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ヒト多能性幹細胞の新規三次元培養法を開発
―細胞を傷つけず大量培養可能に―

2014年4月25日
NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)
理事長 古川一夫

 NEDOプロジェクトにおいて、京都大学、日産化学工業(株)は、ES細胞やiPS細胞などヒト多能性幹細胞の大量培養技術として、新規三次元培養法(三次元スフェア培養)の開発に成功しました。
 今回開発した方法では、2種類の機能性高分子とニプロ(株)が開発した培養バッグを用いることによって、従来の培養方法である培養皿での培養法や浮遊培養法で懸念される細胞への損傷などの課題を解決。大量培養が可能となりました。
 この成果により、ヒト多能性幹細胞の安定的な大量生産と供給が可能となることで、同細胞を用いた再生医療や創薬応用の実用化と産業化に大きく貢献することが期待されます。
  • 「ヒト幹細胞実用化に向けた評価基盤技術の開発」2010年度~2013年度
【新規三次元培養法】A.200mlガス透過性培養バッグを用いた三次元スフェア培養の外観。 B.三次元スフェア培養法と接着培養法の比較。 C.200mlガス透過性培養バッグによる三次元スフェア培養で維持した多能性幹細胞スフェアの形態。

【新規三次元培養法】A. 200mlガス透過性培養バッグを用いた三次元スフェア培養の外観。

B. 三次元スフェア培養法と接着培養法の比較。

C. 200mlガス透過性培養バッグによる三次元スフェア培養で維持した多能性幹細胞スフェアの形態。

1.背景

ES細胞やiPS細胞などのヒト多能性幹細胞は、無限の増殖能と多分化能を有することから再生医療や創薬研究等への実用化が期待されています。現在、米国ではヒトES細胞株を用いた再生医療の臨床試験が開始され、また世界の製薬企業も一斉にヒト幹細胞の創薬応用に乗り出しつつありますが、米国FDAなどが要請する厳密な品質管理と安全性検査に対応するためには、均一な品質であることを保証された同一ロット細胞を大量生産して各種検査を使用前に行う必要があるため、従来の培養法の規模拡大だけでは対応することが困難です。

2.今回の成果

高品質のヒトES/iPS細胞を安定的に大量供給するために、設備の構造面とコスト面から浮遊培養法が注目されています。しかしながら、従来の浮遊培養系には、継代時の細胞生存率の低さ、自発的細胞塊の融合および細胞塊サイズの不均一さという問題があります。また、培養容器中での細胞/細胞塊の沈降を防ぐためにスピナーフラスコ等を用いた撹拌操作を伴う三次元浮遊培養法の報告もありますが、ヒト多能性幹細胞が撹拌操作により発生する力学的ストレスに敏感なため、細胞ダメージを考慮すると実用的な大量培養法には適さないことが指摘されています。
 これらの問題点を解決する為に、〔1〕細胞解離酵素を使わない機械的処理による継代法を確立し、〔2〕機能性高分子であるメチルセルロース※1添加による自発的スフェア※2融合の減少を達成しました。さらに〔3〕別の機能性高分子であるジェランガム※3添加による撹拌不要な三次元的浮遊培養法を開発しました。
 今回開発した新規スフェア培養方法では、従来の細胞継代時の細胞解離に使用される酵素処理ではなく、ナイロンメッシュフィルターを用いてヒト多能性幹細胞スフェアを分割し、小さなサイズの均一なスフェアにする継代法を採用しました(図1Aおよび図1B)。また、機能性高分子であるメチルセルロースを培養液中に添加することで、細胞スフェア間の自発的融合を大幅に減少し、細胞塊の大きさを均一にすることに成功しました(図1C)。メチルセルロース添加により細胞培養液の粘性が上がり、それによってスフェア同士の接触を抑制することで自発的スフェア融合を回避しています。
 さらに、別の機能性高分子であるジェランガムを培養液中に添加することで、撹拌することなく細胞を浮遊させる三次元スフェア培養法の開発に成功しました。細胞培養液中のジェランガム濃度は0.02%程度と非常に低く、単純な粘性や比重の変化による効果ではないと考えられ、本現象のメカニズム解明にはさらなる検討が必要です。本手法をガス透過性膜を用いた小型バック培養に適用したところ、良好な細胞増殖と形態を示しました。また、継代培養したスフェアで遺伝子発現を検証したところ、三胚葉全ての分化マーカーの発現が認められ、分化能を維持していることが確認できました。さらに200mlのガス透過性培養バックを用いて三次元スフェア培養を行ったところ、京都大学で樹立されたヒトES細胞株(KhES-1)を使った場合、培養5日目で1.4x108個の細胞を得ることができました(図2A~C)。

  • 図1. A.メッシュフィルターを用いたスフェアの継代方法の模式図。 B.継代サイクルとスフェアの形態。C.メチルセルロースの添加による融合スフェアの大幅な減少。
    図1. A.メッシュフィルターを用いたスフェアの継代方法の模式図。
    B.継代サイクルとスフェアの形態。
    C.メチルセルロースの添加による融合スフェアの大幅な減少。
  • 図2. A.200ml容量のガス透過性培養バッグを用いた三次元スフェア培養。 B.三次元スフェア培養法と接着培養法の比較。 C.200mlの三次元スフェア培養で維持した多能性幹細胞スフェアの形態。
    図2. A.200ml容量のガス透過性培養バッグを用いた三次元スフェア培養。
    B.三次元スフェア培養法と接着培養法の比較。
    C.200mlの三次元スフェア培養で維持した多能性幹細胞スフェアの形態。

3.今後の予定

今回開発されたヒト多能性幹細胞の三次元大量培養技術は、今後の再生医療等の実用化にとって不可欠となる、多能性幹細胞由来の心筋細胞を大量生産するシステムおよび神経系細胞の大量生産システムを実現するブレークスルーとなる技術です。さらに本システムは、従来の培養システムでは不可能であった心筋細胞や神経細胞等分化細胞の大量生産に適応可能であることから、実用的な培養機器システムへの適用により日本発の技術で世界的なシェアを獲得できる可能性があります。本成果は、米国東部時間4月24日(木)正午(日本時間4月25日(金)午前2時)に米科学誌ステム・セル・リポーツ(Stem Cell Reports)電子版で公開されました。

4.問い合わせ先

(本ニュースリリースの内容についての問い合わせ先)
NEDO バイオテクノロジー・医療技術部  担当:武井、矢野  TEL:044-520-5230

(その他NEDO事業についての一般的な問い合わせ先)
NEDO 広報部  担当:坂本、遠藤  TEL:044-520-5151  E-mail:nedo_press@ml.nedo.go.jp

【用語解説】

※1 メチルセルロース
水溶性のセルロースで、工業的には増粘剤や乳化剤として使われる。従来の細胞培養では培養液の粘性を高める目的で使用されているが、本研究においては顕著な粘性増加を示さない濃度で加えている。

※2 スフェア
単一の細胞が寄り集まった、球状の細胞塊。

※3 ジェランガム
真正細菌のSphingomonas elodeaによって産生される水溶性多糖類で、食品添加物として広く使われている。

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