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ディープテックの初期の苦労から、支援策活用などを経た上場に至る道のり/株式会社Photosynth

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株式会社Photosynth(フォトシンス)は、NEDO公認SUI(起業家候補支援事業)第1号であり、「Akerun入退室管理システム」で注目を集めるIoTベンチャーです。同社のようなディープテック企業にとって、創業時には、実際のプロダクトがない状態で数億円単位の資金を集めなければならないという共通課題があります。そうした困難をどう乗り越えてきたのか、同社代表取締役社長の河瀬航大氏にお話を聞きました。

Akerun入退室管理システムとは…

『Akerun入退室管理システム』はスマートロックを活用した法人向けのクラウド型入退室管理システム。
大がかりな工事の必要がなく後付けで導入できるシステムであり、何よりもクラウドで管理できるという点が、これまでのセキュリティシステムとはコンセプトから異なるサービスです。

  • Akerun
    入退室管理システム
  • 左)株式会社Photosynth 代表取締役社長 河瀬 航大さん
    右)NEDOイノベーション推進部長 吉田 剛
  1. ソーシャルビジネスに興味を持った学生時代
  2. 資金が途切れる危機に直面した、シリーズBの谷
  3. NEDOに採択されたことで得たのは、資金と対外的な信用力

ソーシャルビジネスに興味を持った学生時代

理科好き、発明好きの河瀬青年は理工学系に進学。そこで出会ったのはビジネスの面白さだったそうです。

吉田)まず、起業前のことからうかがいたいと思います。河瀬さんは子どものころから発明が好きで、理科好きだったとか。

河瀬さん)そうですね、理系が好きで、物理や化学が楽しくて、そんなことから大学は理工学系の学部を選びました。

吉田)一方、サークルではビジネス系に入られたそうですね。

河瀬さん)研究の成果がどう生活に生かされるのか知りたいと思ったことがきっかけです。当時から、テクノロジーで課題解決をすることが自分のベースだと思っていたので、学生時代はあえて市場のニーズであるとか、ビジネスの視点を知ることが将来に役立つと思いました。

吉田)環境保護と経済成長の両立を考える学生時代を過ごし、卒業後は株式会社ガイアックスに入社されています。

河瀬さん)だんだんとビジネスが楽しくなって、事業を興す立場も面白いなと思いはじめていました。ガイアックスは新規事業や人材を育てる会社で、社長も『どんどん起業していいぞ、応援するから』という姿勢でしたから、社員でありながら事業を勉強し、場合によっては起業もできる選択肢の広さに魅力を感じ、入社しました。

吉田)早くから新規事業の責任者に抜擢されたこともあり、忙しい社会人生活だったとお聞きしています。スタートアップ企業は概してビジネスデベロップメントが弱点ですが、河瀬さんの場合は、その時の経験が生きていると思いますか。

河瀬さん)研究者出身の方は自分の研究をどう生かすかを優先してしまうところがあると思うのですが、お客様ファーストがビジネスの出発点であることは強く意識するようになりましたね。

吉田)やはりそこは重要なポイントですね。

河瀬さん)NEDOさんの基準としても、テクノロジーや特許の新規性・独自性に加えて、どれだけビジネス感覚があるかも評価されるので、そこは支援側からのメッセージとして受け止めるべきだと思います。

吉田)創業のきっかけは、仲間同士の飲み会での話だったそうですが。

河瀬さん)大学時代の友人と飲んでいるうちに「鍵って不便だよね」という話になり、ITを使えば物理的な鍵の不自由さや違和感を解決できると盛り上がりました。間もなく今のスマートロックの原型となる試作品を作り始め、2014年の前半はずっとプロトタイプをつくっていました。その時点では起業しようとまでは思っていませんでしたが、その年の7月にたまたま自分たちの取り組みが日経新聞に取り上げられたことで、状況は一変しました。

吉田)あれは、たまたまだったんですか。

河瀬さん)プロトタイプを一緒に作っていたメンバーの一人に株式会社エニタイムズという会社のCTOがいて、取材された記事の主題はスマートロックを使ったサービスだったのですが、その記事を読んだ方から、どこで買えるのか?事業提携したい、出資したい、という連絡が殺到しました。自分たちも、こんなに反響があるなら量産しようと考え、約1か月後の9月1日には会社を立ち上げていました。

資金が途切れる危機に直面した、シリーズBの谷

良いものを作れば売れるという、ある種の錯覚があったと話す河瀬さん。事業を拡張しようという矢先で迎えたシリーズBの谷とは。

吉田)資金調達ではご苦労もあったと聞いています。どんなことに留意するべきですか。

河瀬さん)フェーズによって意識することが変わると思いますが、お客様のことや技術のことを考える一方で、投資家が何を考え、何を求めているか、をわきまえて対話することがすごく重要だと思います。

吉田) 事業に打ち込みながらも、一歩引いて投資家の視点で自分たちの立ち位置を確認し、説得を繰り返すということですね。

河瀬さん)そうです。これは個人的な見解ですが、シリーズAではビジネスモデル、チームやテクノロジーといった基本的なポテンシャルで判断されます。つまり、戦略とストーリーがあれば出資される確率は高まると思います。

吉田)なるほど、ではシリーズBではどうですか。

河瀬さん)シリーズBが一番難しいです。シリーズCでは目に見える成長段階で、エコノミクスが合い、経営が安定し始めるため、むしろ出資されやすい。ところが、シリーズBは微妙な狭間で、テック系のベンチャーはシリーズBで息切れするケースが多いですね。

吉田)我々も、そうしたケースを散見します。

河瀬さん)僕らもBではピンチになりました。当初「Akerun」は、家庭向けにリリースしたのですが、ある時期から実際に使用しているアクティブなお客様の率がどんどん下がっていったんです。しかし、オフィスだけは個人情報保護法などへの対応で、使用率が高いことがわかり、法人向けサービスにシフトしました。

吉田)なるほど。

河瀬さん)シリーズAで得た資金はほぼ使い切って、よし!あとは法人向けを売るだけだ!というときに、「家庭向けは失速し、法人向けのAkerun Proは実績がないため投資できない」と。

吉田)ピンチでしたね。

河瀬さん)それまで順風満帆だっただけに、危機感をもったチームは、とにかく数字を作るためエンジニアも総出で営業に回りました。技術も大事だけれど、お客様に使ってもらわなければ資金が集まらない。そこで、この数か月間でこれだけ売上が伸びましたと示したところ、市場に受け入れられる商品だと認められ、ようやく出資を得ることができました。

吉田)エンジニアのみなさんが、実際に市場の声を聞いたことも、財産になったのでしょうね。

河瀬さん)創業メンバーは色濃く記憶していますね。そのとき学んだことを今は仕組みに置き換えています。

吉田)2021年11月には上場も果たしました。ここまで成長できたのは、運の強さもあると思いますか。

河瀬さん)ずっと僕の強みは運だと思っていたんですが(笑)、ただ上場すると、運という言葉だけでは片づけられないと、最近自問自答しはじめて、運の因数分解をしてみました。

吉田)因数分解?

河瀬さん)解は、謙虚さ×熱量です。それで運の大きさが決まると思います。これまでも幾度となくキャッシュアウトしかけましたし、上場のタイミングも奇跡的でしたが、熱量があって謙虚だと周囲がついてきてくれるんですよね。

吉田)なるほど、謙虚さ×熱量が、巻き込む力になるわけですか。

河瀬さん)そうです、周囲をどれだけ熱くするかが大事なので、結局は巻き込む力だと思います。

NEDOに採択されたことで得たのは、資金と対外的な信用力

共同出資による事業を開始するなど、新たな成長を目指している河瀬さん。NEDOの支援事業に採択されたことが、大きな一歩になったと振り返ります。

吉田)2021年11月には美和ロック株式会社さんと合弁会社「株式会社MIWA Akerun Technologies」を設立されました。その取り組みについてお聞かせください。

河瀬さん)美和ロックさんには組織力や営業力、メーカーとのチャネルがあり、僕らにはITやセキュリティに関する技術があります。お互いの強みがまったく違うからこそ、うまくかみ合えば最高だと思い、いま高い熱量で事業を進めているところです。

吉田)まさしくオープンイノベーションの教科書的なケースだと思いますが、美和ロックさんは、スタートアップとの協業経験はあったのですか。

河瀬さん)今回が初めてだそうです。実は、美和ロックさんも自社でスマートロックの開発に乗り出していたのですが、ここはお互いの強みを生かしたほうが市場を何百倍、何千倍にもできる可能性があると判断し、ぜひ進めようということになりました。

吉田)NEDO事業を活用された感想はいかがでしょう。

河瀬さん)まだシードの段階で評価していただいたことが始まりなので、とても感謝しています。社会の課題を解決するというテーマを受けて、技術以外にも目を向けることができたという意味でも良かったと思っています。

吉田)ありがとうございます。

河瀬さん)横をみると、すごいテクノロジーをお持ちの大学の先生や会社があるなかで、事業としてうまくいくかどうか、社会に価値を提供できるかどうかをしっかり見ていただいたのがうれしかったですね。

吉田)NEDOの採択に何かメリットはありましたか。

河瀬さん)対外的な信用力につながったと思います。いまだにすべてのプロフィールにNEDOのSUI第一号と書かせてもらっています(笑) 特に、シリーズA、BあたりではNEDOさんから支援いただいたことがプラスの評価になったと実感しています。

吉田)担当者のアドバイスについてはいかがでしょう。

河瀬さん)ビジネスとは何か、資本政策をどう考えれば良いかなどのアドバイスは、僕らにとって初めてのことでしたので、非常に参考になりました。

吉田)そう言っていただいて良かったです。では最後に、もし過去にもどって起業当時の自分にアドバイスができるとしたら、どんなことを言ってあげたいですか。

河瀬さん)やはり、自分の感覚を正しいと信じてやり切ってほしいなと思います。創業者って、社員、株主、お客様など、あちこちから意見をもらうので、何が正しいか迷うときが必ずあるはずです。思い切り進めないシチュエーションも多いのですが、正解は誰にもわからないので、とにかく突っ走ってほしいと思います。

吉田)成功者に共通する力として「GRIT=やり抜く」ということも言われていますね。

河瀬さん)ミーティングの時間はなるべく少なくして、やってみて結果を検証して、次のことを試すというPDCAをできるだけ早くまわすことですね。難しいのは、1週間で検証できるのか、1年かかるのかわからないことですが、僕らも家庭用のAkerunであらゆる手を尽くしたからこそ、オフィス用に舵を切ることができたわけで、やり切ることが大切です。

吉田)わかりました。これからも発展をお祈りしています。本日はお忙しいところ、貴重なお話をありがとうございました。

河瀬さん)ありがとうございました。

最終更新日:2022年3月3日