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「量子」知っておきたい基礎知識

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2025年12月22日

持続可能な社会の実現のために、革新的な技術開発が期待される「量子技術」。概況や課題など、社会実装に向けた道筋をわかりやすく解説します。

  1. 1.いま注目の量子技術
  2. 2.そもそも量子技術とは何か
  3. 3.量子の5つの不思議な性質
  4. 4.量子コンピュータとは
  5. 5.量子技術の今後の展望
  6. 6.量子技術におけるNEDOの取り組み

1.いま注目の量子技術

量子コンピュータ、量子暗号、量子センサーなど、私たちの身近なところで「量子」という言葉を耳にする機会が増えてきました。これらはすべて、量子技術を用いたテクノロジーです。

日本政府は2016年、新しい未来社会のビジョンとして「Society 5.0」を提唱しました。人口減少や高齢社会、エネルギー制約など、日本が抱えるさまざまな社会課題を前に、デジタル空間(サイバー空間)と現実世界(フィジカル空間)を高度に融合させることで、経済発展と社会課題の解決を両立させる社会を目指しています。このSociety 5.0構想では、AI(人工知能)やバイオテクノロジーと並び、量子技術を重要な基盤の一つとして位置付けられています。

また、2022年4月に日本政府が策定した「量子未来社会ビジョン」では、量子技術の研究開発と社会実装を加速することが喫緊の課題とされています。特に、AIや情報通信技術などの従来の技術・システムと量子技術を融合させることで、産業成長の機会創出や社会課題の解決を目指すことの重要性が示されています。

  • 量子技術活用イメージ図
    図表1.未来社会における量子技術によって創出される価値
    (量子技術活用イメージ)
    出典:内閣府科学技術・イノベーション推進事務局「量子未来社会ビジョン~量子技術により目指すべき未来社会ビジョンとその実現に向けた戦略」

2.そもそも量子技術とは何か

物質を構成する基本的な粒子である原子や、原子を構成する電子・中性子・陽子など、極めて微細な粒子の世界(原子の大きさは約0.1ナノメートル=100億分の1メートル程度よりも小さな世界)では、通常の物理法則(古典物理学の法則)とは異なる「量子力学」という法則に支配されています。量子技術とは、この量子力学を応用して情報処理や通信などに活用する技術です。

量子とは、粒子と波という異なる2つの性質を併せ持つ、物質やエネルギーのかたまりの単位のことです。「量子」という独立した物質が存在するわけではなく、特定の物質が持つ性質(量子的な性質)を表現しています。

先ほど微細な粒子として例に挙げた原子、電子、中性子、陽子に加え、クォーク、ミュオン、光を粒子として捉えた場合の光子、ニュートリノなどの素粒子も量子的な性質を持っています。これらは「量子」に分類されます。

  • 量子の説明図
    図表2.主な量子
    出典:文部科学省Webサイト「量子ってなぁに?」
    (画像提供:高エネルギー加速器研究機構)

3.量子の5つの不思議な性質

量子には、粒子と波の二重性以外にも、さまざまな特有の性質があります。主な5つの性質について、説明します。

(1)量子重ね合わせ

量子は、粒子と波という異なる状態を同時にとることができる「重ね合わせ」という性質を持っています。この性質は、量子コンピュータの実現に欠かせない性質のひとつです。

この性質を実証する代表的な実験が「2重スリット実験」です。2つの細い隙間(スリット)を設けた板を用意し、板越しにスクリーンに向けて電子を一つずつ発射します。もし電子が「ただの粒子」であると考えるなら、スクリーンにはスリットの形に電子が当たった痕跡が残るはずです。しかし実際には電子が波のような性質も示し、スクリーン上には波同士が干渉するときに現れる縞模様(干渉縞)が浮かび上がります。この結果から、量子は粒子と波という異なる性質を同時に併せ持つと考えられています。

また、量子のこの“どちらともいえない”の状態は、観察された瞬間にどちらか一方に確定するという不思議な性質も持っています。

  • 2重スリット実験画像
    図表3.2重スリット実験
    出典:高エネルギー加速器研究機構「水分子が生みだす電子の波紋」

(2)量子もつれ

量子もつれは、2つ以上の量子の間に現れる特別な関係性のことです。特別な方法で生成されたペア(双子)の量子の間には、古典物理学では説明できない相関が生じます。具体的には、量子もつれ状態にある量子は、距離が離れていても互いに影響し合い、片方を観測すると瞬時にもう片方の状態が確定します。例えば、一方が上向きと確定した瞬間、もう一方は下向きに確定するといった具合です。量子もつれは、量子重ね合わせと同様に、量子コンピュータの実現にとって重要な性質です。

  • 図表4.量子もつれの概念

(3)スピン

電子や素粒子に見られる性質で、たとえると粒子の自転の向きのようなものです。古典物理学の世界では、物体の回転は任意の角度で可能ですが、量子のスピンは「左回り/右回り」や「上向き/下向き」の2種類で表現されます。この2種類のスピンを、デジタル情報の「0」「1」に対応させて、量子コンピュータの計算に応用する研究が進められています。

  • 図表5.スピン
    出典:NEDO

(4)トンネル効果

古典力学の世界では、粒子がエネルギーの障壁(バリア)を越えるためには、その障壁以上のエネルギーが必要です。現実世界でボールを壁の向こう側に投げようとしたとき、壁を越えられる高さまで投げ上げる必要があるのと同じです。しかし量子の世界では、“すり抜ける”という不思議な現象が起こります。これがトンネル効果です。このトンネル効果を巧みに利用することで、最適化問題の解を量子力学的に求める事が可能になります。

  • 図表6.トンネル効果
    出典:京都大学工学部物理工学科原子核工学コース
    WebサイトをもとにNEDO作成

(5)量子ゆらぎ

私たちが普段目にする世界(いわゆる古典物理学の世界)では、例えばコップは机の上の決まった場所に置かれ、勝手に動くことはありません。一方、量子の世界では、粒子の位置やエネルギーが常に変化し続けています。量子ゆらぎとは、この量子エネルギーの状態が一つに定まらず、“ゆらいでいる”状態にあるという性質を指す言葉です。

現在、量子ゆらぎを利用して、従来のコンピュータでは膨大な時間を要した複雑な計算を高速に処理できる量子コンピュータの研究・開発が進められています。

  • 図表7.量子ゆらぎ

4.量子コンピュータとは

量子コンピュータは、量子力学の特性を活用した次世代技術の一つとして、大きな注目を集めています。実は、量子コンピュータの歴史は古く、その構想自体は1985年に提案されました。しかし、実機の開発が始まったのは2010年代に入ってからでした。日本では2023年3月に日本初となる国産超伝導量子コンピュータが稼働を開始し、国内の研究開発は新たな段階へと進んでいます。

量子コンピュータは、量子重ね合わせや量子もつれといった量子的な性質を利用し、並列計算を実現することで、従来のコンピュータ(古典コンピュータ)では困難だった高度な演算処理を可能にすると期待されています。同じく高度で複雑な計算を行えるスーパーコンピュータは、計算処理に使うチップの性能や数を向上させたものであり、古典コンピュータの延長線上にある技術です。

古典コンピュータは「0」「1」のビットを用いて演算しますが、量子コンピュータの情報の最小単位は量子ビットです。量子ビットの最大の特徴は、量子の重ね合わせ状態を表現できることです。量子ビットを実現する方式は複数あります。現在、有望視されているのが、日本初の国産量子コンピュータでも採用された超伝導方式と、半導体方式、冷却原子方式、イオントラップ方式、光方式の5つです。

さらに、量子コンピュータに類似したコンピュータとして、量子アニーリングマシンがあります。アニーリングとは「焼き鈍(なま)し」のことです。

量子アニーリングマシンは、量子ゆらぎの性質を活用して組合せ最適化問題を解くコンピュータで、1998年に東京工業大学(現・東京科学大学)西森秀稔教授によって提唱されました。解きたい組合せ最適化問題を磁石の格子模型(イジングモデル)に変換し、重ね合わせやトンネル効果を使用してエネルギー最小となる最適解を近似的に求めます。古典コンピュータや古典最適化手法に対する高速性は不明ですが、物流、スケジューリング、創薬、生産計画、金融など、様々な産業分野で既にビジネス利用が始まっています。

量子コンピュータは、古典コンピュータのビットの代わりに量子ビットを用いて、量子力学的な回路を構成して計算を行うコンピュータです。古典コンピュータと同様に汎用コンピュータであり、機械学習、化学計算、行列計算、微分方程式などのいくつかの問題を古典コンピュータよりも指数関数的に高速に解くことを可能とします。しかし、周囲環境の影響(ノイズ)により量子性が破壊されてしまうため、ノイズの影響を除去する量子エラー訂正技術を確立する必要があります。そのため、実用化にはもう少し時間がかかる見込みです。

種類 特徴 代表的な実装方式
量子アニーリングマシン 最適化問題に特化
量子ゆらぎを利用
・超電導方式
・疑似量子方式(量子ゆらぎを古典的に模倣)
量子コンピュータ 汎用計算が可能
一部の問題を古典計算よりも指数関数的に高速処理可能
超電導方式、イオントラップ方式、中性原子方式、光方式、半導体方式
図表8.量子コンピュータと量子アニーリングマシン
出典:NEDO

5.量子技術の今後の展望

量子技術の実用化は着実に進んでいます。2024年9月には、量子アニーリングマシン(疑似量子)を応用した自動搬送ロボットの多台数同時制御エンジンが開発されたというニュースが報じられ、量子技術の実用化における新たな成果として注目を集めました。

量子技術の応用範囲は、コンピュータ分野にとどまりません。例えば量子暗号通信は、量子の性質を利用して暗号化の鍵を通信に組み込むことで、理論上完全な盗聴防止を実現できる技術として期待されています。また、これまで検知が困難だった磁場や温度などの物理量を高感度に計測する量子センサーの開発も進められています。

さらに、再生可能エネルギー分野でも量子技術を活用する研究が進んでいます。太陽光発電パネルに量子技術を応用することで、光から電気へのエネルギー変換効率を高める研究が行われており、持続可能な社会の実現に向けた重要なイノベーションとして注目されています。

量子技術の実社会への利用研究は始まったばかりで、研究者もその潜在能力を完全に把握しているわけではありません。今後の実用化に向けては、どの分野・領域に量子状態の活用可能性があるかを見極めていくことが重要です。同時に、そうした研究・開発を支える環境整備や中小企業やスタートアップを含めた企業支援、人材育成などへの取り組みも、日本が量子技術で世界をリードしていくためには欠かせません。

6.量子技術におけるNEDOの取り組み

NEDOは現在、「量子・古典ハイブリッド技術のサイバー・フィジカル開発事業」や「高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発」、さらに「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業/計算可能領域拡大のための計算基盤技術開発/量子・スパコンの統合利用技術の開発」などの事業を展開し、量子技術の実用化を支援しています。また、技術課題や社会課題の解決に資する多様なシーズや解決策を「コンテスト形式」による懸賞金型の研究開発方式を通じて募るプログラム“NEDO Challenge”では、「量子コンピュータを用いた社会問題ソリューション開発」にも取り組んでいます。これは、将来的に利用可能となる次世代型量子コンピュータを用いた社会課題解決を目指すものです。

未知の可能性を秘めた量子技術。NEDOは、量子技術に関する事業を通じて、技術開発というハード面から人材育成というソフト面まで幅広く支援し、日本における量子技術の発展と産業の振興に貢献していきます。