関東電化工業の製造したフッ化カルボニル(COF2)のボンベ

関東電化工業渋川工場のCOF2製造プラント

プラント内の充填工程

COF2の開発に携わった、(左から)深江主任研究員、
関根克彦新製品開発推進部専任部長、米村泰輔生産技術部専任課長。
プラント制御室で。

半導体、液晶ディスプレイは、情報電子機器に欠かせないデバイスですが、これらデバイスの製造工程で重要なクリーニングプロセスでは、二酸化炭素(CO2)の7,000~23,900倍の温室効果があるとされる、六フッ化硫黄(SF6)、六フッ化エタン(C2F6)、八フッ化プロパン(C3F8)などの「PFC」と呼ばれるガスが、使われてきました。NEDOプロジェクトにおいて、PFCガスに代わる、温室効果が極めて低いクリーニングガス、「フッ化カルボニル」(COF2)が誕生しました。

CO2以外の温室効果ガスがもたらす深刻な影響
その削減に向け、代替物質の研究開発・普及が
進行中

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表1 半導体製造過程のクリーニングで主に使われる
地球温暖化係数の高いガス。
寿命が長いガスは大気中で分解されにくく、
それだけ長く地球温暖化に影響を与える可能性が高い

地球温暖化防止のため、温室効果ガスの排出削減に向けたグローバルな努力が各国間で行われています。現在各国では、京都議定書第1約束期間(2008年~2012年)の削減目標の達成に向けた努力が行われているところであり、また、2013年以降の次期枠組みの構築に向けた国際的な交渉が進められているところです。

「温室効果ガス」というと二酸化炭素(CO2)がよく話題にのぼります。しかし、温室効果が高いとされるガスは他にもあります。半導体分野でクリーニングガスとして使われる六フッ化硫黄(SF6)、六フッ化エタン(C2F6)、八フッ化プロパン(C3F8※1などは、体積あたりの温暖化への影響がとても大きいガスです。

なかでもSF6は、二酸化炭素の温室効果を1としたときの地球温暖化係数が23,900(倍)と極めて高く、C2F6も数千倍程度となっています。これらの物質の排出量はCO2に比べて少ないながらも、わずかに排出するだけで地球環境に大きな影響を与えると考えられます。

※1 以上のガスの他に三フッ化窒素(NF3)ガスも使用されていますが、現状では温室効果ガスとされていません。しかし、温暖化係数が17,200(倍)ありCOF2は、このガスの代替としても使用できます。

温室効果が極めて低い、
半導体製造用クリーニングガス「COF2」が誕生

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関東電化工業の製造したフッ化カルボニル(COF2)のボンベ

地球温暖化防止に対する気運が高まるなか、半導体分野のクリーニングガスとして現在使われているPFCから、温室効果の少ないガスに切り替えることが産業界で求められています。

その求めに応えるガスが、「フッ化カルボニル」(COF2)です。NEDOの「SF6等に代替するガスを利用した電子デバイス製造クリーニングシステムの研究開発」プロジェクトにおいて、関東電化工業など複数の企業等が集まり研究開発しました。COF2の温暖化係数は1(CO2と同程度)で、温室効果を大幅に低減することが可能です。

半導体はコンピュータの情報処理機能を担うほか、液晶ディスプレイや太陽電池など、身近に普及している装置にも欠かせないデバイスです。精密機器であるため、わずかなちり・ほこりも除去する必要があり、クリーニングは半導体製造に欠かせない重要な工程の一つとなっています。

これまで、温室効果ガスの代替物質のほとんどは、海外企業が開発したガスに頼っていました。COF2の開発により、日本で作られる半導体のクリーニングを、日本発のクリーニングガスで行うことが可能になりました。

なるほど基礎知識

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図1 プラズマ化学気相成長のしくみ

コンピュータなどに使われる半導体を作るには、シリコンという物質でできた円板(ウェハ)の上に、電気を絶縁する酸化膜と、電気を配線する金属膜を薄く何層も重ねていく必要があります。この積層に使われる代表的な方法が「プラズマ化学気相成長」(PECVD、Plasma Enhanced Chemical Vapor Deposition)と呼ばれるもので、プラズマ状態の容器(チャンバー)の中にシリコン基板とともに薄膜の成分を含む原料ガスを入れ、シリコン基板上に薄い膜を作っていきます。

PECVDで膜を積層するとき、絶縁膜の材料がシリコン基板の真上だけにほどよく載ればよいのですが、半導体製造装置の内側などの余計な部分にも付いてしまいます。これがたまると堆積物となり、膜の表面に落ちるなどして半導体を汚す原因となります。半導体はわずかな汚れでも機能が発揮しなくなる精密部品ですから、容器内を定期的にクリーニングする必要があります。

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図2 半導体製造装置と温室効果ガス

クリーニングは、容器内にクリーニング用のガスを吹き込み、堆積物と化学反応させて生成した気体を無害に処理することで行います。ここで同時に、未反応のクリーニングガスも除害装置で無害化するのですが、100%の処理は難しく、極微量は漏れがあります。そのため、これまで使われてきた温室効果の高いSF6やPFCなどに代わる、新しいガスの開発が求められていました。

また、PECVDでは積層膜から不要な部分を削り取るエッチングという工程もあり、ここでも同様のガスが使われます。このたび開発されたCOF2は、温暖化への影響が少ないクリーニング用途、さらにはエッチング用途の代替ガスとして期待がもたれています。

無数の物質からガスの絞り込み

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物質の種類は元素の組み合わせにより、無数になります。プロジェクトの前半では、無数の物質からSF6などの代わりにクリーニングの役割を担う特徴をもつガスを絞り込んでいきました。温暖化の影響が少ないことはもちろん、他にもボンベの交換だけで済むように状態が気体であること、また、クリーニングの化学的処理に欠かせないフッ素元素が含まれていることなどが条件でした。

しかし、それでもまだ候補は多くありました。そこでプロジェクトでは、候補となる物質の一覧表をつくり、地球温暖化係数、製法、クリーニングやエッチングの機能などデータを得点化して、高得点のものをさらに絞り込んでいきました。

性能や安全性の確認に、
"三者一体"の研究体制が、開発を加速

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実証試験で用いられた半導体製造装置

検討を重ねた結果、SF6やPFCなどの代替ガスの最有力候補にCOF2が決まりました。プロジェクト後半は、実際にCOF2が、代替ガスとして使えるかを確かめる実証研究に移りました。半導体製造装置を使ってCOF2をチャンバーに流し込み、配管などに腐食が起きないかなどを試験しました。

さらに、毒性など安全性についても慎重な試験が行われました。誤って吸い込んだ場合や自然発火の危険性がないか、また、ガスを除害する方式や検知器の開発も行われました。温室効果の削減とクリーニングガスとしての機能ばかりではなく、安全に使用する条件や万が一に備えての対策も、開発プロジェクトでは重要な課題でした。

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プロジェクト当時、関東電化工業新製品開発本部
渋川研究所長として研究開発に当たった石井部長。

こうした実証試験の半導体製造装置などには、関東電化工業とともにプロジェクトに参画していた装置メーカー製のものが使われました。また、実際の生産ラインでも、COF2を用いた連続クリーニング試験を実施し、クリーニングの性能はもちろん、得られた半導体デバイスの性能にも問題のないことを確認しました。製造現場で実際に使われる装置を用いることで、"実証試験"の意味を高めることができました。

プロジェクトに携わった営業本部精密化学品第2部長の石井冬彦さんは、「NEDOプロジェクトには、半導体クリーニングに関わる化学メーカー、装置メーカー、半導体メーカーの三者がすべて参画しました。そのため、『こんなガスで試したい』とか『こんな装置の条件で試したい』といった希望がすぐ適えられました。"三者一体"になることで、様々な情報を共有し、効率的に開発を進めることができました」と話します。

実証試験を積み重ねた結果、COF2は、SF6やPFCなどの代替ガスとして利用できるという結論に至りました。温室効果の極めて低い、日本"発"クリーニングガス"COF2"の誕生です。

break through
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図4 研究評価の対象となったガス

プロジェクトでは、そもそもPECVDクリーニングがどのように行われるのか、そのしくみの解明も行われました。クリーニング用に注入されたガスがどのような化学反応を起こし、どのような物質に変化するのかを調べたのです。多数の候補ガスを評価試験し、F2、COF2、CF3OFに絞り込まれ、最終的にクリーニング性能と環境影響等を評価して、COF2が代替ガスとして最有力視されるようになりました。

渋川研究所主任研究員の深江功也さんは説明します。「PFCなどの従来のクリーニングガスを実際に使うと、排ガスの中にCOF2が含まれていることがわかっていました。プロジェクトで様々な分析装置を使って詳しく調べてみると、クリーニングガスの化学反応の途中でCOF2が発生していました。そこで、温暖化係数の小さいCOF2を、最初からクリーニングガスとして使えばよいのではないかという発想が生まれました」

より安価に、より汎用的に、
COF2普及への道は続く

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(左)関東電化工業渋川工場のCOF2製造プラント、
(右)プラント内の充填工程

産業界では、地球温暖化の抑制に向けた企業ごとの自主的な取り組みが進んでいます。温室効果の極めて少ないCOF2にも、半導体製造装置メーカーなどからの注目が高まっています。

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COF2の開発に携わった、(左から)深江主任研究員、
関根克彦新製品開発推進部専任部長、
米村泰輔生産技術部専任課長。プラント制御室で。

今後のさらなるCOF2の普及には、製品の低価格化が鍵となります。関東電化工業は2007年から、NEDOの、代替フロン等3ガス(HFC、PFC、SF6)の排出抑制設備の開発・実用化を支援する「地域地球温暖化防止支援事業」にも応募し、採択されました。これにより年間100トンのCOF2を製造することのできる専用プラントを渋川工場内に設置するなどし、大量生産の体制を整えました。

COF2が使われる場面は、半導体製造装置のクリーニングだけではありません。エッチングや、半導体製造技術から派生した、液晶ディスプレイや太陽電池の製造工程でも、用途があります。関東電化工業は、それぞれの分野に適したCOF2の利用法を確立させるため、各企業および研究機関との共同研究を進めています。
(2009年 11月取材)

開発者の横顔

「フッ素の魅力を知ることから
研究開発に取り組んだ成果が新製品に」

関東電化工業株式会社

コラム

深江さん

プロジェクトに携わった深江功也さんの大学時代の専攻は有機合成。COF2の成分元素であるフッ素とは無縁でした。「フッ素という物質は、歯磨き粉に使われていて、周期表の右上にあるな、といったほどの認識しかありませんでした」

入社して、COF2の研究開発を含め、フッ素について様々な勉強をするなかで、フッ素に対する魅力を感じるようになったといいます。「取り扱いがなかなか厄介な物質ではありますが、それを使いこなす方法を考えるところにおもしろさを感じます」

研究した成果が実用化に結びつくことは、むしろ数少ないといいます。「プロジェクトの一員として開発に携わった製品を世に送り出せたという点に、仕事の充実ぶりを感じています。今も、プロジェクトで知り合った各社の研究技術者との交流は続いています。これもNEDOプロジェクトに参加できた成果の一つだと思っています」