの中間にあり、バンドギャップの大きさによりその伝導特性が大きく変化します。
  • *9  溶質濃度
    溶液中に含まれる溶質の濃度。溶質濃度を変化させることでSWCNTのゲルへの吸着力を制御することが可能になります。
  • *10 界面活性剤
    洗剤に主成分として含まれる化合物。分子内に水になじみやすい親水基と、油になじみやすい疎水基を持ちます。界面活性剤をSWCNTに吸着させることでSWCNTを分散させることができます。
  • *11 静電遮蔽効果
    電荷の周りに反対の電荷をもつイオン(対イオン)が近づくことで、電荷間の静電相互作用が低下する効果。イオン濃度を高めることで界面活性剤の分子間の反発力が抑制されるため、SWCNTへの界面活性剤の吸着密度が増加すると考えられています。

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