人体が恒常性を維持する原理を解明
―細胞間の隙間を制御する分子構造が明らかに―
2014年4月18日
NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)
理事長 古川一夫
NEDOの創薬加速化支援事業の支援を受けた、名古屋大学等の研究チームは、人間の体表面及び器官表面を構成する細胞同士の構造的なつながりを解析に成功。これまで謎とされてきた、恒常性(栄養吸収やイオン環境保持などの生体機能)を保つ働きを持つ分子が、どのような形をして、どのように重合することで、細胞間の隙間を通過するイオンの種類などを制御しているのかを解明しました。
今回の研究成果は、様々な疾病の原因となる低マグネシウム血症の治療や、脳への薬剤の浸透制御を可能にする革新的な創薬技術の開発など、多くの分野での展開が期待されます。

図1(左) 体表面や器官表面を覆う細胞のイメージ(赤線部分)。
図2(右) 解明した分子の重合構造及びイオンの透過部位イメージ。
- なお、この研究成果は、2014年4月18日発行のScienceに掲載されました。
1. 概要
我々の身体は、上皮細胞が互いに接着して体表面や器官表面をシート状に覆う事により内と外を分け隔てることで、内部の恒常性(栄養吸収やイオン環境保持などの生体機能)を保っています。この上皮細胞を密に接着する細胞間接着構造(以下、タイトジャンクション)がベルト状に細胞外周を取り囲むことでバリア機能を発揮しています。タイトジャンクションは「クローディン」と呼ばれる膜タンパク質を基本骨格として形成されておりますが、この分子がどのようにベルト状の構造を形成するのかは、クローディンの発見から15年以上を経てなお未解明のままでした。
2. 研究成果
今回、名古屋大学、東京大学および大阪大学の共同研究により、クローディンの構造を原子分解能レベルで解明しました。その結果、クローディンが細胞外に掌を向けたような構造を持つこと、その表面の電荷の正負で細胞間の隙間を透過するイオンの種類を制御できること、そして、この分子が細胞膜中で数珠つなぎに並んだベルト状の構造を形成し、細胞同士を密着させるとともに多くの透過経路を形成することがはじめて明らかになりました。
(研究成果の概要)
多細胞生物は、体表面および器官表面を上皮細胞と呼ばれるシート状の細胞でシールすることにより、体の内を外界の環境から守っています。上皮細胞シートがイオンや小分子に対する隔壁として機能するために、上皮細胞は上下の極性を持ち、その側面には隣接する細胞との間に複数の接着装置が存在します。例えば、小腸上皮細胞では細胞の外側(小腸の管の側:アピカル側)に近い細胞部分にタイトジャンクションと呼ばれる細胞間接着構造が形成されています(図3)。一般的にアピカル側から順に、タイトジャンクション、アドヘレンスジャンクション、デスモソームと呼ばれる3種類の接着構造体が形成されており、このうちアドヘレンスジャンクションやデスモソームがマジックテープのように機械的な接着を担っているのに対して、ジップロックのように細胞膜間を密着させて細胞と細胞の間の”隙間”を狭め、物質の通過を制限するバリアとして機能しているのがタイトジャンクションです(図4)。
図3 小腸上皮細胞の電子顕微鏡像(左)と、赤い枠で示した部分の拡大像(右)。赤い矢印で示す様に、小腸上皮の細胞間にはTJsと呼ばれるバリアが形成されている。上皮細胞の外に近いところ(アピカル側)で、隣り合う細胞間を密に接着している。
図4 タイトジャンクションの模式図(左)と小腸上皮細胞の凍結割断電子顕微鏡像(右)。
タイトジャンクションの存在自体は電子顕微鏡観察により古くから知られており、膜表面を観察するとタイトジャンクションストランドと呼ばれる網目状の構造が見られ、この構造体が隣接する細胞の膜表面を近接させ、物質の通過を制限していると考えられていました(図4)。このタイトジャンクションストランドの基本骨格を構成する膜内在性タンパク質の分子実体は1998年に同定され、「クローディン」と名付けられました。このクローディンは現在ではヒトやマウスにおいて27種類が確認されており、組織ごとに異なる種類のクローディンが複数種発現することにより、器官特異的なバリア機能を発揮する事ができると考えられています。クローディン同士は、タイトジャンクションにおいて同一膜平面内で線状に重合するとともに、隣接する細胞間で接着するというユニークな機能によりタイトジャンクションストランドを形成しますが、この分子がどのような形をしていて、どのように重合しているのかは、これまで全く明らかになっていませんでした。
今回、マウス由来のクローディンの1つであるクローディン-15を、特殊な脂質環境中で結晶化し、大型放射光施設SPring-8のX線マイクロビームを利用して回折データを取得することにより、その結晶構造を2.4Å分解能で決定する事に成功しました(図5)。その結果、クローディン-15は幅約3ナノメートル(30Å)の大きさの分子であり、4回膜貫通型のタンパク質として新規の折りたたみ構造を取っていました。とくに、細胞外側の2つのループ領域がひと続きのシート構造を形成し、それが4本ヘリックスバンドルからなる膜貫通領域にアンカーされている事が明らかになりました(図5)。この安定化によりクローディン-15単量体は、細胞外に掌を向けたような構造を取っていました(図6)。
また、結晶中においてクローディン-15は同じ向きで横一列に並んだ状態で配列しており、その並びの中で隣接する分子間に見られる相互作用は、生体の中で見られるタイトジャンクションストランドの形成に関わっている事が、変異導入実験と電子顕微鏡観察により示唆されました(図2)。隣接する細胞間では、接着したクローディン同士の掌表面が向かい合い、その距離や形状・電荷的環境に依存して細胞間隙にイオンや小分子を通したり、通さなかったりという制御が可能になっていると予想されます。
今回の構造解析により初めて明らかになった、タイトジャンクションストランドの基本単位としてのクローディンの構造は、今後、実際の生体内でのより高次の重合体構造を解析する基礎となるとともに、多細胞生物の恒常性維持の根幹であるバリア機能についての理解を深め、新たな研究を促す事が期待されます。
タイトジャンクションによるバリア機能は、血液脳関門における血管内皮細胞間隙の物理的障壁としても顕著であり、この分子が関わる疾病の理解を進めるとともに、タイトジャンクションの機能を制御することにより、これまで制御は不可能と思われていた脳への薬剤の浸透制御を可能にする新規薬剤送達方法をはじめとする革新的創薬技術の開発につながることが期待されます。
図5 今回の研究で解析されたクローディンの構造。1つのプロトマー(基本単位分子)において4本の膜貫通へリックスが左巻きの束を形成しており、細胞外側の2つのループにより形成される5つのβストランドでシート状のドメイン構造が形成されている。
図6 クローディンの構造解析により解明された細胞外側の2つのループにより形成される5つのβストランドは、掌(てのひら)のような構造を形成するが、表面が負の(赤色の)クローディン-15はナトリウムイオンのような正のイオンを透過させる。一方、掌の表面が正に(青色に)帯電しているクローディン-10aでは、塩素イオンのような負のイオンを透過させる。
3. 問い合わせ先
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