本文へジャンプ

着るだけで心電図を計測できるスマートウェアを開発
―起毛ドライ電極と独自の評価装置を用いた設計最適化により実現―

2019年4月18日
NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)
理事長 石塚博昭

NEDOプロジェクトにおいて、産業技術総合研究所(産総研)、名古屋大学は、医療機器を目指した心電図を計測できるスマートウェアを開発しました。

このスマートウェアは、皮膚との接触が良好な起毛ドライ電極および皮膚とドライ電極間の接触状態を模擬できる独自のモーションアーティファクト評価装置の開発と、これらを使って電極構造・配置の設計を最適化することにより実現しました。これにより、着るだけで心臓疾患の正確な診断に必要な12誘導心電図の計測を可能とし、患者や看護師の長時間にわたる心電図計測の負担などが軽減できます。今後、産総研と名古屋大学は、臨床試験を実施して医療機器としての認可取得を目指します。

着るだけで心電図を計測できるスマートウェア
図1 着るだけで心電図を計測できるスマートウェア

1.概要

近年、ドライ電極を形成した衣類を着るだけで心電計測を行うウェアが開発されており、日常生活での生体信号計測への応用が期待されています。しかし、現在製品化されている既存の心電計測ウェアでは、電極数が少なく限られた方向からの計測しかできないため、その用途は心拍数の計測と不整脈、心室細動の検知に限られていました。また、得られる信号波形に関しては、皮膚とドライ電極間の接触の不安定性のために、呼吸や会話などの体動によって心電波形にモーションアーティファクト※1と呼ばれる乱れが生じるため、医療的意義のある波形形状を有した心電図計測には適さず、医療機器として用いるための課題となっていました。

こうした中、NEDOプロジェクト※2では、2016年度からフレキシブル複合機能デバイス技術の開発で心電計測ウェアの開発に取り組んできました。

今般このプロジェクトにおいて、国立研究開発法人 産業技術総合研究所(産総研)、国立大学法人名古屋大学は、繊維を帯電させ電気力線に沿って加工対象に吹き付けることで、接着剤の塗布された加工対象表面に短繊維を起毛した状態で植え付ける静電植毛技術により、加工表面の手触りが柔らかな風合いのベルベット状で皮膚との接触が良好な起毛ドライ電極※3および、皮膚とドライ電極間の接触状態を模擬できる独自のモーションアーティファクト評価装置を開発しました。

さらに、同起毛ドライ電極を用い、同評価装置を使って電極構造・配置の設計を最適化することにより、従来の心電計測ウェアの皮膚とドライ電極間の接触不安定性の課題を解決し、モーションアーティファクトの影響が軽微な、波形の安定した心電図を計測できるスマートウェア※4の開発に成功しました。これにより、病院や在宅医療での長時間にわたる心電図の計測がウェアを着るだけでできるため、患者や看護師の負担などが軽減できます。長時間の計測により、病院の検査だけでは見つけにくい、たまにしか生じない病気の症状の発見も期待できます。また、今回開発した起毛ドライ電極とモーションアーティファクト評価装置は、心電図に限らず、筋電図、脳波、体内インピーダンス※5計測などにも応用可能であり、バイタルサイン計測を行うスマートウェアへの幅広い展開も期待できます。今後、産総研と名古屋大学は、臨床試験を実施して医療機器としての認可取得を目指します。

なお、この研究成果の詳細は、2019年4月11日に英国科学雑誌Scientific Reportsにオンライン掲載されました(DOI:10.1038/s41598-019-42027-x)。下記のWEBサイトをご覧ください。

2.今回の成果

【1】起毛ドライ電極の開発

静電植毛技術を用いた起毛構造に着目し、これをドライ電極として利用するために、銀メッキを施した短繊維(長さ500µm、直径17~18µm)を静電植毛する技術を新たに開発しました(図2(a))。開発した起毛ドライ電極は柔らかな風合いを持ち、皮膚と電極間の良好な接触が実現できます(図2(b))。

  • (a)静電植毛技術を用いた銀メッキ繊維植毛プロセス、(b)開発した起毛ドライ電極と断面
    図2 (a)静電植毛技術を用いた銀メッキ繊維植毛プロセス、(b)開発した起毛ドライ電極と断面

【2】モーションアーティファクト評価装置の開発

起毛ドライ電極の構造・配置の最適化を行うため、モーションアーティファクト評価装置を独自開発しました。モーションアーティファクト評価装置の特徴は、皮膚ファントム※6と、人体の動きを再現するアクチュエータを用いることで、再現性のある体動を模擬でき、モーションアーティファクトの定量的評価が可能な点にあります(図3(a))。今回、呼吸、深呼吸を再現した動きに対して、モーションアーティファクトを評価した結果、皮膚と起毛ドライ電極間の接触圧力1000Pa以上において安定した心電図計測が可能であるという指標を得ることができました(図3(b)(c))。このように皮膚とドライ電極間の接触状態変化の影響を定量的に評価し、心電計測ウェアのための電極構造・配置の設計指標を得る手法は、産総研、ならびに名古屋大学が新たに見出した独自の手法です。

(a)独自開発したモーションアーティファクト評価装置概念(b)呼吸・深呼吸の体動を再現した際の心電図(c)モーションアーティファクト定量評価結果

図3 (a)独自開発したモーションアーティファクト評価装置概念
(b)呼吸・深呼吸の体動を再現した際の心電図
(c)モーションアーティファクト定量評価結果

【3】スマートウェアの開発

モーションアーティファクト評価装置での定量的評価で得られた指標に基づき、起毛ドライ電極を用いたスマートウェアの設計最適化・試作を行いました。このスマートウェアでは、皮膚と起毛ドライ電極間の局所的着圧が適切に設計されているため、着るだけでモーションアーティファクトの小さな心電図計測が実現できます。実際に名古屋大学医学部において、実証試験を行った結果、図4に示す通り、最適化後の起毛ドライ電極ウェアを用いることで、胸部誘導※7の心電図において、安定した波形の計測を実現することができました。さらに、増幅回路の追加により、一般的な心電図検査で用いられる12誘導心電図※8にも容易に拡張できます。

  • 最適化前(a)後(b)の起毛ドライ電極ウェアを用いた胸部誘導の心電図計測結果
    図4 最適化前(a)後(b)の起毛ドライ電極ウェアを用いた胸部誘導の心電図計測結果

【注釈】

※1 モーションアーティファクト
心電図計測中に患者の体動による皮膚と電極の接触抵抗変化、配線の揺れ、筋電図の混入などの原因により心電図にのるノイズの総称です。
※2 NEDOプロジェクト
事業名:次世代プリンテッドエレクトロニクス材料・プロセス基盤技術開発/フレキシブル複合機能デバイス技術
の開発
事業期間:2016~2018年度
※3 起毛ドライ電極
静電植毛技術を用いて作製したドライ電極です。
※4 スマートウェア
装着するだけで人間の生体信号を取得可能な衣類型デバイスです。
※5 体内インピーダンス
からだに微弱な電流を流してインピーダンス(電気抵抗値)を測ることで体脂肪率などを推定することができます。
※6 皮膚ファントム
人体の皮膚の硬さや表面形状などの機械的特性を模擬した、人工皮膚です。
※7 胸部誘導
胸部6カ所に電極を配置し、V1からV6の心電図測定を行う誘導法です。本起毛ドライ電極ウェアでは、さらに各誘導上下、それぞれ2カ所に電極を配置し、体型による電極ずれの影響を低減しています。
※8 12誘導心電図
四肢に配置した4電極と胸部に配置した6電極から12誘導分の波形を測定し、波形の間隔や形状から、心筋梗塞などの各種心疾患や、心臓内のどの位置に異常があるかを検知することができます。

3.問い合わせ先

(本ニュースリリースの内容についての問い合わせ先)

NEDO IoT推進部 担当:栗原、上野 TEL:044-520-5211

(その他NEDO事業についての一般的な問い合わせ先)

NEDO 広報部 担当:坂本、藤本、佐藤 TEL:044-520-5151 E-mail:nedo_press@ml.nedo.go.jp